『際限のない詩魂』 吉本隆明著 思潮社刊 「詩の森文庫」
本書は各種刊行物に書かれた、吉本の「詩人論」を、一冊にしたものだ。吉本は思想家でもあるが、彼が詩人、歌人の作品と作風の特色をどうとらえていたかが俯瞰出来る。
本書に登場する詩人は以下の通り。
斎藤茂吉、高村光太郎、石川啄木、萩原朔太郎、折口信夫、金子光晴、宮沢賢治、吉田一穂、中野重治、秋山清、永瀬清子、安東次男、鮎川信夫、清岡卓行、田村隆一、谷川雁、中村稔、岡井隆、諏訪優、菅谷規矩雄、岸上大作、中島みゆき。
歌人が5人入っているのが注目される。このうち折口信夫については、「現代詩文庫」の『折口信夫詩集』に書かれたもので、歌人としての釋迢空については、ごく部分的にしか書かれていない。だがそれを差し引いても、歌人が4人入っている。吉本は岡井隆と「定型詩論争」をしたが、短歌を叙情詩として認識していたのだろう。
吉本は詩人の「明」の部分だけでなく「暗」の部分も、叙述している。例えば次のような一文がある。
「高村光太郎も探究によっては肯定的なヒューマニズムの詩人という単純な評価をはみだすことがあると信じている。・・・昭和の初期に、外から社会運動の興隆にうながされ、うちからは物質的窮乏と、生活思想の危機に見舞われて、自分の自然信仰にたいする懐疑を徹底的につきつめた時期があったが、これは庶民の動向につられて戦争肯定理念のほうへ必然的にながれこんでいったのである。」
「(萩原)朔太郎の異常神経や異常心理が作品の世界にあらわれたにすぎないならば、別に私的な書簡によってそれをあげつらう必要はないはずである。だが朔太郎は、異常神経をかたむけてつくった詩の世界によって、日本近代詩の表現の領域を、ほとんど極限まで拡大していった。たんに一人の詩人の生理的な条件にすぎないものが、時代的な意味を持つものとしてことさら考察されなければならない理由である。」
また吉本は、詩人の心理の内部まで踏み込んで、その思想性、政治性を叙述する。また宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に関しては、作者の仏教信仰の、発露としての部分を、具体的に指摘している。
「思想なき詩や短歌は芸術的価値が低い」という、テーゼがここに、顕著に出ていると思われる。思想は文学作品の根底を構築するものだ。ということが言外に語られている。
これを読んで、僕は詩人の代表的作品だけでなく、気に入った詩人の、全作品や、散文、なども読む必要があると感じた。作品だけ見ていてはわからない部分があるに違いない。そこで『田村隆一全集』『吉田一穂全集』を買った。
斎藤茂吉の『赤光』についても、一部の著名歌人より、よほど深い読みをしている。これはまた、別の記事にしたいと思う。
吉本隆明の詩は僕の好みではないし、吉本の思想書にも、首を傾げるところが多い。だが自分と考えが異なっていても、参考になることは参考にしたいと思う。