筑波大学硬式野球部のブログ

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1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~那須壮真(体育1・大垣北)

2024年12月05日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ



平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の1人目の担当は、那須壮真(体育1・大垣北)です。 












平素より筑波大学硬式野球部へ多くの応援と支援をしていただきありがとうございます。
硬式野球部1年の那須壮真(なすそうま)です。

ここでは、私自身の事について書きたいと思います。







私は、岐阜県の大垣市という所で育ちました。
全てが丁度いい暮らしやすい町です。

なんとなく、やめるタイミングもなく高校でも野球部に入りました。
私の進学した高校は県内では一応進学校と言われているところなので、高校では勉強が中心の生活で部活もそれなりに頑張る、くらいに思っていました。





しかし、入ってみると野球が楽しくて楽しくて仕方なく気がつくと野球漬けの毎日を送っていました。

野球漬けの毎日を送る私に1年生の冬、新たな転機が訪れました。
それは、西濃運輸の柏木貢さんとの出会いです。
柏木さんには野球のいろはを教えて頂きました。私の原点です。






社会人野球に魅せられ、それは西濃運輸で将来プレーしたいという目標に変わっていきました。
その目標を達成するために私は、筑波大学への進学を目指しました。









筑波大学には、各地から向上心を強く持ったクレバーな選手が集まっています。
筑波で野球をしてはやいことで、もう半年が経とうとしています。
この半年間は非情に苦しいものでしたが、とても充実していたとも感じています。




いつも一緒に練習をしてくれているS君やH君、K君、そしてT君にはこの半年間とても助けられました。これからも共に成長していきましょう。





時間が経つのは本当に早いものでもうあっという間に2年生です。今冬は、体作りに特にフォーカスして大学、社会人でも通用するフィジカルを手に入れたいと思います。




周りを見渡せば素晴らしいお手本が沢山いるのが筑波大学の最大の利点です。

存分に活かして、飽くなき探究心をもって目標達成に向け精進していきます。

そして4年間を通して、周りに良い影響を与えれる人間になりたいと思います。






まとまりがなく拙い文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。










体育専門学群1年 那須壮真
岐阜県立大垣北高等学校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~沼田純希(体育1・静岡市立)

2024年12月05日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の2人目の担当は、沼田純希(体育1・静岡市立)です。








 皆さんこんにちは。体育専門学群1年の沼田純希です。

自分自身初めてのブログ執筆であり、わかりやすい文章を書くことが苦手なので拙い文章ではありますがお付き合いいただけると幸いです。









私の出身は静岡県の焼津市です。魚介が自慢と言ってはいますが、魚介以外に自慢することがあるとすると侍ジャパンとしても活躍した増井浩俊さんと牧田和久さんの出身であることしか思い浮かびません。



出身高校は静岡市立高校で野球の成績は県ベスト16が最高で大した結果は残せずに終わりました。




そこから受験期に入るのですが自分は始め筑波大学を志望していませんでした。
理由としては学力が大きいですが兄弟の影響もあり他の大学に魅力を感じていました。





しかし、野球部の顧問で筑波大学硬式野球部OBの安井先生の話を聞き、自分で調べていくうちに、筑波で勉強したい、自分がどこまでできるかチャレンジしたいと思うようになり筑波大学を志望するようになりました。






実際学力は全く足りず、12月の模試から共通テスト本番までの1ヶ月で20%以上点数を上げてギリギリ合格しました。自分の一つ下の学年ではこの逆転合格の話を希望に頑張っている人もいるそうです。







これまで筑波大学入学前の話をしてきましたが、ここから筑波大学に入学して感じたことを書こうと思います。







野球では高校とのレベルの差を大きく感じました。捕る、投げる、打つの技術の高さと単純なフィジカルの強さの違いを思い知りました。



高校まで野球を続けた人の一部だけが大学で野球をしていて、リーグ戦を観戦すると毎回自分との差を痛感します。




フィジカルでは高校まではギリギリ何とかなっていた線の細さも木製バットに変わり、芯を外すと全く飛ばず、高校では打てた長打も大学では激減しました。




生活では、ある程度筑波での生活に慣れてきたと思います。初めは毎日苦労していた自炊も今は程よく妥協しながらなんとかできています。

今では早く平砂を出たい一心で部屋を探している最中です。









今後の目標としては2年生の間にリーグ戦に出場することです。



そのためには走攻守の技術を高めること、体重を増やすこと、周りを見ていろいろなことに気づくようになることなどたくさんあります。






難しいことだと理解したうえで、自分の課題をひとつずつ潰すよう目標達成のために取り組んでいきます。







最後まで読んでいただきありがとうございました。









体育専門学群1年 沼田純希
静岡市立高等学校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~友廣陸(体育1・北陸)

