にをいがけからはじめよう

おみちに引き寄せられて25年。
落ちこぼれようぼくだけど精いっぱいのにちにち。

一生に一度の

2008年01月27日 23時03分07秒 | おぢばがえり


おぢばから戻りました。
今朝6時頃、夜行バスから降りまして7時前には家に帰りました。

もう一生忘れられないおぢばがえりでしょう、良くも悪くも。
結果からいうと、無事長女はおさづけ拝戴となりました。
心底ホッとしました、そうならせていただけたことに。
ただ、予定だと25日のはずだったのだけど、結果は昨日の26日、
春季大祭のあと、となりました。

 


理の親がおぢばへ向かう車がなかなか到着しませんでした。
席札は理の親が。。。。道が大渋滞で動かなかったそうです。
私と長女は、夜行バスだったのでお昼の11時には詰所に入っていたんだけど。


なので・・・翌26日となったのでした。
26日だとその晩の夜行で帰る予定だったから、
おさづけがいつ終るかによって近鉄に間に合うのかとなってくるし、
京都でのバスの発車時間に間に合うのかとなる。

同じ部屋の方たちも会長様奥様若先生、また係りの方も気をもんでくださいました。
もう神様にもたれるしかないと思ってはいましたが、
それでも、なんとか間に合いたいと願っていました。

 

自分のときは、修養科のときおさづけを頂いてしまったから、
大勢の中のひとりという具合で、あまり感動も。。ほとんど感激もなく、
流されるように終ってしまったように思う。
でも、長女の場合は違っていたと思いました。
一席一席おぢばに運び、ようやくおさづけだと思っても、御本部の事情、
諸事情など本人以外の事情で、おぢばには帰ってもおさづけは手に出来ませんでした。
本人以外の事情とは言っても、本人なんですけどね。苦笑
それが2~3回ありました。
でもそのとき戴けたとしても、私は一緒に帰ってはやれなかったと思うので、
それはそれで良かったのかと思いましたが。



今回、ようやく私も立会いでおさづけが戴けると思っていたのだけど、
私が予定にしていた日ではありません。
本当に、長女がおさづけを戴く事がいかに大変なことなのか、
心底考えさせられました。。
奇蹟に近いのかもしれません。
自分のときが簡単だったから、長女ももっと簡単に頂けるものと思うのに、
そうではなかったことに親神様の思いの深さというか、思いの行き先を考えました。



「なんで?」
「どうして?」



おみちの辞書には、その言葉はないと聞かせていただきますが、
ついついそう思うんです。
深すぎて分りにくかったり。。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

長女は、女の人が着るおつとめ着を身に付けることを
とても嫌がっていました。自分は女ではないと思っている長女だから。
でも戸籍では女ですし、回りの誰もがそう思ってきました。

そのことがあって、いままでなかなかおさづけの理を頂戴する機会を
頂きませんでしたが、今回、「着るから」ということを決心してのおさづけ。
喜んでおりません。
キレイなのに。。。憮然としている様子でした。
母と子の記念写真もイヤイヤで、使い捨てカメラで一枚撮っただけ。
室内だったから最悪な出来。

そういうことがなおさら印象深い記念となったでしょう。
イヤイヤでも喜んででも、みな一緒。
ですが、私が思い描いていたのは、明るい太陽のした、教祖殿をバックに
嬉しそうに笑って写されている長女の晴れ姿でした・・・・・
自分がそうでしたから。

ま しかたない。
良かったです。長女もようぼくです。
神様に使っていただける木材にならせていただける日がきますように。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・追記でした。

 

 

 

今回のことはまた明日、ゆっくり書かせて頂きたいと思います。



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2 コメント

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yoshi (鯉太郎さんへ)
2008-01-30 19:40:44
ありがとうございます!

ああ。。実はすっかり記憶の奥のほうへ行ってしまっていました。
あとで思い出しました。
それだけおぢばを満喫できたのかも知れないですよね。
鯉太郎さんの顔の印象は、去年のこどもおぢばで見て、
脳裏に残っているので会えば分ると思います。
期待してください。なんちゃって~笑
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どうも (鯉太郎)
2008-01-30 06:59:19
素晴らしいおぢば帰りでしたね。おめでとうございました。

残念ながら声は掛けていただけなかったので、次回に期待したいと思います。お勇み様でした。
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