「憲法に緊急事態条項は必要か」永井幸寿著 岩波ブクレットNO945
著者は日弁連の災害復興支援委員会の前委員長。関西学院大学災害復興制度研究所客員研究員。災害救助、震災の法律相談の分野の著作がある。
緊急事態条項は国家緊急権ともいわれ、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリスなどに例がある。著者のスタンスは「日本国憲法は権力の濫用を防ぐため、緊急事態条項を書き入れていない」というもの。
これを憲法制定時の議論、諸外国の事例と比較しながら論を展開する。
日本国憲法制定時には「国家緊急権」は憲法に取り入れられなかった。大日本帝国憲法には、戒厳令、緊急勅令など国家緊急権があり濫用されたために軍部の独走をゆるしたと論ずる。またドイツではナチスが緊急事態条項を利用し反対政党を活動停止させ、そののちの全権委任法で独裁政治を合法的に確立した。その間わずか一か月足らず。濫用の危険性を実証している。
災害にどう備えるか。災害救助法、災害対策基本法、などの一般法で詳細にわたり法整備がされており、これで充分だと筆を進める。憲法に規定すると細密には規定できない。だから憲法に規定しないで一般法で対処するのが妥当だという結論を導く。
新型インフルエンザにどう対処するか。「新型インフルエンザ対策特別措置法]
で対処できており憲法の趣旨(民主主義」「立憲主義」から、憲法ではなく法律で対処すべきとする。
テロについては国家緊急権が発動される「緊急事態」ではないから、緊急事態条項を取り入れる根拠にはならないとし、「爆発物取締法」「ハイジャック防止法」「航空危険行為処罰法」などの法律で対処できていると指摘する。
ドイツの「国家緊急権」は日本の、災害対策基本法、自衛隊法、警察法、災害救助法などの中身と同じで、「日本国憲法」に国家緊急権を入れる理由にはならないと指摘。しかもドイツの場合は議会の抑制と、濫用を防ぐための「抵抗権」を明記している。内容も州政府の権限を強化するもので国家への権力集中は前提としていない。
フランスの場合。濫用防止の規定がいくつもあり、適用されたのは一度しかない「アルジェリア騒乱」の時だけである。
イギリスもまた、濫用の防止をする仕組みがあって内容も限定的。
アメリカの場合は「国家緊急権」にあたるマーシャルローは戦争法の性格を持ち、適用は戦場に限定され、裁判所の司法審査による統制を受ける。
このうち憲法に「国家緊急権」を入れているのはドイツだけということも指摘されている。
最後に自民党の憲法草案。濫用の歯止め、司法や、議会による制約がなく、大変に危険だということで締めくくられる。
そのほかにも具体的な事例が豊富で、一読をお薦めしたい。
岩波書店 620円