東北本線,東海道本線沿線 全線全駅歩き旅のブログ

旧東北本線と田沢湖線,花輪線,釜石線,八戸線,山田線、北上線、東海道本線、奈良線、大船渡線沿線歩き旅の記録。

東北本線沿線全線全駅歩き旅 42日目 間々田駅 => 野崎駅

2014年05月08日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
2014年4月16日 41日目 間々田駅 => 野木駅 約4.7Km

西口へと行くと“蛇がまいたの像”というのがあった。





無形文化財の「間々田の蛇祭り」というのがあるそうだ。



それにしてもこの蛇は頭部がいかめしいのに胴体が短くずんぐりしている、ツチノコみたいな姿だ。

間々田駅では休憩せずに次の駅へと向かう。
駅から5分ほど歩いたところに「乙女公園」というロマンあふれる名前の公園があった。



公園の中にある木がなんともユニークな形だ。



人の手で形を整えられたものだろうか、自然の木の形とは思えない。
ここの地名は“乙女”だ。おばあさんが住んでいても乙女だね。



駅の構内に作業用車両が停まっていた。





たしか以前テレビで見た記憶がある、これは線路や路盤を補修する車両に違いない。
車両の下部に付いているこの機械で路盤を直していくはずである。

ここから先もイヤになるほどまっすぐな道が続いている。



踏切から間々田駅を振り返る。







住宅地を過ぎ田んぼが見えてきたところで、わざと舗装されていないほうの道を行く。



このあたりの農家の門はかなりの大きさである。



倉庫を兼ねているのだろうが一般的な民家よりも大きいくらいだ。
蔵も大きい、広い豊かな土地と消費地である東京に近いから収入も大きいのだろう。



菜の花畑の向こうを電車が通る。
まぶしいくらいの菜の花である。





道路も畑もよく整備されているのが分かる。





だが農業は天候しだいでもある。





昔からこのようにして神に良い天候と収穫を祈ってきたのだろう。



マンホールの蓋に「のぎ」と書いてある、野木町に入ったのだ。



線路の向こうにある大きな建物にはひまわりの絵。



建物の雰囲気から役場か学校のようだ。
70キロのキロポストがあった。



これで今回の旅の行程の半分を消化したことになる。
遠くに野木駅が見えている。



駅へと向かう住宅地の角に「猿田彦大神」の碑があった。





駅が目の前である。





駅前のモニュメント。





足元を見ると「町の花 ひまわり」とあった。



さきほどの壁にひまわりの絵のある建物は町役場に違いない。
駅から続く通り。新興住宅地のようである。



まだ午後3時前だ。







西口へも行ってみる。







次の古河駅までは5キロメートルだから余裕で歩ける距離だが、歩き出して3日目なので疲れが溜まっている。
たかが7キログラムほどの荷物だが背負って歩くのが負担でもある。
それに今日はかなり暑かったので汗もかいた。
といろいろな口実をつけて今日はこの駅までとすることにした。



野木駅から今日の宿泊地である小山駅まで戻ることにする。



午後3時なので車内はがら空きだった。



ホテルは駅から程近いところにある。
飲み屋の連なる小道を通ってホテルへと向かう。



名前は「ホテル・グランドシティ」となかなか立派である。



このホテルを選んだ理由は“安かったから”である。
いまどきシングルルームで一泊3千円などという格安なホテルはまず無い。
カプセルホテルでさえも3千円では泊まれない時代なのだ。
部屋は4階にあるのに504号室であった。
どうやら長期滞在者もいるらしく電気ポットなども自由に使ってよいとのことだ。

部屋は30年前のビジネスホテルそのままであった、おもわず「ああ懐かしいなあ」と声が出る。
古くなったビジネスホテルをそのまま格安のホテルとして使っているようだ。
経費を抑えるためチェックインは午後4時から、チェックアウトは鍵をボックスへ投げ入れるだけにして人件費を抑えているようである。

フロントの人は「まだチェックイン時刻じゃないけど」と言いながらも受付をしてくれた。
「いまボイラーのスイッチを入れたばかりだから、お湯はすぐには出ませんよ」
なるほど出来るだけ運用コストを下げようとしているのだね。
客の滞在時間が長ければ廊下の照明も点けなければならないし、エレベーターも動くようにしておかなければならない。
客が午前11時にチェックアウトして次の客が午後2時に到着するのなら、3時間で清掃を終えなければならず人手が要る。
チェックインタイムを遅くしてチェックアウト時刻を早めにすることで少ない人数で運営できるようにしているのだろう。
古びたエレベーターで4階へ行き部屋へと入る。

