一乗谷-1
1日目朝5時半に出発、中央高速道諏訪SAで朝食後中央高速道を南下土岐JCから東海縦貫道経由で
東海北陸道へ、東海北陸道白鳥ICから一般道へ、九頭竜湖・越前大野経由で福井市一乗谷へ向かう。
朝出発時はパラパラしていた雨は目的地に近づくほど晴天となり、一乗谷到着時は真夏の天気となっていた。
朝倉氏は戦国大名で考景が福井の一乗谷に本拠を置き5代義景まで100年を越えるて越前を支配した。
5代義景のとき天下統一の戦いで織田信長に敗れ滅亡した。
その城下跡を発掘し「一乗谷朝倉氏遺跡」として整備されたもので、国の特別史跡・特別名勝に指定され、一乗谷川を挟んで館跡や復元された戦国時代の城下町や資料館、神社仏閣等があり散策コースとなっている。
写真は「唐門」と呼ばれ、義景の死後菩提を弔うため屋敷跡に建てられた寺の門で豊臣秀吉が寄進したと言われる。
現在の門は江戸時代に再建されたもの。
1日目朝5時半に出発、中央高速道諏訪SAで朝食後中央高速道を南下土岐JCから東海縦貫道経由で
東海北陸道へ、東海北陸道白鳥ICから一般道へ、九頭竜湖・越前大野経由で福井市一乗谷へ向かう。
朝出発時はパラパラしていた雨は目的地に近づくほど晴天となり、一乗谷到着時は真夏の天気となっていた。
朝倉氏は戦国大名で考景が福井の一乗谷に本拠を置き5代義景まで100年を越えるて越前を支配した。
5代義景のとき天下統一の戦いで織田信長に敗れ滅亡した。
その城下跡を発掘し「一乗谷朝倉氏遺跡」として整備されたもので、国の特別史跡・特別名勝に指定され、一乗谷川を挟んで館跡や復元された戦国時代の城下町や資料館、神社仏閣等があり散策コースとなっている。
写真は「唐門」と呼ばれ、義景の死後菩提を弔うため屋敷跡に建てられた寺の門で豊臣秀吉が寄進したと言われる。
現在の門は江戸時代に再建されたもの。