井上ひさし展 於)神奈川文学館
井上ひさしといえば、先ず思い出すのが「ひょっこりひょうたんじま」。僕が小学生の時夢中になって見た番組だった。
家にかえると、家族とチャンネルを争ったものだった。
神奈川近代文学館で、「井上ひさし展」が開かれると言うので、迷うことなく見に行くことにした。
様々な展示があったが、そこには「主題」があった。その「主題」は「ユートピア」だった。
「ユートピア」とは、ギリシャ語で「楽天地」とともに「この世にはない場所」と言う意味がある。
井上ひさしは、数々の、脚本、小説、エッセイを書いているが、そこには一つのテーマがあった。それが「ユートピア」だった。
それを象徴する作品が「吉里吉里人」。東北の実在する地名だが、ここの人々が、独立国を立ち上げる、という奇想天外な物語だ。しかしそこには周到な準備があった。「吉里吉里国」の地図を書き、人口、それに見合う食料の総量、などが詳細に仮定され、計算されていた。
「吉里吉里国」は自給自足の国。それを描くのに、井上ひさしは、様々な社会問題を取り入れていた。「公害」「エネルギー」「食料」などなど。
この様な視点は、彼の父親からの影響だったこともわかった。彼の父親は、戦前の左翼的文化運動に加わり、検挙された経験をもつ。若くして亡くなったが、幼い「ひさし」に多大な影響を与えた。
「吉里吉里人」「ひょっこりひょうたんじま」。これに共通するのは、苦境に立たされた人間が、困難を乗り越えていくということ。このようにテーマをオモテに出した展示会だった。
こういう「テーマ」を井上ひさしが選んだ背景には、東北の貧困の問題がある。かれの父が亡くなったあと、母親が必死に働く。しかし生活が困窮し、井上ひさしは「孤児院」にはいる。ここでキリスト教の洗礼を受ける。「笑い」が人間の困難を乗り越えられるようにするということを、ここで学んだという。
ここまで書くと、宮沢賢治との共通点が見られる。宮沢賢治は「イーハトブ」という「ユートピア」を描いた。背景には、東北の貧困という社会問題があった。宗教的には「日蓮宗」。作風は「ファンタジー」。井上ひさしとの違いもあるが、井上ひさしが幼い頃、宮沢賢治を愛読したというから、彼が宮沢賢治から多大な影響を受けたのは間違いないだろう。
宮沢賢治との共通点は他にもある。
1、膨大な読書量。宮沢賢治は鉱物、農学の専門家で、農民の肥料の設計図を3000枚も書いている。井上ひさしは、一つの作品を書くのに、望外な本を読んだ。政治、経済、歴史、音楽、言語、哲学など。
2、地域の人への温かい目。宮沢賢治は「羅須地人協会」を作って、農民の教育活動、文化活動を行った。井上ひさしは「仙台文学館」の初代館長を務め、鎌倉で「文章教室」を開き、東北での連続講座も行っている。
時代と、内容には大きな違いがあるが、社会に対する、厳しい批判精神は共通している。立場が全く違うが、斎藤茂吉が「詩人であり思想家であるほうがなおいい」と言ったのもこのことに通じるのではなかろうか。