10月は同窓会ラッシュ。 この年になると昔が懐かしくなるようで同窓会が多いです。私はあまり同窓会に参加しないほうですが 「同窓会に来たから」と大阪に帰ってきたついでに「久しぶりに会いたいね」という友人のお誘いを受けて 大阪市内に出かける日が続きました。どの日も数名の集まりですが まあ しゃべること、しゃべること。昔話が次々よみがえってきて 私の若い日の無謀ぶりが暴露され、いたたまりません。 若いときから冒険好きというか いろんなところへ人を誘っては無謀なことばかり繰り返していたものです。それでもみんな好意的で 「あなたがいたからあんなことが体験出来たので感謝しているわよ!」とのこと。 そんな風に言ってもらえて みんな優しいね。 次の日の集まりは50年ぶりの再会。 会社をリタイアーして また神戸大学に学び その後関西学院大学で「神学科」に進み牧師になっておられる友がいました。 まるで裁判官の前に立たされ 今までの人生を振り返らねばならない被告の心境でしたが 誰も優しく 楽しい思い出話ばかりが果てしなく出てきます。 行きがけは 夫がいつも写真の中で微笑んで 外出を見送ってくれます。 好き勝手に生きてきた人生ですが みんなの優しさに感謝です。 残された日々は 少しでも人の役に立つ 恩返しの日々でありたいと思います。
プリントされた写真を コツコツとscanして 今のところ 1971~2002年約30年間の大量の紙写真をPCに保存しました。1万枚にはなるでしょう。結婚以降のアルバムですが あまりにも重いので 少しづつ分けてごみに出し 家の中が少し軽くなりました。 押入れを開くとあれもこれも 「処分して頂戴」と言っています。子供部屋に残されていた 幼稚園、小学校時代の「絵」や「作文」その他いろんなものが出てきます。なんとなく子供の成長の記録のような気がして 今までとっておいたものです。 他に 結婚生活45年間の手紙その他も出てきます。もの持ちがいいですね。しかし もうこれらのものもすべて捨てることにしましょう。 紙ばかりですがすべて焼却されるように「生ごみ」として ごみ収集の日に少しづつ出すことにします。 子供のスキーや夫のゴルフの道具その他 子供たちが使ったスポーツ用品もまだ残っていましたが これも粗大ゴミですね。少しづつ古い衣類やほとんど来ていない和服も始末しなくっちゃ・・・・・ 次から次から 捨てなければならないものが出てきます。沢山の音楽テープ 録画したVHSテープ アナログテレビ時代に録画したDVDも もう見ることがないでしょう。 フィルム時代の一眼レフカメラ2台ももう使うことはないでしょうね。 必要以上の布団類 五月人形なども眠っています。この年になると 要らないものばかりです。 ボツボツものを減らしていく予定です。
今日は 「My Birthday」 いろんな人から お祝いメールや電話をいただき 一人で誕生日を迎える私にはとてもうれしいでした。 それにしてもずいぶん年取ったものです。 そして、今は すべり症による足の痛みであまり歩き回ることはなく 毎日毎日写真の整理をしています。
今日は「真冬の上高地」の写真整理です。 今から20年ばかり前のことです。上高地は11月に閉山すると 4月の開山まで営業宿泊所はなくなります。初めて冬の上高地に行った時は そのころあった「村営ホテル 冬季小屋」に泊めてもらって 真っ白な上高地に足を踏みいれました。 真っ暗な釜トンネルを出たところから輪かんじきをつけて 静まり返った神々しいばかりの上高地に入ります。 そのころ Mさんという小屋番の方がおられて 夏の従業員用の小屋に泊めてくださいました。その日の宿泊客は6.7人で 大きな鍋で夕食を作ってくださいました。 翌々年には 徳澤園冬季小屋に泊めてもらって 2度目の冬の上高地を楽しみました。今では徳澤園の冬季小屋はないそうですが その時は自炊道具と寝袋持参でした。 梓川は氷結して 河原全体の雪原が広がっていました。 何もかも凍っていたので水は雪を溶かして炊事しなければなりませんでしたが ストーブの上の大きなやかんにはお湯が沸いていたのでそれで食事を作らせてもらいました。 あんなことが出来たのも まだまだ若い気力があったのですね。お天気に恵まれ横尾までトレッキングを楽しみました。どこまでも開けた雪原には 動物たちが夜のうちに縦横無尽に走り回った足跡が残されていました。ウサギの他は何のあしあとかわかりませんでしたが 楽しい想像でした。
輪かんじきをはいて
横尾山荘
梓川の化粧柳
徳澤 ハルニレの木
終活と称して 古い写真を整理し始めたが なかなか大変な作業です。 まず 子供二人分のアルバムをすべて デジタル化しようと意気込みましたが とにかく数が多いので 毎日毎日時間があれば無理のない程度にパソコンとプリンタを並べた机に座ります。 アルバムのページをバラバラにして スキャナーでパソコンに取り込み 一枚一枚トリミングしながら切り離し、フォルダーに保存していきます。ペーパーの写真をスキャンして取り込んでみると ほとんどの写真は一つで300KB(キロバイト)以下にしかなりません。 子供の生まれたときから高校生ぐらいまでの写真が手元にあり 一人分で200MB(メガバイト)になったので約1000枚ぐらいというところでしょうか。もう一人分もおおよそ1000枚。アルバムにして8冊ありました。慣れてくると手際はよくなるのですが 1ヵ月近くかかりました。急ぐこともなくぼつぼつ気長にやろうと思っています。
s63-4-2 鳥取砂丘にて(208KB)
お父さんの勝ち! (166KB)
まあ 一人暮らしというのは いやほど時間があり 誰に遠慮もなく出来るのですが しばらくすると疲れてきて休憩です。 子供の分が出来たので 今度は我が家の歴史を見直すことにしました。お金もないのに よくこれだけ遊びに出かけたものです。主に山行きでしたが 年取ってからは 高原や北海道の大自然も思う存分楽しみました。金剛山や岩湧山も歩き尽くしました。大山 白山 北アルプス。 私たち夫婦は雪遊びが大好きだったので真冬の上高地 真冬の八ヶ岳 真冬の西穂高(独標まで)東北地方も 北海道も 尾瀬も 何度も何度も出かけました。 新潟ぐらいまでならマイカーで、東北・北海道は格安飛行機で現地まで行ってあとはレンタカーです。今それらを一枚一枚思い出しながら デジタル化しています。この作業をして良かったと思えることは こんな機会がなければ 一生あの沢山の写真を見直すことはなかったかもしれません。 その時々感動した場面がよみがえってきて 今またそこを旅しているような気分にさえなります。 今はほとんどがデジタルカメラになって 我が家の孫たちは フィルムカメラを知らないので昔のフィルムを見ると 「それ何?」って思うでしょうね。私もデジタルカメラに代えたのは2000年になってからです。それまでは旅行にはポジのリバーサルフィルムも使っていたので それらもスキャンしてパソコンに取り込みたいと思っています。古いプリンタには ポジフィルムもネガフィルムもスキャンする機能がついていて ポジフィルムはとても幻想的な独特の色に仕上がり 今私が使っている「コンデジ」では出ない色合いがうれしいです。 写真のデジタル化はまだ当分時間がかかりそうですが 過ぎた時を振り返えるのもいい終活だと楽しむことにします。
最近出かけることもなく写真もないので 手元にあったデジタル化した写真を数枚貼りつけました。 自分の気に入った写真が出てきましたら また見てください。
霧の金剛山
尾瀬が原 ヒツジグサの紅葉
至仏山の「ホソバヒナウスユキソウ」
ミズバショウ