こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です
以前連載した『インド放浪・本能の空腹』、あの時のインド訪問から6年後、私は再びインドを訪れました。
会社勤めをしておりましたので、2週間ほどの短い期間でしたが、まあまあ、色々な出来事がありましたので、その時の様子をまた日記風につづって行きたいと思います
前回、カルカッタでの一日目、ホテルで私がシャワーを浴び、シャワールームを出ると、前橋が何やら不可思議な動きをしながら独り言を言っている場面を見てしまい、何をしていたのかと聞いたら、行きの飛行機での出来事を、妄想の中のエア合コンで女の子に話していたとのこと、私が大爆笑した、というお話でした。
では続きです
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カルカッタでの二日目、おれたちはルームサービスで朝食を済ませ、翌日のプリー行きの夜行列車の切符を買いに、インド国鉄オフィスに向かおうと外に出た。国鉄のオフィスまでは歩くには遠く、タクシーで行こうかとも考えたが、せっかくなので人を満載して傾きながら走るバスに乗ってみることにした。実はおれは、前回のインドの旅でバスには一度も乗っていなかったのだ。
快適とは言えない程度の込み具合のバスに乗り込み、国鉄オフィスの近くで降りた。この辺りは官公庁街なのだろうか、サダルストリート近辺に比べると比較的綺麗だった。おれたちは翌日の夕刻発、プリー行き夜行列車の一等車の切符を購入、オフィスを後にした。
帰りは少々遠いが、ヴィクトリア公園などを散策しながら歩いて戻ることにした。ちょうど昨日前橋と待ち合わせをしたインド博物館から大通りを挟んで広大な公園があった。散策しながらそちらの方へと歩き、菓子売りの少年を冷やかしたりしながら芝生の上に腰を下ろした。
辺りを見回して前橋が呟く。
『広い公園だなあ。。』
『そうだな、新宿御苑とかに比べればゴミとか落ちてて汚いけど、まあこうして腰を下ろすことができるくらいには綺麗だな』
そんなところへ、若いインド人男の二人組がおれたちの脇に腰を下ろし話しかけて来た。
前にも言ったが、基本的にインド人はシャイなヤツが多い。だから自分から日本人に話しかけてくるようなヤツは、大概が詐欺師かポン引き、悪いヤツで間違いない。だがこの二人は違うようだった。なんでも大学で情報処理を専攻し、将来はIT系の企業に就職をしたい、そして日本でも仕事がしてみたい、そんな夢を持っていたから、おれたち日本人に興味があったようだ。まったく、詐欺師どころか、おれや前橋よりはるかに頭の良い将来有望な若者であった。
彼らが去ると、今度は割腹の良い中年オヤジがおれたちに近づいてきて腰を下ろし話し始めた。
『お前たちは日本人か?』
『そうだ』
『お前たちの先祖はとても勇敢だった。勇敢に白人と戦った。もちろんおれたちインド人もお前たち日本人と共にイギリスと戦った、なのに、今のお前たちはヒロシマ、ナガサキに原爆を落とされながらアメリカの言いなりだ。』
一体この話を何人のインド人から、他のアジア人からされただろう、今回のオヤジは今まで以上に怒っているようだった。
前橋は、普段から昭和天皇を尊敬している、と言ってはばからない男であった。この頃、まだ日本人の大半が従軍慰安婦の、日本軍による強制連行があったと信じていた。前橋はこの問題にも相当な知識を持っていて、時に議論などもしているようだった。ただ、そんな話をそれこそ合コンのような場でもついしてしまうものだから、まあ、そういう席ではモテるようなこともなかった。
オヤジの去ったあと、前橋がやや興奮気味に言った。
『いや、今の話、生のアジア人から聞くって、本当に驚いた、やっぱり日本人自ら自虐史を作り上げている、って実感したよ!』
それからおれたちはしばらく広い芝生の公園をホテル方向に向かって歩いていた。ふと、左斜め前方から赤ん坊を抱いたオレンジ色のサリーを纏った女がおれたちの方へ向かって歩いてきた。物乞い、とすぐに気づいたおれは、ポケットの1ルピーコインを握りしめた。
『ナマステ』
女はそう言って赤ん坊を抱いたまま両手を合わせた後、少し卑屈な笑顔で右手をおれの前に差し出した。おれは握りしめていた1ルピーコインを女の手の平に乗せた。女はもう一度『ナマステ』と言って頭を下げ、続けて前橋の方へ手を出した。前橋もポケットから何かを取り出し、女の手の平に乗せた。女は、前橋から握らされたものを見ると、見る見るうちに険しい表情になった。そしてこの世のものとは思えないほどの恐ろしい形相で前橋を睨みつけた。さらに何かを吐き捨てるように現地語の言葉を発し、しばらく前橋を睨みつけたまま去って行った。
『えっ……、今の……何?、すごい睨まれた…。』
前橋は、今の女の表情にショックを受けたようだ。おれですらインド人はもとより、他人からあんな顔をされたことはない。