建物は古いが部屋は十分清潔だし、タオルや歯ブラシなどアメニティも付いている。テレビもあるのだ!
不思議なのは時計が2つもあることだった。
ビジネスホテルには珍しい壁掛け時計。



そして机の上には目覚まし時計もある。



大きくて見やすいからと壁掛け時計を付けたのだが、客から「目覚まし時計がないと不便だ」という声が出てやむなく目覚まし時計も置くようにした、というのが私の推理である。
狭いけど浴槽があるのはうれしい。



さっそくシャツを洗濯する。



この部屋に2泊するので乾くはずである。
風呂に入ってさっぱりしたところで夕食に出かける。

もちろん駅前へ行く。



だが、これはというレストラン、食堂がみつからない。
吉野家などでも良かったが見当たらない。
駅に隣接しているスーパーへ行くと夕方の処分セールが始まっていた。
貧乏がさせる悲しい性分で割引と見るとすぐに手が出る。



割引の弁当を買って部屋へ戻り、もそもそ食べる。

テレビを見ると「今日は各地で夏日になりました」と言っている。



小山でも25.2度を記録したということだ、どうりで暑かったわけだ。

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東北本線沿線を歩く旅 41日目 小山駅 => 間々田駅

2014年05月07日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
41日目 小山駅 => 間々田駅 約7.5Km

コーヒーを飲み終えて小山駅を後にする。



駅前にはこのようなオブジェがあった。
モーターで動かしているのだろうか、ゆっくりと回転している。



南の方向を目指して歩き出す。



思いのほか交通量は少ない。



と、サイレンを鳴らしながら消防車が通り過ぎていった。



もしかして煙でも見えるかと消防車の行った方向を見るがなにも見えない。



線路に平行している道路を歩いていると頻繁に踏切が現れる。



踏切から小山駅方向を見る。



こんどは東京方向を見る、見事なほどまっすぐに線路が伸びている。



その線路沿いの道も地平のかなたまで直線である。



歩けども歩けどもこのようにまっすぐな道が続く。



今日も日差しが強いのだが幸い新幹線の高架が日陰をつくってくれている。
40分ほど歩いたところに小さな公園があった。



ここの桜は満開だ。



公園のベンチに座ってひと休みする。



ときおり電車が通る。子供の姿もなく静かな公園だった。



100メートルおきに踏切があるんじゃないかと思うほど踏切の数がかなり多い。



「無線電信踏切」という名称の踏切もあった。



この踏切が“無線電信”で近くの駅に繋がっている、そんなことは無いだろう。
近くに無線電信という名の会社でもあったのだろうか。


東北新幹線と東北本線とが交差する付近。



どこまでもまっすぐ、そして高低差がほとんど無い道だ。















「天理教踏切」近くに天理教の寺があるのかな。



「平和踏切」はかなり錆付いていた。



そのフェンスの上には、、、



刺さったら痛いだろうが、それよりも錆びていることのほうが怖い。



間々田駅がすぐ近くに見える。



みたところ以前はホームが4面あったようだ。
いまは上下線に1面ずつだから構内がムダに広く感じる。

それにしても暑い。
今日も暑さに負けてコンビニでアイスを買ってしまった。



間々田駅東口。



駅前はしーんとしていた。



駅前にあった石像。お祭りの様子なのだろう。



朝夕なら込み合うだろう自由通路も人の姿はまばらだ。



時刻は1時40分だ。








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東北本線沿線を歩く旅 41日目 小金井駅 => 小山駅

2014年05月06日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
41日目 小金井駅 => 小山駅 約8.0Km

まだ歩き出したばかりだから小金井駅では休憩しないで歩き続ける。



次の小山駅までは8キロと距離がある。
みごとなほどまっすぐな道路。



まあ新幹線と平行して道路があるのだから当然かも知れないが、起伏の少ない土地ということもあるだろう。
岩手県のように山がちの土地ではトンネルや橋を作ったりしなければならないので直線状に道路や線路を敷くのは難しいのだ。