2024年12月04日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の1人目の担当は、友廣陸(体育1・北陸)です。  









お疲れ様です。体育専門学群1年の友廣陸です。

平素より筑波大学硬式野球部へ多くの応援と支援をしていただきありがとうございます。

このブログでは私の自己紹介と今後の目標や意気込みについて述べさせてもらいます。
拙い文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです。















私は2018年に織田小学校を卒業し、その後、織田中学校へ進学しました。

中学時代を経て、推薦をいただき北陸高校に進学しました。







高校時代は、非常に多くの経験をさせて頂きました。


1年生の時は、早稲田大学卒の新任コーチがチームに加わり、徹底的に走り込みを行う厳しい練習の日々が続きました。


2年生になると、チームの戦力として活躍できるようになりました。

2年生の夏の県予選決勝では先発を任されましたが、3回3失点という悔しい結果に終わり、チームは敗退してしまいました。
この悔しさは忘れられないものであり、その経験が大きな原動力となりました。


その後の3年生のシーズンでは、チーム全体としても個人としても飛躍的に成長することが出来ました。


2年の秋には北信越大会で優勝し、神宮大会に出場することができました。
神宮大会ではベスト4に進出することができました。


一方で、春夏の甲子園大会では悔しいことに一勝もすることができませんでした。

しかし、そのような厳しい中でも、甲子園の最後の打席でホームランを打つことができたことは、私にとって忘れられない思い出であり、自分の努力が報われた瞬間でもありました。







そのおかげもあり筑波大学への推薦入学を果たすことができました。

これらの成果は、監督であった林監督の指導なしでは達成できなかったと思います。厳しくも心温まる指導は私を人間的にも成長することができました。

この場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。










大学では、1年生ながら秋のリーグ戦で先発を任せていただき、非常に貴重な経験をさせてもらいました。

しかし、関東大会では思い通りの結果を出すことができず、悔しさが残る大会となりました。

永戸さん、隼瀬さんなど四年生の皆さんには、すごくお世話になりました。
ありがとうございました。


必ず神宮に行くので見に来てください。















今後の目標は、チーム全体としてリーグ優勝、神宮大会への出場を目指します。

個人としてはベストナイン、大学日本代表に選ばれることです。
そのために、今年の冬は、死ぬほど走り込みます。

そして、4年後プロ野球選手になるため、この4年間を全力で駆け抜けていきます。







最後まで読んで頂きありがとうございました。












体育専門学群1年 友廣陸
北陸高校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~長田悠也(体育1・國學院栃木)

2024年12月04日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の2人目の担当は、長田悠也(体育1・國學院栃木)です。 