『なんか、おれ、マズかったのかな…。』
『お前、あの女に何渡したの?』
『来る時の飛行機でもらった袋入りのアメ玉……。バカにされたって思ったのかな…、それにしても、あんな表情するかな…。。』
『まあねぇ、普通は金をもらう立場で、アメ玉とは言え何かもらってあんな顔は見せないと思うよな…、でもさ、それは平和な国から来たおれたち日本人の感覚であってさ、やっぱりちょっと感覚が違うんじゃないかな、おれ、前回の旅で思い知ったことがあってさ、例えばお前がプロの歌歌いになるのを夢見て頑張っている、それでその夢を叶えるチャンスってゼロではないじゃん、って言うよりがんばれば叶える可能性は結構あるじゃん、なんだかんだ言っても、日本ってまだまだ夢見ること、それを実現するチャンスってそれなりに平等にあると思うんだよね、でもさ、インドって、物乞いが這い上がるとかのチャンスって、ほぼゼロで、夢見ることとか、一人一人の未来とかって全然平等じゃないんだよね、物乞いの母親が、自分の子供が将来物乞いとして生きるために、少しでも憐れみを乞えるようにって、我が子の腕を切り落とすって話、嘘みたいな話で、とんでもない、って思うだろ? でもさ、インド旅していると、それがこの国の物乞いの母親の究極の愛、って言われても何も言い返せない、って思うようになったんだよね…』
『…、でも、おれ、そんなつもりじゃ…。。』
その後、ホテルまで前橋は無言であった。
ホテルに一度戻り、しばし休んでから外へ出る、すでにカレーっぽい食事に飽き気味になっている前橋を気遣い、晩飯は中華料理で済ませた。しかしホテルへ戻ってからも、先程の女の顔がよほどショックだったのか、前橋の口数は少なかった。
『前橋…、今日も先にシャワー浴びるよ?』
『あ、ああ、わかった…。』
元気の無い前橋に声を掛け、おれはシャワールームに入った。やはり今日も水しか出ない。水浴びをしながら、おれも先程の女の顔を思い出していた。
(おれが1ルピーコインを握らせたときは満面の笑みだったのに…、アイツもな、なんでアメ玉なんかを、そんなとこケチってどうするんだ?それにしてもすごい形相だったな…。)
かなり歩いて埃にまみれた体を洗い流し、すっきりとしてシャワールームを出て部屋に戻る。すると…。
前橋が昨日に続き、こちらに背を向けソファーに腰掛け、またしてもおれには見えない誰かと話をしている。
(ああ、またやってる、こっちもそれなりに気まずいんだってば…)
おれはしばらく前橋と見えない誰かの会話を眺めていた。昨日に比べると少しジェスチャーが大きい、手を広げて見たり、指先を見えない相手に振って見たり、声も時折出している。
(まあ、おれも人のこと言えないけど、何か思い立つと今の状況とか見えなくなって行動に移しちゃう、でも二日続いてだからなぁ、しかも同じシチュエーションで…。)
『おい!』
『あ!あああああああああ!!!!』
おれの声に、腰を抜かすほど驚き、大声を出して前橋が振り返った。
『まあ、いいけど、今日は誰と話してたんだよ』
『いや、あの、何でもないよ…。』
『いや、だめだよもう、おれ見ちゃったから…。誰とどんな話をしてたのか聞かせてもらわないと…。』
『いや、その…、じ、実は…。』
『実は?』
『実は…、さっきの公園でアメ玉を渡した女と…。』
『そうなんだ…、どんな話したの?』
『いや、まあ、そんなバカにするとか、そんなつもりじゃなかったって…、インドは初めてで勝手がよく分からなかったから…、 で、もし気に障ったのならやり直すから、1ルピー受け取って欲しいって…。』
『…。で、女は何と?』
『あの顔のままだった…。』
『…、それは残念だったな…、まあ、あんな顔で睨まれるって、人生でそうはないからな…。まあ、あさっての朝には南国情緒あふれるプリーだから、嫌なことも忘れるよきっと』
『……。』
『……。』
およそ人が人から見せられることもないような形相で睨まれ、ショックを受けている男が一人、その男が一生懸命一人芝居で言い訳を言っている姿を見て、必死に笑いをこらえている男が一人、ああ、そんな男が二人、カルカッタの夜は今日も更けて行く。
続く***********************
前橋君、二日連続で一人芝居を見せてくれました。赤ちゃんを抱いた母親の物乞いの顔、本当にすさまじかったですよ。あんな顔をされたら前橋君でなくともショックを受けると思います。
今回の話 勉強になります。
1ルピーといえば 現在 1.8円・・・
当時はもっと安かったかも知れない
飴玉なんかもらったって 生活の足しにも
なりゃしない! それとも バカにして!と
怒ったのでしょうかね・・・
人間、善意が否定された時程 悲しさは倍増
やっぱ その国の事情ってものを知らないと
トンデモない事になっちまう
過酷な国なんですね・・・
ps 話は変わりますが グローバリストの
ウジテレビ 消えますな・・・橋下氏も消えそう