かなり凝ったデザインのマンホールの蓋があった。



蔦模様と馬をあしらったメルヘンチックなものだが町名などが書いてない。
もう小山市のエリアに入ったのだろうか。

次々と踏切が現れる。













そうしているといきなり“小山新幹線車両センター”の前に出た。



フェンスの向こうに新幹線車両が並んでいた。



そろそろ小山駅が近くなってくるころだ。
工場の上の看板に団子があった。日の本製粉という会社の広告塔だった。



つい「だんご三兄弟」の歌が思いうかぶ。

また踏切、と写真を撮ると“両毛線”の踏切であった。



こんどは別のデザインのマンホールを発見。



これは小山市の市章が中央にデザインされている。
漢字の“小”と三角で山を表して組み合わせたものだと分かる。

駅に程近いところに広大な駐車場があった。



スーパーマーケット、パチンコ店などが共用しているものらしい。

駅へと続く道に飲み屋街が連なっている。
あれ? 一瞬通り過ぎてから戻ってよーく見ると。



“日木人”と書いてあるぞ。
別の紙には“日本人”と書いてあるから“本”と書くところを間違えて“木”としまったのだと分かるのだが。



この看板の意味するところはなんだろうか。
「日本人のお客さんは40分で1万円ですよ」ということなのか、
それとも「マッサージ師は日本人ですよ」ということなのか。
まあ常識的に考えて「日本人が接客しますよ」の意味だと思うのだけどね。

昭和の時代の雰囲気を残す狭い道を通って駅へと向かう。



小山駅が見えた。



小山駅はさほど大きくは無いのだがなかなか風格のある駅舎である。



時刻は10時40分だ。
朝食はモスバーガーで済ませたのだがもうお腹が減ってきた。

小山駅で小休止にしよう。
駅中のLITTLE MERMAIDという洒落た店で“二度目の朝食”にする。





静かな店内でまったりと時間を過ごす。




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東北本線沿線を歩く旅 41日目 自治医大駅 => 小金井駅

2014年05月05日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
41日目  自治医大駅 => 小金井駅 約2.8Km

今日はこのホステルをチェックアウトして荷物を全部背負って歩かなければならない。

花粉症は早めに薬を飲んだので今のところ症状は出ていないが、念のためマスクをする。
薬とマスクは常にセットにして持ち歩くようにしているのだ。
花粉症がひどくなると呼吸をすることさえつらくなるので旅を続けることなど出来なくなるからだ。

午前5時半に起きだして一階の風呂へと行く。
なんとこの時間なのに先客がいた。みんな早起きなんだなあ。

チェックアウトはカードキーをフロント窓口の箱に入れるだけだ。
フロントの係員は午前8時半ころ出勤するようである。
宇都宮駅に行くとこの時間は通勤通学客でいっぱいだ。



まず腹ごしらえをしたい。
今日はちょっと贅沢!をしてモスバーガーへと入る。





ライスバーガーにオニオンスープ風のセットだが、食べ終わってもなにか物足りない。
もう一品欲しいところだ。

自治医大駅まではもちろん電車で行く。
さすがに宇都宮駅は構内が広い。
雲ひとつ無い快晴である。
今日までの三日間は晴天続きだった、青空だと気分も明るくなる。



電気機関車が一両ぽつんといる。



さて自治医大駅に到着。すぐ歩き出す。



ここからは東北本線沿いに道路があるので、文字通り線路に沿って歩くことになる。



はてこれはなんという町のマンホールなのか?



まさか「自治医大」というのが町名とは思えないが。
帰宅してから調べてみると駅のあるところの地名は「下野市医大前」だった、なるほどね。
頭上を東北新幹線が地上を宇都宮線(東北本線)が頻繁に通る。





踏切の写真を撮って左右を見ると新幹線の橋げたがすーっと向こうまでまっすぐに続いている。
子供のころに見たアメリカのテレビ番組“タイムトンネル”を思い出してしまった。



そうしているうちに小金井駅に着いた。





この区間は2.8キロと駅間距離が短いのだ。



駅前にはD51の動輪が展示してある。近くで見ると結構迫力があるものだ。



時刻は午前8時35分だ。




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東北本線沿線を歩く旅 40日目 石橋駅 => 自治医大駅

2014年05月04日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
40日目 石橋駅 => 自治医大駅 約4.9Km

石橋駅を後にして南下する。



駅から程近いところの児童公園から列車の通る場面を撮影する。



相変わらず踏切の写真も撮る。このあたりは東北本線と新幹線が平行して走っている。



踏切でも列車が来るのを待って写真を撮ってから歩き出すのでなかなか前へ進まない。
おや、これは北斗星かな?





