巨人に大きな、そして痛い1敗を喫したが… 阪神・岡田監督が球団史上初の『連覇』にこだわる理由、あらためて考えてみた:中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp)
スポーツ好き、野球好きには、とても良い記事である。
私は長嶋以来の巨人ファンだが、近年は、その熱が大分冷めている。
強権を振るう事が監督であると考えているらしい原、阿部が、正に、強権の象徴であるバントを、のべつまくなしに、強力な打者として起用したはずの2番や3番に、
初回を始めとした早い回に、ノーアウト1塁、或いは2塁の場面でバントさせる采配が、私は、心底嫌いなのだ。
高校野球じゃあるまいし、ましてや、難関大学に入るよりも狭い門である1軍先発を勝ち取った選良達に、実は、得点の確率は低く、アウトを増やすだけのバントを命じる。
日本各地に無数にいる野球少年の中で、高校(特に野球強豪校)の主力選手となれるのは少数である。
その少数の中からプロ野球にドラフトされるのは、更に少数。
その少数の中から一軍の先発メンバーになれるのは極少数。
その確率は高校生が難関大学に入学するよりも遥かに狭く低いのである。
つまりプロ野球1軍の先発メンバーというのは、野球界の頂点なのである。
全員が、ずばぬけた運動神経と体格、体力の持ち主である事は云うまでもない。
野球界で生計を立てている者たちの多くがバントの巧拙が重要事項であるかの如くに論調する。
これは全くの偽りであり、誤りである。
およそプロの球団で、ドラフト会議において、バントが上手だからという理由で選手を獲得する等は1球団もあり得ない。
ましてやメジャーでは、そんな事は論外。
つまり、バントは、野球、特にプロ野球選手の能力選定において、全く考慮外の事項なのだ。
一部のメディアと球団は、監督が経営者=選手の雇用主=給料の支払い者=全権者であるかのような報道と態様である。
監督とは何か?
プロ野球の選手は一般社会のサラリーマンに比較すれば、超高額の高給取りである。
メジャーリーグとなれば、これは、もう天文学的な高給取りである。
監督とは「高給取りの選手たちの乳母役」との米国メディアの評が正鵠を射ているのである。
日本のメディアは、阿部巨人、などというバカな呼称を平然と続けている。
ドジャースの事を、ロバーツ・ドジャースなどと書く様なメディアは米国には1社もないのである。
特に、阿部が、今年、本当に許しがたい態様で、春季キャンプで秋広を潰した態様と、これを擁護する報知新聞の態様は許しがたいからである。
阿部は、秋広の年棒が下がる分を、自分の年棒から補填しなければならない。
秋広は、もう、こんな巨人は去った方が良い。
巨人を除く全ての球団が、彼に対して、高額のオファーを提出する。
何なら、プロ野球なのに、高校野球のパワハラ体質が改まらない日本プロ野球を離れて、決死の覚悟で、大リーグ行きを直訴した方が良い。
秋広のような逸材に対して、(何を大騒ぎするんですか)「ドラフト指名6番目の選手ですよ」等と記者会見で発言するような馬鹿な男が監督である間は、
彼の活躍の場はないどころか、選手生命が絶たれる可能性だってあるだろう。
近年、巨人ファンとしての熱が大幅に低下した分、満遍なく、他球団の魅力的な選手達を楽しみに観ている。
毎日の最大の楽しみとして、大谷を、毎日欠かさず観ている事は、言うまでもない。
阿部云々には関係なく、今年のセリーグ最終盤の戦いは、面白い。
巨人ファンであるはずの私は、そのような理由から、優勝チームとしては、関西人として阪神に肩入れしている気持ちが生じている。
昨年同様に、打率が2割2分だろうが、3分だろうが、森下を主軸打者として使い続ける岡田監督こそが名監督だからである。
バントなどをさせるためではない。彼がここぞという時に打つバッターであり、常にフルスイングする、その強打者としての資質を高く評価している眼力。
秋広よりも門脇を高く評価している阿部には及びもつかない眼力なのである。
岡田ならば、坂本を使い続けて、とうに優勝していただろう。
先ほど、上記の記事を発見して、猶更、阪神優勝に肩入れしたくなった。
2024/9/5 in Onomichi, Hiroshima