筑波大学硬式野球部のブログをお読みのみなさんこんばんは。
筑波大学硬式野球部1年の長田悠也です。

日頃から弊部への熱い声援、誠にありがとうございます。




私は一般受験ではなく推薦入試で合格したので、良いブログを書ける自信はありません。
ですが、一生懸命書いたので最後まで読んでいただけると幸いです。







出身はもう皆さん知っているでしょう。茨城県つくば市です。

保育園、小学校、中学校と小さい頃からつくば市で育ちました。

まさか大学で地元の筑波大学に入学するとは思ってもいませんでした。



初めてつくば市に来た人たちには田舎だ、何にもないとよく言われますが、自分もそう思っています。








小学1年生から野球を始め、朝家の前で壁当てをしたり、夜父とシャトル打ちをしたりと野球漬けの毎日でした。








中学生になると青桐寮の寮監である石黒さんがコーチを務めておられるつくばヤングベースボールクラブに入部しました。

練習が厳しく、怒られてばかりで、野球を嫌になることもありました。ただ、監督や石黒コーチのご指導のおかげで礼儀や野球に取り組む姿勢の大切さを学びました。








高校は栃木県の國學院栃木高校に進学しました。自主練習が多く、週末の練習は午前中で終わるという強豪校では考えられない環境でした。

高校2年生の時には甲子園に出場することができ、開幕戦では筑波大学不動の4番松永陽登さん率いる日大三島高校と対戦しました。


自分たちの代では個人的にもなかなか結果を残すことができませんでしたが、貴重な経験をすることができ、仲間にも恵まれた高校3年間でした。











大学に入り春のリーグ戦から出場させていただきましたが、悔しい1年となりました。

毎週公式戦があることが今までになく、体がついていかず怪我をしてチームから離れることになります。


寮で1日ぼーっとしたり、何かしたくても何にもできない日々が続きました。秋のリーグ戦や横浜市長杯で活躍する先輩や同級生を見るととても羨ましかったです。

自分も早くリーグ戦に出られるように努力したいと思います。






大学での目標は「ベストナイン」や「神宮大会優勝」、「大学日本代表」がありますが、野球を始めた頃からの夢であるプロ野球選手になることが1番の目標です。

プロ野球選手になれるように4年間頑張りたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。









体育専門学群1年 長田悠也
國學院栃木高校


1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~千葉柚樹(体育1・花巻東)

2024年12月03日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の1人目の担当は、千葉柚樹(体育1・花巻東)です。










みなさんこんにちは。筑波大学硬式野球部の千葉柚樹です。ブログは初めて書くので温かい目で読んでいただけると嬉しいです。







私は奥羽山脈と北上山地に囲まれた町、奥州市で生まれ育ちました。
自然豊かで虫や鳥が多くいました。いつも鬼ごっこの相手は蝶々やトンボでした。もちろん友達も少しはいました。










小学2年生から兄の影響で野球を始めました。


庭でキャッチボールやバッティング練習をして隣のお家に何度もボールを当てていました。後にその家は中学の担任だと気づきました。ほんとにごめんなさい。



周りにも野球をしている友達が多くいたため、1日中野球をして遊んでいました。中学でも地元の友達と勝ちたいという思いが強く中学の野球部に入部しました。



野球に対して熱い気持ちを持っていた仲間が多く、コロナで全国大会はなくなってしまいましたが県大会で優勝することができました。

一緒に戦ってくれた仲間に感謝しています。










高校は岩手県の花巻東高校に進学しました。

1つ上には宮澤圭汰さん田代旭さんと筑波でもお世話になっている偉大な先輩がいました。

練習や日常生活、全てにおいて「きつい」という感情しかありませんでした。

遊びに行く暇がなく、オフの日でも自主練習をするなど野球漬けの毎日でした。

その結果高校1年生の秋に明治神宮大会、2年生の春に選抜甲子園、3年生の夏には甲子園などたくさんの貴重な経験をさせてもらいました。

野球だけでなく人として大きく成長することができたと思います。



















大学に入り怪我に悩まされ思うようにプレーすることができませんでした。


先輩や同級生の活躍を見ていると自分もプレーしたいと強く思いました。
実力をもっともっとつけて早く自分も活躍できるように頑張りたいと思います。






将来の夢はプロ野球選手になることです。
そのために大学で多くの個人タイトルを取り、日本代表に選ばれるように頑張ります。

チームの目標である「日本一」を達成するために全力で頑張ります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
















体育専門学群1年 千葉柚樹
花巻東高校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~土屋マックス清文(体育1・日大三)

2024年12月03日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の2人目の担当は、土屋マックス清文(体育1・日大三)です。










こんにちは。
筑波大学体育専門学群1年の土屋マックス清文です。

平素より筑波大学硬式野 球部へのご支援・ご声援のほどありがとうございます。 

今回のテーマが「先輩、私の話聞いてもらってもいいですか」ということなので、私の一風 変わったエピソードを紹介させていただきます。










私は千葉県の幕張で生まれ、家から千葉ロッテマリーンズの応援が聞こえる環境で育ちました。




高校は親元を離れ、東京都町田市の日 本大学第三高校にスポーツ推薦で入学し、野球漬けの生活を送っていました。



しかし、高校3年生の春、監督さんと進路面談を行なった際に自分の行きたい大学からは声が掛かってい ないことを告げられます。



今思えば、ここが人生のターニングポイントでした。初めて勉強を始めたのです。
ただ、私はスポーツクラスだったので、授業は睡眠時間です。
その上、授業は午前中で終わります。





