こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です
小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます
本日は「高輪の女」です
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タクシードライバーの多くは、それぞれ『主戦場』のような地域を持っている。東京23区は広いのだ、得意な地域、苦手な地域、客を拾うルートなど人によって様々だ。どこの地域でも稼ぐようなオールラウンダーもいるが、少数である。
おれの主戦場は、銀座を中心とした中央区、隣接する港区、江東区、少し離れて品川区、主にベイエリアだった。タクシーは、客に言われた目的地へ行くのだから、自分の苦手地域や、狙っていた走り方、コース、思い通りに行かないことも当然ある、苦手な地域でも、貪欲に客を拾い、できれば客を乗せながら、得意地域に戻るのがベストだ。
思い通りに行かないとしても、大まかな一日の走り方の流れ、のようなものも人それぞれだ。おれのいた営業所は、大田区の外れ、多摩川を渡ればそこは川崎、神奈川県、そんな場所にあった。
朝、八時頃、営業所を出たおれは、まず環八から第二京浜(国道1号)に入り、都心を目指し北上するのが定番だった。第二京浜を使って北上するのは、この国道は、途中、地下鉄都営浅草線の終点、西馬込駅があり、そこから環八以南まで電車の駅が無いのだ。だから通勤時間帯に頭を都心に向けて走れば、高い確率で『西馬込駅まで』という客を乗せられるのだ。ワンメーター、710円(当時)だったが、まずはそこで弾みをつけ、さらに北上しながら客を乗せつつ、官庁、大企業、大商業施設のひしめく都心に入れれば最高なのだ。
ある日のこと、日中、都心から中原街道、武蔵小山付近まで飛ばされてきたおれは、再び主戦場へ戻ろうと、そこから第二京浜方面へ向かう、第二京浜から五反田駅付近、ソニー通りを御殿山、八ツ山橋の方へ上る、直進すれば品川駅方向、おれは高台の頂上で左折、片側一車線ずつの二本榎通り、高輪付近へ入る、この時間帯ならば、品川駅前や国道よりも客が拾える、と考えてのことだ。
少し走ると、狙い通り、女が手を上げる、少しぽっちゃり目のショートヘア、赤基調のやや派手目なワンピースに薄手のカーディガン、歳の頃はアラサーか、少し上くらい、おれは車を停める。
『おまちどおさまでした、どちらまでですか?』
『晴海のトリトンスクエアまで、少し急ぎめでお願いします』
おれの頭の中でルートが浮かぶ、急ぎめならすぐ先の高輪警察を曲がり、坂下の国道を走った方がいいだろう、ルートの確認を女にする、最初にこれをやっておかないと、後で遠回りをした、などとトラブルの原因になる。
『それでは、この先、高輪警察署の交差点を右折、そのまま第一京浜から大門の交差点で右折、海岸通りから汐留を抜け、築地四丁目の交差点を右折、そのまま真っすぐトリトンスクエア、のルートで宜しいですか?』
『お任せします』
まず、確実にこれが最短ルートだ、おれはメーターを入れ走り出す。女に告げた通りのルート、高輪警察署を右折、坂を下り第一京浜(国道15号)に突き当たり左折、片側三車線の道路、車線を巧みに変更しながら、女の『少し急ぎめ』に応える、さらに大門の交差点を右折、浜松町駅を通過し海岸通りを左折、同じように車線をスイスイと変えながら、汐留、電通本社から新大橋通り、朝日新聞本社、国立がんセンター、築地市場を横に見ながら築地四丁目交差点を右折、晴海通りに入り、あとはまっすぐ、順調だ、……、と思ったら晴海通りが大渋滞、しかもかなり酷い、信号が何回か変わってもほんの少ししか進まない、普段も渋滞することのある通りだが、いつにも増して酷い、事故でもあったか、ついに女がしびれを切らす。
『ちょっと!! 急ぎめでって言ったのに! なんでこんな混んでる道で行くのよ!』
『申し訳ございません、ルートはこの道で最短なんですが、この先の勝鬨橋付近で事故でもあったのかもしれません、橋を渡り始めてしまうと抜け道などに回避できないので混んでるのかと思います』
『えっ! なに、橋って? なんで橋なんか渡るのよ! いつもは橋なんか渡らないわよ!!! 遠回りしてるんじゃないの!!!?』
