硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「マツコの知らない世界。80年代アイドル」を観て想いに耽る。

2021-01-07 10:11:52 | 日記
3日の夜に放送された、「マツコの知らない世界」で80年代アイドルを現在の20代の女性が推しているという番宣で気になったので、観てみたのだが、やはり、とても興味深かった。

最近、ショッピングモールを歩く若い女性のファッションが「?」という感じの雰囲気があった事も興味を持つ要因であったが、この番組を通して、80年代のポップカルチャーも一部の人達には実際に「エモい」と感じていることが分かった。(エモいって使いにくいなぁ)

しかし、僕にとっては過ぎてきた時間である。しかも、冷静にみて、事象を分析しようとする余裕も少しばかりあるので、80s90sのアイドルと音楽業界の移り変わりを論じてみようと思う。

アイドルに対してマツコさんほどの愛情はないけれど、当時は歌番組に夢中だったことは事実である。そして、前述のように、緩やかに衰退していく様も体験している。
島崎和歌子さんがデビューした時、そこはもう焼け野原だったと当時を回想していたという話にも、なるほどなぁ。と思った。

今思うと、バブル経済が頂点に達しようとした頃、アイドルが華やかだった時代もピークであった。

それを境に、アイドルと歌番組は衰退してゆくのであるが、僕なりに思ったのは、その要因の一つに「エレキギターが市民権を得た」からではないかと思う。

一つ前の世代では「エレキギターを持つと不良になる」という風潮があった。
(笑えるけれど、当時は真面目に捉えられていた)
そういった価値観を、スターと呼ばれる人たちが打ち破り、浸透した世代が、時代のセンターに来て、ロックが成功者と位置づけされるようになった。
その事象と同時進行で、経済も豊かになり、エレキギターを持つ事が普通になり、スターになる事を夢見る人たちも増えた。その結果、すそ野は広がり、需要が増え、音楽を楽しむ人の絶対数がある以上、何かが衰退してゆく事は必然であった。

それが、当時のアイドルであり演歌であったのかもしれない。

バンドブームの特徴は、始まりは小さなライヴハウスであり、最初のファンはライヴを見て好きになり、当時はSNSはない時代だから、口コミで広がってゆき、メジャーになってゆくという構造を持っていた。また、プリンセス・プリンセスを代表とするガールズロックグループも現れ、女性もロックをしていいんだという流れが出きたように思う。
其れとは逆に、マツコさんの「アイドルはコンサートに行かないと本当にいるのかどうかわからない」というコメントが表しているように、アイドルは視聴者との距離が遠すぎたため、すそ野が広がりにくい構造を変えられなかった。だから、逆に誰もが憧れる存在でありえたともいえる。

その構造を意図的なのかは不明であるが、現実的な所まで引き下げたのもアイドル業界であったように思う。これが二つ目の要因である。

ヒットメーカーである秋元康さんは、高根の花であった「アイドル」を「おニャン子クラブ」という集団で、同級生感覚にまで引き下げた。(確か放課後というコンセプトだったようにおもう)その狙いは顕著に出て、次第に音楽シーンに浸透していき、スターも生まれた。
その事象は、女の子が「私もアイドルになれるかも」という希望を生み、男性ファンの人達も同級生に近い女の子が、どんどん売れていく様を見て、喜んだ人も多いように思う。

(たしか、AKBは、逢いに行けるアイドルでしたね。つまり、ライヴを基礎としたことで、アンダーグラウンドのコアなファンの声が、SNSによって広がり、爆発的な人気につながっていったように思う。おニャン子の時は、その逆で、テレビから、ラジオ、雑誌、という媒体に広がり、コアなファンを生み出しながら、縮小していったのではないかと思う。)


不思議な事ではあるが、同じ時代に、同じ推移でレコードはCDに変わり、ウォークマンの登場により、手軽に、好きな音楽が好きなときに聞けるような時代へと変わった。

次第に、音楽シーンにロックが占める割合が多くなり、テレビでの音楽番組に、多様性が無くなっていった。テレビは万人受けすることで番組が成り立つのだから、コンテンツが細分化されてしまえば、観る人は限定的になる。限定的になれば、視聴率は下がり、スポンサーもつきにくくなって、アイドルに投資してもリターンが少なくなれば、投資目的を失う。
その様に捉えると、一見、お金の問題とも観れるが、当時の番組の作り方にも、問題があったように思う。

違う番組で、ジャニーズの東山さんが、当時の事を振り返り、プロデューサーとの折り合いが悪くよく怒っていたという事を言われていた。これと同質の問題を、某ロックバンドの人も言われていて、その事から、音楽番組の作り手側が時代を読む力がなかった事も、音楽番組が衰退させてしまった要因の一つであるように思う。
そして、とどめを刺すように、バブル経済の崩壊が訪れてしまったことで、音楽番組の維持が難しくなったように思う。

それでも、ロックは変わらず人々の心をつかみ続けた。多くのバンドが生れ、ビジュアル系と呼ばれるバンドが現れた時、そのムーブメントが、アイドルを追っかける事はダサいという流れを作ってしまったのではないかと思う。

そのような、もろもろの要因が重なりつつ、音楽の方向性は、情景や情緒よりも、個人に向けて、且つ、メッセージの強い、インパクトのある音の方へシフトしていった。

その後、とんねるずさんやダウンタウンさんが、お笑いを通して、歌い手さんの背景を掘り出す事で、歌をより魅力的に紹介する番組を成功させたけれど、それも、長くは続かなかった。

大昔、歌を紹介する際に司会の人が言っていた、「歌は世につれ、世は歌につれ」というフレーズは、その言葉は、音楽番組が保有する性質を表していたのだった。

そして現在。
K‐POPというジャンルが出てきて、アイドルも多様化し、若い世代の人達はよりクリエイティブな音楽をデジタルネットワークで発信していて、音楽はさらに細分化され、ディープになり、音楽を楽しむ人たちは自分に合った音楽をスマホというツールで探し楽しんでいる。
そして、昨年。最も大きな変化は、一昔前では到底考えられなかった、アニメの主題歌がレコード大賞を受賞した事である。
僕自身は、鬼滅の刃の人気より、この快挙の方がうれしかったのである。(この記事を読んだ時、心の中で、時代が動いた! と叫んだのである。Lisaさんおめでとう!)

まさに、「歌は世につれ、世は歌につれ」である。

以上が、個人的な80年代からの音楽シーンの移り変わりの感想である。


そして最後に。

当時のVTRを観て気づいたのは。マツコさんの言うように「中森明菜」さんは別格の存在であり、アーティストであった。
そして、そんな明菜さんが、なぜ、普通の幸せを手に入れられなかったのかが、本当に悔やまれるのでした。

明菜ちゃん元気にしているだろうか・・・・。来年の紅白に出演してほしいなぁ。