勉強とは無縁の生活をしていたため、中学レベルの勉強も全くできませんでした。
とても恥ずかしいですが、最初は1時間座っているのが苦痛でした。





そこで私は、英語はアルファベットのABCから、国語は速読から始め、2年の月日を費やし筑波大学に入学しました。









浪人時代が全て嫌な思い出ばかりだったわけではありません。

いい思い出としてサウナとギターという趣味を見つけました。

家族からはそんなことしているから2浪するんだよとイジられる程ハマっています。


サウナは1浪中に兄に連れられて行ったスーパー銭湯で初めてととのうことを覚えると今では週一のオフをサウナに捧げるまでになってしまいました。

ギタ ーは1浪と2浪の間で始め、1人で弾き語りをしてリラックスしています。人前で披露できる程うまくはないです。







 入学してから3ヶ月が経ち、7月のトライアウトでたまたまうまく結果が出たことからCチームから急にAチームに上った私は、久しぶりにピリつく野球を目の当たりにして感動を覚えました。




それから秋リーグのベンチにも入り、スタメンまで経験させてもらいました。結果は、4打数3三振とチームのために全く機能できず情けないものとなりましたが、これか らの大学野球生活にとって良い財産になりました。


春リーグでは、少しでもチームに貢献で きるよう精進して参ります。










 最後に、2 浪を経ていきなり秋リーグで試合に出させてもらえたことはあまりにも恵まれていて出来過ぎていると思っています。

これから思い通りにいかないことも多くあると思いますが、筑波で出会った同期や先輩方と切磋琢磨し合いながら乗り越えていきたいと思っています。

拙い文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。 












体育専門学群1年 土屋マックス清文
日本大学第三高校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~体岡大地(体育1・県立大島)

2024年12月02日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の1人目の担当は、体岡大地(体育1・県立大島)です。







体育専門学群1年、体岡大地です。よろしくお願いします。


生まれてから中学までは喜界島という島で育ちました。
鹿児島県だけど沖縄の方が近いというよく分からない島で、奄美大島の隣にぽつんとあります。


人口は3000人ほどです。多分、筑波大生の5分の1くらいです。

信号は1つだけあります。押しボタン式です。

マックはありません。

スタバもありません。

イオンもありません。

コンビニもありません。

警察もいません。




と言いたかったですが、警察はいます。











ここからは自慢をします。

喜界島は隆起珊瑚の島なので、島自体が毎年2mmずつ大きくなっています。ちなみにこれは世界で2位の隆起スピードと言われているので結構すごいと思います。


海も綺麗です。あと、白ごまの生産量が日本一です。遊ぶところは何もありませんが意外とすごい島です。

もし暇があったら是非喜界島について検索してみてください。










喜界島の紹介はこれくらいにして、少しだけ自分の話をしようと思います。

小学校入学から中学校卒業まで、バドミントン、ソフトボール、陸上、駅伝、野球と、いろいろなスポーツを掛け持ちしながら過ごし、高校は甲子園を目指して奄美大島の大島高校に入学しました。

学校の寮に入り、仲間や先輩、後輩、指導者にも恵まれ、とても充実した高校野球生活を送ることができました。





筑波大学には一般入試、二次試験の第2種目はバドミントンで受験しました。

バドミントンの試験の試合では1点も取れませんでしたが合格しました。

正直、バドミントン選択の他の受験生を見て、絶対に自分の方が上手いと思っていたので自信はありました。
いつか遠嶋さんと勝負したいと思っています。










ここからは意気込みについて書こうと思います。


自分は、8月頃からトレーナーとしてチームに関わらせてもらっています。

1年のうちからトレーナーになることは、このチームでは滅多にないことですが、多くの人が自分の気持ちを理解してくれました。今はまだこの選択が自分にとって本当に良かったかどうかはわかりません。



しかし、家族をはじめ、自分に期待してくれていた全ての人たちの気持ちに応えず、自分の気持ちで、自分のわがままでトレーナーになった以上、選手のため、チームのために残りの3年間全力で頑張ります。