このあたりは国道4号線とは思えないほど交通量が少なかった。
たぶん時間帯によるのだろう。



歩いていて目に付くのはこのような大きな石材を使った門のあるお宅の多いことだ。



大きな駐車場のある一見江戸時代のお屋敷かと思えるような「とんかつレストラン」があった。



駐車場の桜が満開だった。

今日はかなり気温が上がっている。
日差しが強いので出来るだけ日陰を歩くようにしているのだが、とうとう我慢できずコンビニでアイスを買ってしまった。



だいぶ日が傾いてきた。
自治医大駅がかなり近くなってきたあたりに“関東ふれあいの道”というのがあった。



国道4号線と平行して広めの緑地帯があり、その向こう側は住宅地になっている。
住宅地側にも道路があり、歩くには最適である。
国道からそちらの道路へ移動して歩き続ける。
こっちの道は車がほとんど通らず静かなので気持ちよく歩ける。



菜の花が美しい。



ここの桜は散り始めている。





住宅地を抜けていくと駅が見えてきた。



駅に程近いところに無人の有料駐車場があった。



一日500円とのことだが、料金は小箱に入れる仕組みだ。
「産直販売と同じ仕組みだなあ」



アメリカのアトランタでも無人の有料駐車場を見たことがある。
駐車区画に番号が振ってあり、料金所にはその区画番号を書いた小穴のある料金箱があった。
客は自分の停めた区画の番号と同じ番号の料金箱にお金を入れる仕組みだった。

自治医大駅に到着。



時刻は午後4時25分。



次の小金井駅までは2.8キロだから続けて歩ける距離なのだが今日はここまでとする。
今日も7時間ほど歩いたのだ、無理はしないことだ。



駅東側にある大木に夕日が当たっている。





そしてどの駅にもあるモニュメント。これは何を表しているものかなあ。



自治医大駅から宇都宮駅まで戻る。



今日も同じホステルに泊まるのだ。



ホステルの近くにはヤマダ電器のお店がある。
近所にファミリーレストランもあるのだが私は今夜も餃子を食べることに決めている。



昨日と同じく駅中の店へと直行する。



昨日とは別の店で餃子定食を注文する。



もちろんソフトドリンク無料クーポンを使う。



餃子10個を食べると満腹になった。

昨夜はひんやりとして暖房が欲しいほどだったが今夜は暖かい。
そのせいか花粉症の症状が出てきた。
くしゃみと鼻水である。これはマズイ、すぐに薬を飲む。
私は常に花粉症の薬を持ち歩くようにしているのだ。

ホステルへ戻り洗面所で洗濯をする。
着替えは最小限しかもって来ていないので洗濯をしなければ汗臭い服のまま旅することになってしまうからだ。
もちろん洗濯洗剤も小袋に入れて持ってきた。



下着とタオルを洗ってエアコンを暖房モードにセットし送風を最強にして強制的に乾かす。

そうして午後9時には寝てしまう。




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(旧)東北本線沿線を歩く旅 40日目 雀宮駅 => 石橋駅

2014年05月03日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
40日目 雀宮駅 => 石橋駅 約6.9Km

雀宮駅の改札口と自由通路はこんな感じである。





駅の2階から西口方面をみると住宅地が広がっていた。





駅を後にして“日光街道”へと戻る途中で民家を移動しているところを見かけた。

道路の拡張に伴う移動なのだろう。
住宅を基礎の部分から持ち上げて裏手のほうへ移動しているところだった。



私の子供のころに何度かこのような光景を見たことがある。
現在は家の下に鉄骨をくぐらせて持ち上げているが50年前は木材を使って人力で移動させていた。
ここのお宅は由緒ある民家なのだろう門も一緒に移動させている。



どうやら新たに作ったコンクリートの基礎の上に固定させるところのようだ。

やっと東京まで99キロ地点まで来た。



「とうとう100キロを切ったか」という思いと「まだ99キロもあるのか」という思いが交錯する。

商店の前でドリンク全品50円の自動販売機を発見。



帰宅後にインターネットで調べると大阪には10円の自動販売機まであるそうだが、私がいままで見た限りでもっとも安い。
これは買わねばならない!
どれでも50円なのだからさっさと買えばよいのに、どのボタンを押すかで迷う。
けっこう優柔不断な性格のだ。
結局オレンジジュースを買う。

ここのキロポストは道路の縁石に貼り付けてあった。



下野市に入った。
私は最初は下野を「したの」と間違えて読んでいた、そのあとは「しもつげ」と読んでいたが正しくは「しもつけ」だったのだ。
地名と人名の読み方は本当に難しい。
茨城県をずーっと「いばらぎ」と読んでいたがこれも「いばらき」と読むのが正しいのだと知ったのはずいぶん後になってからである。

