さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹 39 さらば、インド

2022-02-21 | インド放浪 本能の空腹


30年前、私がインドを一人旅した時の日記を元にお送りいたしてきました

『インド放浪 本能の空腹』

いよいよ帰国の日が近づいてきました

出国もかなりドタバタしました、一気にお読み頂きたく、少し長くなるかもしれませんが、何卒お付き合いくださいませ

では、続きをどうぞ


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 マザー・テレサの病院、『死を待つ人々の家』に入る事すらできず、己の弱さや醜さを自覚し涙まで流したというのに、そんなことはすっかり忘れたかのように、『Biman Bangladesh Airlines』のぐうたらな対応で気を揉んだものの、帰国便の予約が取れて、おれは随分と晴々とした気分になっていた。

 このカルカッタにやって来てからは、気持ちの沈む日々であったが、ようやく初めて、『観光客』のような気分になっておれは街を歩いた。

 

 インド博物館前の大通り、歩道にはたくさんの物売りが地べたに土産物を置いて売っている。これまでそんなものを買う気など全くなかったが、インドへ来て早々に詐欺に合って買わされたシルクなどの土産が、無事に日本に着いているかどうか分からない、おれは何やら宝石の原石のような石をゴロゴロと並べて売っている男の前にしゃがんでその石を眺めた。

 キャッツアイのような石があった。

『それは一ついくらだ?』

と指を差し尋ねる。

『200Rupee…』

 おれは話にならない、という顔をして立ち上がる、すると男がすぐにおれを引き留め言う。

『待て待て待て待て、では、150Rupeeに負けるよ…』

 おれはすぐに立ち上がろうとする。

『待て待て待て待て、では、いくらなら買う?…』

『5個で200ルピーなら買う』

『それは話にならない、それならば、もう一つ加えて、6個で500Rupeeならばどうだ…』

『いいだろう、6個もらうよ』

 この街に初めてやって来た日の夜、喧騒と混沌の入り乱れたその圧倒的な街のパワーに気圧され、ビビりまくったあの日を思えば、こんな買い物の交渉も上手になったものだ。



 ゴミだらけの街をおれは歩く。世界で一番汚い、と言われる街を歩く、都市文明化の失敗作、と言われる街を歩く、歩いて歩いて、やがてインドを発つ日を迎えた。

 ホテルでタクシーを呼び、荷物を持って外へでる。カルカッタに戻って来た日に、ホテルの前の路地で腐りかけていた猫の死骸は、少し毛玉のようなものを残しながらも白骨化し、ついに帰国の日まで片付けられることはなかった。

 タクシーに乗り込む。

『ダムダム空港まで』

 運転手が、プイッと顎を横に振り走り出す。



 街の喧騒を眺める、少し寂しい気もする、やがて空港に着く、メーターは『60Rupee』、来た時と同じだ。そして、どうせボッタクられるのだろう……。運転手が言った…。

『60Rupee…』

『えっ!』

 もう一度

『60Rupee』

『えっ! ホントに!?  いいの!?』

 運転手が怪訝そうな顔をしている。
 インドで、公的機関を通さずに乗ったタクシーが正規料金!! おれにはとても信じられなかったのだ。

『ありがとう!ありがとう!』

 おれはとても嬉しくなり、『釣りはいらない』と言って、ガンディーの肖像入りの100ルピー紙幣を運転手の手に包むようにして渡した。

『良い旅を…』

 運転手の言葉を聞きながらおれは車を降り、空港内に入った。
 すぐにチェックインカウンターへ行き、チェックインを済ませた。出発まではだいぶ時間があり、出国ゲートにはまだ入ることができなかった。

 ロビーで時間を潰していると、一人の男がおれに近づき、声を掛けてきた。

『日本人か?』

『ああ、日本人だよ』

『どこへいくんだい?』

『これからダッカ経由で日本に帰るんだ』

『何時の便だ?』

 おれがチケットを見せると男は言った。

『ボクと同じ便だ、ボクはバングラディシュ人でダッカへ帰るところだ、出発まで時間がある、暫く話さないか』

 それからおれは、そのやけに陽気な男としばらく談笑していた。

『なあ、ボクの友人が日本で働いているんだ、ぜひその友人に会いに行ってくれないか、そして、カルカッタの空港でこの男に会った、と伝えてほしい』

 男はそう言って、自分の名をメモに書いておれによこした。

『どこに住んでいるんだい? 住所は?』

『トチギだ』

『栃木? 栃木のどこ?』

『トチギしか分からない…』

『いやいや、それじゃ、無理だよ』

『いや、トチギに行って、もし会えたら伝えてほしい』

『わかったよ…。もし栃木に行くことがあって、もし会えたら伝えるよ…。』

 男は嬉しそうに笑った。

『Koheiji 〇ב**Sawada ▲!#$…Your …』

 空港内にアナウンスが流れた。んん? なんだか今、おれの名前が呼ばれたような気がする…。

『Koheiji 〇ב**Sawada ▲!#$…Your …』


 やはりおれの名が呼ばれている、よく聞き取れないが、おれの乗るダッカ行きの便が間もなく離陸するので急げ、と言っている…。 … ん? んんん!?

