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書評:「田村隆一詩集」 思潮社刊(現代詩文庫)

2014年12月09日 23時59分59秒 | 書評(文学)
思潮社刊 『田村隆一詩集』 (現代詩文庫)

 この詩集には、43篇の作品と、詩論が3篇(田村による)、自伝、作品論、詩人論が、それぞれ1篇ずつ収録されている。

 その内訳は、詩集『四千の日と夜』の全編、詩集『言葉のない世界』の全編、『田村隆一詩集』から1篇、初期詩篇が9編である。

 初期詩篇は、昭和15年から昭和20年代前半に、書かれた作品だ。この初期詩篇は、言葉が美しく、言葉が巧みに使われている。だが全体に淡い。美しいが、主題の明確化が今一歩足りない觀がある。

 それに対して、『四千の日と夜』は、インパクトがある。戦争をくぐって、生き延びた人間の叫びが聞こえるようだ。人間の「生と死」を主題にしている。それは作品に見られる「キーワード」に顕著だ。「蟻が仲間の屍骸をひきずっていった」「そして死せる物のなかに あなたは黙って立ち止まる」「時の滅びるときに 死は死の意味にみちてひとつの肉 それはあなたのために輝くでしょう」「この男 つまり私が語り始めた彼は 若年にして父を殺した その秋 母は美しく発狂した」。

 何とも衝撃的な言葉だ。しかし何故か美しい。戦争をくぐった人間の葛藤を暗示しているようだ。「死」を直接的に表現しているが、グロテスクな所がない。一種の気品と風格さえ感じられる。

 また『言葉のない世界』は、そういう心情が、心に深く沈んでいる。作者の不安感、孤独感も表現されている。巻末の年譜によって推し量ると、東西冷戦、朝鮮戦争の時期に作られた作品のようだ。ここにも「キーワード」がある。「黙って」「沈黙」「復讐」「不安と恐怖」「神が到着するのを待っていた」「恐怖」「悲惨」「愛と恐怖」。何やら、戦後再び戦争へ突入していく時代に対する批判と祈りが感じられる。

 田村の作品は、時代を鋭く投影している印象が強い。ここまで読んで、初期詩篇を読み返すと、戦争中の作品は、何か閉塞感が漂っているように感じられる。

 『四千の日と夜』と『言葉のない世界』との、作品の違いには批判的評価もあったようだ。例えば、「田村は『坂に関する詩と試論』に始まる戦後詩第一期の詩運動の担い手としてきりひらいてきた道を、『言葉のない世界』に代表される最近の作品においては全く清算的に放棄してしまった。」のような。

 しかし僕には、「音色の変化」とも言うべき作品の変化は、「田村の詩世界が、深みを帯びてきた」表れのように感じられる。北村太郎によれば、「田村は、短歌、俳句といった、伝統的定形詩から、かなり遠くにいた。」との事。それだけ余計に惹かれるのだろう。

 この一冊を読んで、僕は『田村隆一全集』の購入を決めた。

だが全集を読む前に本書を読まれるのを、お勧めしたい。それは田村隆一の詩世界のアウトラインが掴めるからだ。


また本書を読めば、田村隆一が、戦後詩を牽引した理由も頷ける。田村は激しく時代と切り結んだのだ。




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