藤谷治VS東直子 即興:小説バトル 於)下北沢B&B
B&Bというのは「ドリンクの飲める書店」であった。下北沢駅前の雑居ビルの二階で、60平米くらいの部屋の壁いっぱいに書棚が並ぶ。入口近くにカウンターがあり、客は好きなドリンクを注文し、それを飲みながら、本が選べるといった一首風変わりな趣きを持つ店だった。
演劇で言えば「小劇場」といった面持で、何か新しい文化が発信されるような予感のする店だった。
「即興、小説バトル」は、夜8時からの開始だったが、下北沢に縁のない僕は、事前に東直子に店の場所を問い合わせ、7時には着いていた。「B$B」の場所はすぐに分かったので時間つなぎに、喫茶店に入って、ベトナムの冷茶を飲み、コーヒーゼリーを食べた。
この喫茶店を探すのに困るくらい、下北沢は飲み屋、居酒屋、飲食店、ゲームセンター、レンタルビデオ店、洋品店の並ぶ、僕にしては珍しい繁華街だった。ソフトバンク、NTTドコモ、AUといった情報産業の支店が軒を連ねているのが、何よりの象徴だった。いわば若者の街だった。
さて「即興、小説バトル」。その「B&B」の半分くらいのスペースを白い布で仕切って行われた。貸切ではなく、店の一角を使ってのイベントだった。
本業の「書店」の営業もしながらのイベントだった。どことなく「アングラ」な印象があった。
「バトル」の観客は、予約の時点で65人ほど。開幕前に紙の小片を渡され、「お題」を書く。僕は「オーソドックスに故郷」と書いた。仮に観客が50人いたら、50の「お題」が出る訳で、その中から、司会者が「鼻水」「饅頭」を選んだ。
藤谷治は「えー、何だと?」と驚いていたが、さすがプロ。この時にはすでに小説の骨組みは出来ていたようだった。
司会者の号令で、藤谷、東の二人は店の片隅に引っこみ、観客は正面のスクリーンを見る。二人の作家の打つワープロの文字が映し出されるのに見入っている。二つの画面があるがどちらが藤谷でどちらが東か分からない。
しかし進むに従って、右の画面が藤谷だと分かった。ストーリーに骨があり、登場人物のキャラクターがはっきり表現されている。中年男と生意気なクソガキ。二人の顔が浮かんでくるような表現だったからだ。
左の画面は、文体は美しいが、登場人物のキャラクターが曖昧で、ストーリーもファンタジック。東だと思った。(東のこの作品は、彼女のフェイスブックに全文が表示されている。)
制限時間は45分。作家はこのくらいの時間でどの位の文が書けるかも興味の一つだったが、二人とも「400字詰め原稿用紙に6枚位」だった。
そして観客が投票。僕は藤谷に入れた。意見、質問を書く欄があったので、こう書いた。
「登場人物の人間が描けていて、ストーリーの骨がしっかりしている。終わり方にも余韻があり、小説の主題もしっかりしている。さすがプロですね。主題なきものは文学とは言えない。」
この批評が妥当なものとは限らない。藤谷と東では作風がまるで違う。藤谷は東の作品を「宮沢賢治的」といったが、東のはファンタジーなのだ。しかしファンタジーといえど、小説には主題がある。宮沢賢治の主題は「社会的弱者への温かい目」。別役実の「空中ブランコのりのキキ」は「生きがいとは何か」。ミヒャエル・エンデの「モモ」にも主題がある。
東のこの時の作品には、その主題が不明確だった。文体が美しいがそれだけで終わってしまったように思った。
観客もそう感じたのだろうか、投票結果は、藤谷36、東27だった。藤谷の圧勝だった。東は悔しそうだったが、翌日のフェイスブックに「主題が明確で、登場人物の人間像も描かれたファンタジー」を書いていた。見事だ。東も、まぎれもない「プロ」だと思った。
この件について、僕は二つのツイートをした。
・藤谷治VS東直子の「即興:小説バトルは、藤谷の圧勝。藤谷への挑戦者募集中。
・東直子の今日のフェイスブックは最高。