道路の標識を見ると“東京街道”と書いてある。



いつのまにか“日光街道”から“東京街道”に入ってしまったものらしい。
そろそろ昼食にしたい。
街道沿いにヨークベニマルがある。あそこで昼食にしよう。



フードコートへ行く。
相変わらずどれを食べようかと迷う。



値段と内容を見比べながら5分ほど思案する。
さんざん迷った末に選んだのが「天ザル蕎麦」である。



決め手は店員さんの「本日は麺類大盛りの日です!同じお値段で大盛りに出来ます」の一言だった。
同じ値段で大盛りになるならとお得である。
さっき自動販売機で買った50円のオレンジジュースを飲みながらザル蕎麦を食べる。
どうもオレンジジュースと天ザル蕎麦は相性が悪いようで、蕎麦の味もオレンジジュースの味も分からなくなってしまった。
「ああ、お茶を選べばよかった」と小さなことで落ち込むのだった。

昼食を終えたらすぐに歩き出す。
ゆっくりと休憩をしていると足が重くなってしまい歩き出すのがしんどくなるのだ。

すぐに上三川町に入る。



晴れていてさわやかと言いたいところだが気温がかなり上がっている。
「ああ、さっきのスーパーで日焼け止めを買えばよかったなあ」




道路沿いにこんもりとした森がある、神社があるのだ。
ここの鳥居は真っ赤に塗られ、がっしりとした造りだ。
注連縄も太くてよい形である。



石碑には「星宮神社」とある。
なんともロマンを感じさせる名前の神社ではないか。

民家の庭に桜の一種なのだろうか鮮やかなピンクの花を満開にした木があった。



チューリップを前景に入れて写真を撮る。



私でもこれがチューリップだということは分かるのだ。

あれ?また下野市に入った。



地図で見るとこの付近は下野市と上三川町が入り組んでいるところだった。

そうしているうちに「いしばし」のマンホールが現われた。
石橋駅が近いのだ。



それにしてもなぜグリム童話の絵が描いてあるのだろう。
帰宅してから調べてみると(旧)石橋町はドイツのグリム童話の故郷の町と姉妹都市なのだそうだ。
町には「グリムの森」とか「グリムの館」などの施設があるとのことだ。

この町でもたくさんの鯉のぼりが青空を泳いでいる。



吹流しには名前が書いてある。たぶん自慢の男の子の名前なのだろう。

駅方面へはわざと狭い路地を通って行くようにした。



GPSがあるから道に迷う心配が無い。

石橋駅が見えてきた。



おお! 街灯もしっかりとグリム童話の世界になっている。



この通りでグリム童話パレードをやったらいんじゃないか?
と思ったが商店の看板が“酒”とか“カラオケ”や“クリーニング”などだから、童話とは程遠い生活感あふれる童話の世界になってしまいそうだ。

これが駅舎? と思わず唸ってしまった。



なんにも知らずに来たら、テーマパークの入り口と間違えそうである。
グリム童話のパネルが貼ってある塔の周りの階段を昇る。
疲れた脚が階段でつまづきそうになって怖い、こんな遊園地の入り口のようなところの階段で転んで怪我をしたら笑われてしまいそうだ。

駅の入り口。どうしてもJRは駅の入り口を二階に造らないと気がすまないようだ。



二階の手すりにもグリム童話。メルヘンチックでいいんだけどね。



もう午後3時10分だ。







駅間距離があるのでこんな時刻になってしまった。

なんとかあと2時間は歩きたい。
次の自治医大駅までは約5キロである。
がんばれば午後5時半までに着けるだろう。

石橋駅でも休憩をしないでそのまま歩き続けることにする。




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(旧)東北本線沿線を歩く旅 40日目 宇都宮駅 => 雀宮駅 

2014年05月02日 | 東北本線 宇都宮駅ー東京駅
40日目 宇都宮駅 => 雀宮駅 約8.3Km
駅のコンコースに行くと、土産物売り場には餃子味チップスなど“餃子関連商品”が山盛りだ。



