田切通信

旅行に写真に究極超人あ~るに飯田線田切駅

佐久間レールパーク最後の日4

2009-12-12 18:59:00 | 飯田線の旅
 開園までの時間を利用して小和田まで往復する。お誂え向きに下りで行って小和田に30分程度滞在し、上りで中部天竜に帰る丁度良い便があった。片道約30分、料金400円の小旅行だ。

 小和田に着いた。僕らの乗って来た天竜峡行きの電車が出て行く。小和田は今更紹介するまでもないほど有名な秘境駅だ。僕ら以外に年若い鉄道ファンが同じ便から2名降りた。鉄道ファンの人は、妙にフレンドリーで何でも話しかけてくるか、全く知らんぷりするかのどちらかに片寄ることが多いが、この2人組は後者の方で、一言も発しないどころか、まったく目を合わそうともしない。まあ、実害はないので気にしないが、こんな他に誰もいない上に広くもない秘境駅で、同席者を無視するってのも大変だと思う。


 三県境界の標識が朽ち果てている。折角の観光資源がこうして朽ち果てていくのは、飯田線の現状を見るようで切ない。前なら水窪町で資金を出して面倒見たのだろうが、浜松市に合併した今となっては、そう簡単に修復費は出まい。


 前に来た時は工事中だったが、かつての上り方面の2番線は完全に撤去が完了してホームだけが残る。


 駅舎の中にある机には旅の記念ノートがそろっている。誰か知らねど管理している人がいるのだ。


 この古い木造駅舎はまだ残るのだろうか?ここはまあ周囲に人もいなくて、仮に何かの原因で燃えてもしまっても影響は少ないから、立て直す費用と相談するとこのまま放置される公算が高そうだ。かなり前はこの駅舎で夜を明かしたことが何度もあった。懐かしい思い出だ。


 同じく駅舎内の駅周辺案内板。小和田駅を中心に、幾つかの集落名が書き込んであるが、小和田には宮下さん1軒のみ、宇蓮に通じる吊り橋は遙か以前に落ちてもうない。幹線林道まで坂を上った先にある塩沢にはまだ何軒か(確か2軒)民家が残っている。この案内板は何時の頃まで機能していたのだろう?


 さて、上り方面の列車が入ってきた。小和田駅に滞在するにしては短い時間だった。次は何時来られるだろう。


佐久間レールパーク最後の日2

2009-12-12 08:00:00 | 飯田線の旅
 実に久しぶりです。本職が超絶的に多忙を極めて疲労困憊して書き込む元気が有りませんでした。通称「火の1ヶ月」が終了し、書き込み再開です。(一部では死亡説がささやかれていたとか、いないとか・・)
 思い起こせば、11月初頭にレールパークが閉園して既に1ヶ月以上。局長のブログでは閉館後の状況が紹介されているというのに、しつこく最終日の状況を、感慨を交えて紹介します。

 通常の開館時間よりも大分早いが、夜が明けて明るくなったし、暖かい缶コーヒーでも飲みたいので駅に向かう。通常は駐車場として使われている駐車場は御覧の通りステージが組まれ、テントが立てられテーブルや椅子が配置され、最後を飾るステージが整いつつある。こうして見ると、ここまで豪華でなくとも普段からパークの開館日はこのように地元を交えて接客すれば、来館者の持つイメージが大きく違ったろうに。そうすればリピーターだって多くなったと思う。


 改札を通り越すとある踏切の脇の看板。本日の「開館」を告げている。この看板も今日を境に、お役ご免だ。最終日のサービスの一環で、通常はここまで有効な切符を提示するか、入場券を購入しないと入れないパークだが、今日は無料大公開になるようだ。


 ホームに上がると、大きな看板が目に入る。列車の窓からもよく見えるであろう大きさだ。まだ木部が真新しい看板も今日でお役ご免なのだ。


 反対側はこれ。18年間、長かったようで、短かった。まあ、平素の入館者状況を見れば、閉館もやむなしと思える。ところで看板の両サイドの部分が紙で隠されている。ここにはないが書いてあったのだろう?恐らく閉館後のお知らせではないかと思うが、ぜひ局長に確認していただきたい部分である。


 最後の最後に綺麗に飾り付けられたパーク。きっと閉館後は看板外されて地味になるんだろうな。


 まだ開館時間までは大分あるので、普通に切符を買って小和田駅を見に行こうと思う。