岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

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「斎藤茂吉の15年戦争 みすず書房刊」:書評

2014年01月28日 23時59分59秒 | 書評(文学)
「斎藤茂吉の15年戦争」 みすず書房刊 加藤淑子著

 本書の特色は、斎藤茂吉の戦時中の作品を、「作歌40年」「日記」「手帳」などをもとに紹介、鑑賞するとともに、歴史学の専門書と見まがうまでに時代背景、戦争の推移を叙述しているところにある。

 巻末の参考文献には、90冊を超える著作と、歴史の全集が記載されている。斎藤茂吉の戦時中の作品をキーワードにした「歴史書」と言ってもいいだろう。

 ここでは斎藤茂吉の作品を中心に紹介したい。

・覚悟していでたつ兵も朝なゆふなにひとつ写象を持つにはあらず・

 この作品を著者は、関東軍、参謀本部、政府の動向を正確にたどりつつ、「作歌40年」をふまえながら、次のように述べる。

 「・・・『改造』の新年号(昭和7年)発表。・・・瞬時の休みもなく緊張しているわけではない同郷の兵士の庶民的側面、日常性を想察した歌と思う。」

・民族のエミグラチオはいにしへも国のさかひをついに越えにき・

 この作品を著者は「斎藤茂吉の満州事変観が認められる。」とし、「(作者の念中)国家としての威信を保つための軍事行動が何故国際連盟で理会されなかったのだろうか。」と推察し、満州への移民の状態が詳しく叙述される。


・先駆者没後50年にして幾たりかマルチリウム気味に死せるものあり・

 マルクス没後50年。多くの共産党員が特高に殺された。この事実を、斎藤茂吉は思想的に相容れないものの、「マルチリウム(殉教者)として崇(あが)めた。」と「作歌40年」に記しているが、著者は満州事変後の国内の右傾化、関東軍、などとともに茂吉の心情を推し量っている。


・われよりも7歳あまり年若き彼の英雄は行く手をいそぐ・

 ヒットラーを詠ったこの作品を、著者はこう述べる。「(茂吉は日記に)『ナルホド独逸ノ要求ハ虫ガヨスギル』と記している。『彼の英雄』ヒトラーは民族の自決を叫び、いく手を急いでいた。結句ははじめ『ほろびにいそぐ』と記され、消して『いそぎつつあり』とし、更に掲出のようにあらためられた事実が斎藤茂吉全集編纂者によって明らかにされた。・・・『ほろびにいそぐ』が作者の本心がったのなら、当時のヒトラーの行動を、英雄の破滅への道行と見ていたことになろう。」

・卑怯なるテロリズムは老人の首相の面部にピストルを打つ・

 5・15事件をよんだ作品。これを著者は事件の概略を記しつつ、「(斎藤茂吉が)犯行の青年将校を卑怯者という気持は事件直後だけのものではなかった。」と述べる。

・われらにありては「写生」彼にありては「意思の放出」「写生」の語は善し・

 ナチスの理論的指導者の、ローゼンベルグの「20世紀の神話」にある「芸術は一つの行為であり、あらゆる行為は放出せられたる意思である。」という言葉に着目した作品。これを著者はこう述べる。

 「茂吉は『20世紀の神話』を原文で入手(または借用)して読み、『最近の独逸主義実行の必要上、随分一方的で無理な点があるけれども、時々は有益なことを言ってゐる』など同書のナチズムに批判的であったが、『簡単な百科事典のやうなところもあって有益である』と見、この書物を手懸りに読書範囲を拡大し、かつて読んだ書物を再読して作歌、歌論にも利用した形跡が濃厚である。」

 その他、配給以外の餅を送られ、喜ぶ茂吉、戦争を煽る茂吉、原爆で友を失った茂吉、戦争を煽った自分を自信を顧みる茂吉、東京裁判を「報復裁判」として憤慨する茂吉など、戦時下の「斎藤茂吉像」が、豊富な資料とともに多面的に描かれている。

 戦時下の斎藤茂吉の言動を検証するのに必読の一冊である。




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