チーム全員に認めてもらえるように、そして、3年後自分はこの選択をしてよかったと心から言えるように、1日1日過ごしていきます。






大して面白いことは書けませんでしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。これからもよろしくお願いします。








体育専門学群1年 体岡大地 
大島高校

1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~玉川仁乃助(体育1・盛岡第三)

2024年12月02日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の2人目の担当は、玉川仁乃助(体育1・盛岡第三)です









皆さんこんにちは。硬式野球部1年の玉川仁乃助です。ブログの執筆ということでこれまでの人生の振り返りとこれからの目標について書きたいと思います。










生まれは岩手県二戸市というただの田舎です。そのため、幼少期は川や山に探検しに行ったり、缶けりをしたりと、ずっと外で遊んでいました。特に化石や土器を探しに行くのは面白かったです。



今思えば、たくさん外で遊んだお陰で身体能力が高まった気がします。変な遊びに付き合ってくれた友達には感謝しています。



少し話が逸れますが、お察しの通り自分はアウトドア派です。免許がとれたので、今後の楽しみとして一人で山に籠りに行きたいです。
あと、釣りしたいとか松川が言ってたので一緒に行きたいです。


話を戻します。








中学校では、恩師である菊池先生に出会い、野球だけでなく人として成長させて頂いたと思います。









高校は地元を離れ、盛岡第三高校に進学しました。

高校では筑波大に進学することと甲子園に行くことを目標にしていました。
筑波大には、合格できましたが、甲子園はあと一歩及ばず、夏の決勝で負けてしまいました。

しかし、高校野球に悔いはありません。春も東北ベスト4まで勝ち進むなどなかなかない経験をさせてもらったからです。
仲間と先生方にはとても感謝しています。はやく岩手に帰って会いたいです。




受験勉強は色んな思い出がありますが、長くなるので割愛します。なんとか筑波に来ました。








大学ではこれまで経験したことがないことをたくさん経験しました。

まず、新人練期間は新しい仲間とやっていく難しさや大学のレベルの高さを感じました。様々なストレスからか、一度高熱でぶっ倒れました。

異次元に熱かった夏場は毎日命懸けで家を出たこと、初めて本格的に外野の練習をし、その大変さを知ったこと(そのきつさに耐えきれずハムストリングは千切れました)、2部審や野球教室に行ったこと。


様々なことを経験し、少しは成長したと思います。


気がつけば11月になりましたが、最近は友達や話せる先輩も増え、(基本星といます)課題は山積みですが、野球にコミットして生活できています。










最後にこれからの目標について話したいと思います。

自分の目標はリーグに出るような選手になり、大きな舞台でチームのために戦うことです。
しかし、今年一年、技術面、精神面など足りない部分が多いことを感じました。
目標と現状が離れている時、なかなか変われない時などが多かったです。
しかし、それでも成功するまでやり続けるしかないと思います。




高校の時、ボーダーに1度も届かなかった受験勉強や野球がうまくいかない時があったからこそ、そう思うようになりました。自分が好きな突破口という曲の歌詞にある通りです。




そのため、今日も明日も目標を叶える時がくるまでやり続けます。そして、この仲間と大きい舞台に立てる日を夢見て、一緒に高め合いながら頑張って行きたいと思います。




最後まで読んでいただきありがとうございました。










体育専門学群1年 玉川仁乃助
盛岡第三高校



1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~菅原健太郎(体育1・県立浦和)

2024年12月01日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の1人目の担当は、菅原健太郎(体育1・県立浦和)です。





