・ホメロスを読まばや春の潮騒のとどろく窓ゆ光あつめて・
「鵞卵亭」所収。
「ホメロスを読もう、春の潮騒のとどろく窓を通して光を集めて。」の意。
読者の想像をたくましくする一首である。まず「ホメロスを読もう」というところ。古代ギリシャの叙事詩を読もうとするところに、独特の雰囲気がある。
作者は何か満たされないものをもっていて、ギリシャの叙事詩に心を癒そうとしているのだろうか。その悩みも現代人のかかえるもののような雰囲気のものであるようだ。
ギリシャ神話にでてくる神々はやけに人間くさい。争い・嫉妬・命を奪うことが珍しくない。「ホメロス」というカタカナ語も活きている。叙事詩は古代のものだが、悩みは現代的なものである。それに「春の潮騒」がまことにふさわしい。
「窓ゆ光集めて」というところが、希望を見出そうとする作者と重なる。
海岸沿いの寓居の静かな部屋の窓近くに座っている姿を僕はは想像したが、自註によればやはり、「北九州の海岸近くにかくれ住んでいたころ」とある。それがよく伝わって来る。
さらに自註によれば、
「ホメロスを読まばや春の潮騒に」
という俳句にしたのを改作したともある。
だが「光を窓ゆ光あつめて」の部分がなければここまで想像はふくらまないし、作者の物語的とも言える心情も伝わっては来ない。
「俳句は言葉のつきあわせ、短歌は情をよむ」といった国文学者がいたが、それがよくわかる。「短歌のほうが俳句より散文的」といった俳人の言葉もうなずける気がする。青春の憂鬱を、美しくさっぱりと詠んだ一首である。