『エエエエエエエエーーーーーーー!!!』


 時計を見ると、確かにフライト時刻が迫っている、というか過ぎている!!!!!

『おい! ボク達の乗る便がもう離陸するぞ!! 急がないと!!!!』

 おれは一緒に走ろうと、男の手を取った。だが、男は慌てるでもなくゆっくりと時計を眺め、そして言った。

『ボクのは、この後の便だ』

『おい!!』

 まったくなんてヤツだ! 悪いヤツではなかったが、ルーズすぎる…、でもまあ仕方ない…、この国に来てキチンとしていたのはバブーだけだったな…。

 出国ゲートの入口の前に、サリーをまとった大柄の、出国審査官らしきオバサンが立っていた。そのオバサンがおれを見つけ、急げ!急げ! と手を振っている。おれは息を切らせてオバサンのもとへ走った。

『あなたのせいで離陸が遅れている、急いで荷物をここに乗せて!』

 おれは言われるがままにバッグをX線の機械のベルトコンベアの上に置いた。ベルトコンベアが動き出し、そして止まる、出国審査官のオバサンがモニターを睨みつける、睨みつける、睨みつける…。

 早くしろよ! 怪しい物なんか入っていないから! そう、怪しい物などあるはずはないのだ。だが…、出国審査官のオバサンは、飛び上がるように、勢いよく立ち上がり、モニターを指さし、そして大声で叫んだ。

『Pistol!! Pistol!! Pistol!! Pistol!!------!!』

 えっと…、なんだって…?  『ピストル……?』 ん…?

『はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!??』

 オバサンの『ピストル』という叫び声を聞いて、近くにいた、自動小銃を肩からかけた空港警備官らしきイカツイ男が3人、おれに向かって駆け寄ってきた。そしてオバサンと共におれのバッグを開けガサゴソと調べ始めた。

『いや、だから、入ってねえって!』

 やがてオバサンがおれのバッグからある物を取り出し、おれの目の前に突き付け言った。

『これはナニ!?』

『えっと、それは…、蚊除けのスプレーです…。』

『ん? Mosquito repellent?』

『はい…、多分そんな感じのものです…。』

『そう、だったらここを通ってもいいよ、いいけどね、いいけど、Indian Money pay♡

 そう言ってオバサンはニッコリ笑って手を出した。

 え? 金を払えってか? ほとほと呆れた、だが悠長なことは言ってられない、おれは財布から100ルピー紙幣を取り出しオバサンに渡した。オバサンがまたニッコリと笑う、すると、さきほど駆け寄ってきた空港警備官の男たちが一斉におれに向かって言った。

Indian Money pay
Indian Money pay
Indian Money pay

 もう滅茶苦茶だ、ほんとに最後までハチャメチャだ、おれは男たち一人ずつに100ルピー紙幣を渡し、どうにかダッカ行きの便に乗り込んだ。

 機内に入ると、他の乗客の視線が痛かった…。

『君のせいで離陸が遅れた』

 おれの座席に向かう途中、何人かにそう言われた。

 おれの隣は日本人だった。ダッカとカルカッタを行ったり来たりしている大使館職員らしい、ベンガル語ができるので雇われた、と言っていた。

 おれを待ってようやく出発、エンジンが唸りを上げて飛行機が加速、そして離陸、たちまち眼下にインドの大地、悠久の大地が広がる、こうして空からあらためて見ると、本当にインドは湿地やら沼やらがあちこちにあるのがわかる、水は豊富なのだろう、おれは眼下の大地を見つめ、そして心でつぶやく。

『さらば、インド! インドよ、さらば!』



***************************************つづく

長らく書いてきましたインド放浪・本能の空腹、どうにか帰国まで来ることができました。皆様の、いいね!や、コメントに励まされ、自分自身も日記と記憶と格闘しながら楽しく書かせて頂きました。帰国した日、日本でも思い出深いことがありましたので、家に着くまでを書きたいと思います。あと、多分1回、最後までお付き合い下されば幸いです



 
コメント (8)
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