『あっ、いや、そんなことはございません、このルートが最短です』
『最短だろうと何だろうと、いつもは橋なんか渡らないって言ってるの!』
『あの、お客様、晴海ふ頭は人口の島ですので、必ずどこかの橋を渡らなくては行くことができません…』
『し、し、知らないわよそんなこと! 島だろうがなんだろうが、いつもは橋なんか渡らないの!!!!』
晴海トリトンスクエア
勝鬨橋
もうめちゃくちゃである、女は地理に弱い人が多い、と聞いたことがあるが、橋を渡らない、は、無理があるだろう、水陸両用タクシーでも使ってるのか? バックトゥザフューチャーのような空飛ぶタクシーでもあるのか? と突っ込みたくなったが抑えた。
『お客様、少し遠回りになりますが、もう一本向こうの橋、佃大橋を渡ればトリトンスクエアの裏手、駐車場入り口から車寄せまで行けますけど、お急ぎでしたら料金はかかりますがいかがですか?』
『それで行けるならそっちで行ってよ!!!』
『かしこまりました』
おれは、晴海通りをどうにか左折し、聖路加病院付近を走り、佃大橋の通りへ入り、橋を渡り、無事にトリトンスクエアの裏手に周る、駐車場入り口から車寄せまで到着、メーターは4,580円、遠回りした分、予定より結構多い、女はぶつぶつ文句を言いながら金を払い、車を降りた。
今回のことは、おれは一切悪くない、値引きをしてやる必要もないし、仮にタクシーセンターにクレームが行ってもちゃんと説明できる、少々気分の悪い客だったが、まあ、日中の時間帯の一発4,580円はでかい、それに何と言っても、どれだけ嫌な客であっても、もう会うこともないのがタクシードライバーと言う仕事の魅力だ。俺は気を取り直して銀座方向へ車を走らせた。
数日後か、数週間後か、日中、おれは五反田付近から、二本榎通りを流していた。ふと前方に立つ女が手を上げた。
ん…?
んん?
あっ!
あの女だ! あの時の水陸両用女だ!!
ちょっとぽっちゃりめ、ショートヘア、少し派手めのワンピース、歳の頃はアラサー、か、ちょい上くらい、間違いない
ゲゲ! 乗せたくない、おれは一瞬回送にしようかと思ったが、手を上げられた後にそんなことをすれば、乗車拒否になってしまう、乗車拒否は罰が重いのだ、おれは平静を装い車を停めた。
『おまちどおさまでした、どちらまでですか?』
『コロンビア通り、コロンビアレコードのあたりまでお願いします』
『かしこまりました、では、この先左折し、魚籃坂下から六本木通り方面、ゴルフパートナーのところで左折、赤坂方面、でよろしいですか?』
『お任せします』
おれはメーターを入れ、やや緊張気味に走り出す、まあでも今回は大きな『橋』を渡ることもないので問題ないだろう、無事、目的地に到着、女は金を払うと
『ありがとうございましたぁ♡』
笑顔を振りまき降りて行った。
そう、前回の日記で、これまでやっていた得意先を持つ営業マンとは違って、どんな嫌な客でも、二度と会うことはないのだから気楽だ、と言ったのだが、日々主戦場を中心に、同じような得意エリアを走っていると、こうしてまれに同じ客を乗せることもあるのだ、まあ、それでも客の方はいちいちドライバーの顔など覚えてはいない。
*******************************つづく
今の感想
トリトンスクエアまでのルート、今は勝鬨橋の下流にもう一本橋ができて、新橋から汐留までの道も開通していますので、違ったルートになるかもしれません、でも、やっぱり橋は渡りますww 東京の街はひっきりなしに変わります、地下鉄が延長すれば駅も増え、知っていた大企業のビルがいつの間にか別な会社の名前に替わってなんちゃらタワー、とか呼ばれたり、なかなか大変です
アクシデント・・増してや 銭が掛かるから 余計に
始末が悪い・・・金持ち東京人だからまだしも 地方で同じ状態なら かなりエグイ状況になっていたかも
ですwwww
コメントありがとうございます!
急いで行って、みたいなこと言われるのはホント困ります、いきなりプレッシャーかけられる感じなんですよねー
それでいて渋滞なんかにハマると、車内の空気も重くなりますww
急いでいるのか、と思って車線を変えながら走っていると、「チョロチョロ車線を変えるな!」と怒る人もいましたので、適度な走り方をできるようにならなくてはダメなんです。
ありがとうございました。