2000年7月の「NHK歌壇」佳作作品。選者:尾崎左永子。
僕の住む団地には桜の木が非常に多い。街路樹はもとより、団地内の植え込み・舗道のかたわらに桜の木を多く見かけるし、大規模団地のなかの里山は春になると桜の花で覆われる。
舗装路は歩行者と自転車のみ通行ができ、赤褐色に塗装されている。これを地元の人々は「赤い道」と呼ぶ。この「赤い道」沿いに子供らが登るのにちょうど手頃な桜の木がある。
ある日、その木の傍らを通り過ぎると「こっちが甘いぞ」との声が聞こえた。男の子が5人ばかり葉桜となった木に登って、桜の実を食べているのだ。栽培種ではないから実は酸っぱかろう。だが中には甘いものもあるらしい。
それがいかにも微笑ましく、歌に詠み込んだ。「NHK歌壇」に掲載されたのは「のぼりし」だったが、歌集に収録するときは完了継続を厳密に表現しようとして「登れる」にした。しかしそれでは音韻がしっくり来ないのと、「登れる」では「・・・できる」の意味と紛らわしいので、このブログでは「登りし」とする。
「し=過去の助動詞< き >の連体形」を完了の意味で使うことになるが、読んだ感じがすっきりするので、あえて「し」を使う。ちなみに茂吉も佐太郎も完了の意味で「き」「し」を使うと明言している。音韻を基準に選択しているようなので、僕もこれに従う。
それにしてもその時の子供らはどうなったか。年数からしてもう社会人になっていることだろう。めっきり子供らの声を聞かなくなった。では団地住民全体が高齢化していると言うと、そう単純ではない。子どもらが結婚して親と同居する家がぼつぼつ増えてきたのだ。当然のこと乳幼児をよく見かけるようになった。
団地が世代交代の時期にさしかかっているのだろう。その乳幼児たちが葉桜に登るときもそう遠くはないはずだ。
「夜の林檎」に収録した。
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