
鎌倉霊園の最上段の真南の景色を眺望する三基のお墓の真ん中
世光院殿柔道顕正日久大居士
長光院柔覚郁安日永大姉
昭和四十年十一月二十七日 寂父 三船久蔵
昭和五十四年六月二七日 寂母 三船郁子
施主 三船 貢
決めていなかった花嫁、嘘に慌てた父親が三船久蔵の帰省中に汗を流して探した花嫁の名前は
郁子
久蔵は講道館の猛者と言われ、新技を編み出し、上達のための稽古に励んだ日々。
聡明な「郁子」との結婚生活は、年輪一つで、情熱を賭けた柔道の修業を止めた。
郁子がそっと差し出す酒を飲む久蔵
この真南の景色を見ながら、波紋見せなかった郁子、と、どんな話しをしているのだろうか。

あくる朝、節三は、岡場所から駅に向かうと甥の昌男
アヤの作った弁当を持って駅舎で待っていた。{(30)ミツの手紙を落とした、節三}
授業を抜け出す癖は、かろうじて進級できた二年になっても治らなかった。
教室を抜けだし、大館村を横切る長木川の砂場で、檜相手に稽古を始める始末。
勉強の嫌いな節三だが、学校では、面と向かって叱る先生はいなかった。
益々図に乗る節三だが、同級生で、一歳年下の小泉が、真っ赤な顔で
「明日三船師範がお見えになるってことです。急いで学校に戻ってくださいと校長先生が・・」
マッチ箱の汽車で教えた節三の秘密の場所を小坂町の小泉が覚えていたのか、と、節三は口元に笑みを浮かべ、小柄な学業優等生、小泉と肩を並べて、学校へ戻った。
杉板のドイツ張りの校舎から帰路に就く生徒が節三に道を空け、道の端による姿を見て、小泉は内心、うれしさを隠せなかった。
校長室の引き戸を開け一歩足を踏み入れると、校長、教頭、柔道の顧問が、一斉に節三の顔を仰いだ。