コンコースにある観光案内所の前のポスターも顔が餃子で書いてあるほど徹底している。



駅前に立って回りを見ると「どうだっ!参ったかっ!」と餃子専門店ばかりが目に付く。







さすがは餃子の街「宇都宮」であった。
私は今日の夕食も餃子を食べるつもりである。

さて餃子ばかり見ていないで次の駅へと歩こう。

一般に都会の中央駅とその周辺の駅の駅間距離は短いものだ。
都会を中心として住宅地が広がるわけだから通勤通学客の利便性を考えて駅を造るからである。
ところが宇都宮の場合は北方面の片岡駅までは6.2キロ、南方面の雀宮駅までは8.3キロもあるのだ。
バスの便が良いとか自家用車での通勤が普通で電車はあまり利用しないとかの理由があるのだろうか。

向こうからピカチュウが走ってきた。



幼稚園の送迎バスだった。
屋根の上にもキャラクターが取り付けられていて見ているだけも楽しくなってくる。
これなら園児たちも喜ぶだろう。

宇都宮駅からしばらく行ったところにある踏切。



そこから宇都宮駅方面を見る、ずーっと奥のほうが宇都宮駅だ。



線路脇にはちいさなキロポスト。



国道4号線に戻る。





国道沿いにはポルシェなど高級車のディーラーがずらりとショールームを構えている。

町の自動車修理工場かと覗いてみたら、ここでは往年の名車をレストアしているようだ。
おお、これはトヨタS800ではないか。



きっと高いんだろうなあ。
私には手の出る車ではないがスポーツカーは見るだけでも楽しい。

雀宮駅が近くなってきたあたりで国道4号線の100キロ地点に到達。



そしてその100キロのキロポストのまん前に“100円ショップ”があった。



偶然なのだろうがよい場所に100円ショップを造ったものだ。

その100Km地点の前が神社になっていて桜が満開だった。





神社の名前は「雀宮神社」ここの鳥居は石造りだ。



そして注連縄はおなじみの中央部が太くなっている形だ。



長徳三年(997年)に創建されたとあるからずいぶんと歴史のある神社なのである。
私は「すずめのみや」と聞いて舌切り雀の童話しか思い出せないのだった。

その境内にかかっていた絵馬には高校合格祈願などど並んで「早くアレルギーなおして」というのがあった。



私も花粉アレルギーで苦しい思いをしているからよく分かる。

すぐ近くに陸上自衛隊の基地があり、ヘリコプターが次々と上空を通り過ぎていく。



やっと雀宮駅への案内が見えた。



雀宮駅は立て替えたばかりなのかモダンな駅舎だった。

時刻は12時45分だ。
ここも例に漏れず改札口は二階にある。






モダンな駅舎だがなぜか落ち着かない、写真を撮っただけで休憩をしないで歩き出す。




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(旧)東北本線沿線を歩く旅 40日目 岡本駅 => 宇都宮駅

2014年05月01日 | 東北本線 福島駅ー宇都宮駅
40日目
岡本駅 => 宇都宮駅 約6.3Km

岡本駅を後に歩き出す。
駅からほど近いところに神社があった。



鳥居はがっしりとした鉄骨製のようだ。
神社の名前は“山神社”だ。
実に分かりやすい名前だ。

その先にある踏み切り。



もう少し行くと“療養所踏切”があった。



この近くに有名な療養所があるのだろうか。

そこからはずぅーーっと線路脇にまっすぐな道が続いていた。



途中には幅が2メートルの車が通れない踏切もある。



頻繁に電車が通るがその都度カメラを向けてしまうクセがついてしまった。



線路沿いの左側には広大な敷地のパナソニックの工場がある。

また国道4号線に戻る。



変わった鳥居を見つけた。
なんとステンレス製の鳥居だ。



これなら錆びることも無いだろう。

鳥居の材質はほとんどが木製だが、大型の鳥居はコンクリート製が多い、また鉄パイプで作られた鳥居も数多く見かけた。
だがステンレス製で銀色に輝く鳥居は初めて見た。
日本の神様というのはあまり鳥居の材質にはこだわらないようだ。

今日は風はあるものの快晴だ。
歩いていると汗をかくし喉が渇く。
コンビニに立ち寄って飲み物を買い、ほぼ一気に飲み干してしまう。



国道4号線を離れて宇都宮駅への道へと入る。



民家の庭に見事な椿?が咲いている。





私は花や樹木など植物の知識が貧困である。
さすがにたんぽぽとチューリップくらいの違いは分かるが、この花が椿かどうかはまったく自信が無い。
勝手にこれは椿ではないか?と思っているだけだ。

10時35分に宇都宮駅に到着した。



私は3時間半前にこの駅から電車で2つ離れた駅まで行き、そこから歩いてまたこの駅に戻ってくるというじつに無駄なことをしているのだ。

駅前の写真を撮る。







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