皆様こんにちは
筑波大学硬式野球部1年の菅原健太郎です。学部は体育専門学群で学ばせていただいています。








本日は11月2日、我が母校の浦和高校ラグビー部が花園予選の準々決勝で敗退してしまったという悲しみの中でブログを執筆させていただきます。








私は小学校3年生から野球を始めました。高校3年生までの9年間はビヨンドや金属バットの恩恵を最大限に受けていたため、そこそこ活躍してしまいました。



今は木製バットに片思いしている感じです。冬が明けたころには両想いになりたいです。








上記にもある通り、私は埼玉県立浦和高校の出身です。

超が付くほどの進学校ですが、かなり多くの体育系行事があり、いい意味で浪人がものすごく多いため、「駿台予備校附属北浦和4年制学校」なんて揶揄されたりします。










そこで私はラグビーに出会いました。今ではラグビーが大好きです。大学の合格祝いでラグビーの公認ボールを買ってもらったくらいです。









好きなプレーはもちろんドライビングモールです。もしよろしければ「浦高 桐蔭学園 モール」と調べてみてください。1分半ほどで泣けます。



ラグビーについて話したいことはまだまだありますが、3000文字くらい語ってしまいそうなのでここら辺にしておきます。








ここで、私の4年間の野望に関して述べさせていただきます。



それは「筑波大学の野球部を日本一有名な野球部にする」ということです。これはたとえ全国大会で優勝しても、それだけでは成し遂げられる野望ではありません。



さまざまな地域貢献活動、野球部の周知活動を積極的に、継続的に行うことが必須です。具体的な数値目標としては、「野球部のSNS総フォロワー数3万人超」と「ホームゲーム来場者数1万人超」です。



なので、今このブログを読んでくださっている方は、野球部のインスタとYouTubeとTwitterのフォローをお願いします。はい、ありがとうございます。



筑波大学には、蹴球部やラグビー部、バスケ部などの実力・人気共に日本トップクラスの部活がたくさんあります。それらの部活から良い所をたくさん盗んで、3年後には筑波大学といったら野球部と言われたいです。








最後に、3年後の引退を迎える日に「筑波に来れてよかった」と思えるように、練習や日常生活を無駄にすることなく過ごし、野球以外のことにも積極的に取り組んで、人として成長したいと思っています。





拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。







体育専門学群1年 菅原健太郎
県立浦和高校


1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~⻆智樹(体育1・福岡大大濠)

2024年12月01日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の2人目の担当は、⻆智樹(体育1・福岡大大濠)です。





















みなさんこんにちは。
筑波大学体育専門学群1年の⻆智樹です。

⻆と書いて「すみ」と読みます。角という漢字の真ん中が突き出る異体字っていうやつらしいです。ぜひ覚えていただけると嬉しいです。






まずは簡単に自己紹介から。


私は福岡県福岡市出身です。
博多ラーメンやもつ鍋などの美味しい食べ物、国内外への交通アクセスの良さ、太宰府天満宮などの観光地、いいところをあげればキリがありません。
福岡出身の人はみんな言うと思いますが、福岡が日本で1番いい街だと思っています。


また、福岡出身の父、鹿児島出身の母に育てられたいわゆる“九州男児”で、優しさと情の厚さには自信があります。









出身高校は福岡大学附属大濠高等学校です。
福大大濠、大濠と言ったほうがわかりやすいでしょうか。


全国大会に出場するような部活動が多いことなどから初対面の人との会話のネタになることが多く、助かっています。大濠最高!!








地元愛、母校愛が溢れすぎて残りの字数があまりないですが、ここからは「先輩、私の話聞いてもらっていいですか」という本題に入ろうと思います。









既に知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は他の部員とは違い、高校まで軟式野球部に所属していました。

高校時代は軟式野球部がある高校が少ないこともあり、九州大会や全国大会に出場することができました。

そんな高校3年間で教わったことは“いかなる時も謙虚であれ”ということです。

どれだけ良い試合、ピッチングをしても「謙虚さを忘れるな」と言い続けてくださった監督には感謝しかありません。









どこか不完全燃焼なままで高校野球を引退したこと、また、スポーツに関係する職業につきたいことからこの筑波大学体育専門学群に進学したいと思い、高3の9月からようやく受験勉強を始めました。(ただ長時間座っていただけかもしれないので“必死に勉強した”とは書けません笑)





なんとか一般受験で筑波大学に入学し、硬式野球部に入部してからはとてもハイレベルな周りの投手陣に追いつき、追い越そうともがいている次第です。






この4年間の目標は神宮大会に出場すること、チームに勝ちに貢献することができる投手になること、この2つです。



自分たちの代が終わった時にこれらの目標を達成し、やり切ったと心から思えるように、“謙虚さ“を忘れずに日々精進していきます。





拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。









体育専門学群1年 ⻆智樹
福岡大学附属大濠高校