昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… 祭り (七)

2023-08-06 08:00:11 | 物語り

 口上がおわると同時に、へび女の手にしたへびが激しくあばれだした。
観客の足もとをてらす灯りのほかには、奥にいるへび女を赤い色のライトがてらすだけだ。
 奇妙な音楽――ペルシャあたりで蛇つかいがかなでるような音楽がながれるなか、へび女がとつぜんに大きく口を開けて「シヤーッ!」と声をあげた。
とたんに、最前列にいた幼児がおおきく泣きさけんで走りだした。
あわてた母親が「なみちゃん、なみちゃん。すみません」と声をのこしてあとを追いかけた。

「小さいどもをつれこむなんて、ひどい親だぜ」、となじる声が聞こえた。
そうだよなと思うぼくに対し、友人がこごえで耳打ちしてきた。
「人魚を見たかったんだよ、あの女の子は。
こんな恐ろしいヘビ女を見たいんじゃない。
そんなことも分からないとは、情けない大人だね」
「そ、そうだよね。人魚を見たかったんだよね、そうだよね」
 うなずいたけれども、幼女のきもちちに気づかずにいた自分が情けなく思えた。
と同時に、友人の意見にすぐ同調してしまう自分に腹もたった。

 当のへび女はまるで気にすることなく、なんども「シヤーッ!」と叫びながら右に左にとうごきまわった。
へびを口の中に入れようとしては、くねくねと動くへびに逃げられてしまうといった大仰なうごきをなんども繰り返した。
そして最後には、そのへびに引っ張られるような素振りで消えていった。
大人たちの失笑が洩れる中、ぞろぞろと外へ押し出された。
「面白かったねえ。へび女なんか、けっさくだったよ。
あんな小さなへび一匹にふりまわされてさ」と感想をもらすぼく対し、友人はだまりこくっていた。
なにかを思いつめるように口をつぐみ、眉間にしわをよせていた。

 他愛もない子どもだましの興行なのだが、当時のぼくたちには衝撃的なことだった。
昭和29年1月16日に、インドのニューデリー駅で発見されたという狼少年のはなしを授業のなかで聞かされたばかりのおりだったこともあり、思いつめた表情の友人がとんでもない事を口にした。
「あの人を救おう、人間にもどすんだ。
狼少年ですら、もどれたんだ。大丈夫、愛をもって接すれば、きっと真人間にもどれるさ」と、息せき切って話し始めた。
気乗りのしないぼくではあったが、友人のあまりの剣幕におしきられた。



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