春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

宝登山神社。秩父市長瀞町。

2021-11-30 22:06:25 | 関口文治郎/神社仏閣


埼玉県秩父市長瀞町、
111年日本武尊が山頂に登るとき、
大きい犬が尊の道を案内してるとき、
火の粉が舞い上がり、逃げ場を失ってると、
道案内の犬が、火の粉の中に入り、
火を消し止めた・・・
そんな逸話の神社、
宝登山の山麓・宝登山神社まで、
11月16日、河童の散歩です。






















彫刻は飯田岩次郎さん。
埼玉県の宮大工棟梁の息子
飯田仙之助さんの子供で、秩父では
三峰神社の水屋に
極彩色の華麗な彫りもあります
飯田仙之助さんは、群馬県花輪彫刻集団で
関口文次郎さんと腕を競った間柄で
埼玉県にはたくさんの足跡を残してます
岩次郎さんは ここで
中国の二十四思孝を題材にしてでした

























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坂東33番結願所・那古寺 ②-② パンフルート 。 千葉県館山市。

2021-11-28 23:15:37 | 坂東札所

南総里見八犬伝・曲亭馬琴 さん、
江戸時代、原稿料だけで生活できたという著書は、
28年ものの長編で、

南房総の滝田城、神余博光城主の妻の一人、
玉梓は、家臣の山下定包と謀って、
城主を殺害し、家臣の山下と手を組んで、
領民を苦しめ、悪事のし放題。



そんな折、
群馬県高崎の里見郷を所領していた、
御家人の里見氏・新田義貞ら共にし、
鎌倉幕府将軍足利氏に、仕えるも、
足利兄弟の争いに巻き込まれて、お家断絶。

その里見氏の子は、安房に逃げ落ちて、
滝田城にたどり着いたのが里見義実・・
そこで・・そこでベンベン!
悪事し放題の山下定包と領主を殺害した玉梓。


正義の義に心する、里見義実氏、
山下を断殺、
玉梓もと、刀を振り落とす間際、
殺さば殺せ、子々孫々の末まで、
畜生道を追い落としこの世からとなる、
煩悩を犬として敵を奉ずるから、そう思え!
玉梓の狂気の言葉を吐いて、玉梓も・・!

南総里見八犬伝の始まり・・
作者はこの言葉を忘れずにという。

安房の、混乱の世を収めた、
里見義実領主は、頼朝の志を継ぐように、
善事を勧め 悪事をこらす
良いことをした者には 良い報いを・・。

館山市の歴史に流れてる、言葉を残して。



👇好きな建造物です。
多宝塔・塔の心柱に墨書があり、
1761年建立とあって、
千葉県ある多宝塔は、南房総市の室町時代に建立した、
石堂寺とここだけと知りました。

















坂東33番結願所・補陀落山・那古寺。
スダシイ、ヒメユズリハ、タブノキ、ヤブツバキなどが、
混生する自然に、
奈良時代行基さんが海に流れた霊木に、
千手観世音菩薩を彫り、
安房の海を見渡してました・・。



孤独な羊飼いは、森の陽気なニンフに恋をして、
山から下りてくるニンフを待ち伏せし、
妻になってと・・・
突然の告白に、逃げ出すニンフ、
後を追う、羊飼いの目の前で、
川のニンフに、
助けを求めた森のニンフは、
川に身を投げた。
身を投げ再び姿を見せない川の淵に、
葦が繁り、羊飼いはナイフで葦を集めて、
里で笛を作った。
音色は、山の上、空に、
想いニンフに届け・・響けと・・
孤独な羊飼いが作ったのは
パンフルート
葦の笛。

 André Rieu ft. Gheorghe Zamfir - The Lonely Shepherd

  

私を支え、私を育んでくれる
すべてに感謝して
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参拝者記念に足を停める、清水寺 ②-② 千葉県いすみ市。

2021-11-24 20:12:23 | 坂東札所


清水寺の本堂の前に、
👇閻魔様・百体観音・赤穂四十七士の堂宇が・・。








👇四国、坂東、秩父の100体の本尊を祀ってました。






👇807年に建立したといわれた清水寺は、
1813年には焼失し、1817年からは今の堂宇に・・
銅板葺きになっているのは、
昭和49年に改修したのだそうです。



👇縁下に蟇股が梁の重さを支えて、洒落気に、
思わず、ニンマリ!
坂東札所では、初めて見たように思います。










👇堂宇には、参拝者が記念に奉納した写真など、
記念の飾りでいっぱいでした。
写真を見てると、みんなでどこかに行くのは、
当時の楽しみだつた、と思わされます。



















👇1813年焼失した本堂の仮堂にも、
11面観世音菩薩の像が祀られてました。



参拝後は、堂宇前の千尋の池の鯉に、
きっと、今日の参りは、
わっしで終わりだから、と・・・。
4色のクリアパックから、パッパッっと。





小雨の中の
坂東札所32番、音羽山清水寺でした。

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清水寺 ① 仁王門から四天門。 千葉県いすみ市。

2021-11-21 21:12:44 | 坂東札所


坂東札所巡りも、ラス前になりました。

音羽山 清水寺。
木こりが一夜の宿を探していた最澄を、
泊めたのは、山中の神社で、
夜が明けて、最澄は木こりは熊野権現だった、と、
涙し、熊野権現に導かれたと、
山の中を探索すると、
今日の音羽の景色に似てた・・として庵を結び、
弟子の慈覚大師が、師の志を継いで
楠で、千手観音菩薩像を刻み、
坂上田村麻呂が堂宇を建立したといいます。



千葉の街道を走っていると、
こんもりした竹林をたくさん見ました。
ここ、清水寺の駐車場にも竹。



車は、平成になって建てた仁王門の前まで、
乗り入れられますと知ったのは、
ゼイゼイ坂道を登り切ってからでした。









👇なんとも、阿吽像が近代的に彫られて・・。


門をくぐり社務所を左にして、進むと
ベンガラ古代色は1822年の四天門、
扁額に「音羽山」






四天門には👇風神と雷神





 👇多聞天と多聞天が、
化粧を剥がしながらの出迎えでした。









👇本堂までに、見たい堂があるので、
清水寺が完結しません、
辛抱くださいますよう・・・!

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崖上の白木の堂宇、笠森観音②-② 千葉県長南町。

2021-11-19 22:27:45 | 坂東札所

四方、崖の上に建てられた笠森観音堂、
場所を選んだ人のその奇抜な発想に、
唖然としました。
強風や地震で、
倒壊すると思わなかったのでしょうか
きっと、66本の柱の組方に、
壊れないと、棟梁は思ったのでしょね!







白木木目がなんとも気が安らぎます。
上履きに替えて登ります。









補修の跡が、あちこちに見られ、
1908年重文になった後、
やせた切り口に、楔一本差し込むにも、
手続きが必要で、維持管理も大変です・・。





堂内は撮影禁止。
ここの観音様は、坂東札所4番の長谷寺と同じ、
手が4本ある11面観世音菩薩ということでした。









急な階段を下りますが、
金具の手すりもあり、安全に施されていました。
笠森観音堂を、私は素足になって、
木目のざらつきに、歴史を感じ取れるようにです





盥漱かんそう・・手を洗いうがいすること、と、
手水舎の龍が・・






休憩所にポスター、






千葉県長南町、
坂東札所31番、大悲山笠森観音堂、
緑の自然に溶け込んだ白木に歴史の堂宇でした。


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