鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

馬師皇図小柄 乗意 Joui Kozuka

2011-09-21 | 鍔の歴史
鍔の歴史

 奈良派が描いたのは和漢の歴史人物だけでなく、架空の人物も題としている。興味深いのは仙人図が多いこと。仙人とは道教に関わりのある、自然に生き自然の霊力を身につけた人々のこと。かつて、我が国に道教は入っていなかったと考えられていたが、都市造りから建築物、日々の生活に関わることなどにも、教義としてではなく道教は浸透していた。仙人の図とは、もっと初期の、教義となる以前の自然の産物から得られる、特に健康や長寿、さらには不死に関わる薬物利用の、即ち科学に近い理念をもった、あるいは実践した人々と考えると理解し易い。科学は、古代人にとっては魔術に近い。仙人が示した飛行も心身離脱も化学的タネはあろう。だが伝承としての魅力は人々の心を掴んで離さなかったようだ。江戸時代の人々が、仏教によって死んだ後の世界を約束されるより、現世利益の意識を高め、生きている今楽しいことをしたいと願ったのは当然。仙人伝承は江戸時代に流行した七福神思想にも通じているのである。

 
馬師皇図小柄 乗意
                                     
 奈良三作のひとり、杉浦乗意の小柄である。人物描写では最先端にあった乗意の技法は、決して量感のある高彫ではなく、むしろ薄肉彫に近い作風ながら、写真で見たとおり立体感と量感、奥行き感、微細なところでは皮膚感、それらから生み出される微妙な表情まで精巧に再現されている。身体だけでなく身に着けているものの衣擦れの音まで聞こえてきそうなこの正確で精巧な描法は、身体の輪郭をごくわずかに鋤き下げ、高彫部分は地の表面程度の高さにまで仕上げる、肉合彫と呼ばれる手法。高彫部分を極肉高に現す手法も迫力はあるのだが、このような薄肉で精巧な人物表現を行うのも凄い。
 図の馬師皇は、古代中国の仙人で、龍の病を治すのを得意としていた。装剣小道具の図としては比較的多くみられる。この小柄は、朧銀地を細かな石目地とし、肉合彫と片切彫を駆使して馬師皇と龍神を描き、龍神の周囲には大小、殊に細かな点描を加えて大気の流れを表現している。