岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

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特定秘密保護法は廃止すべき

2020年02月29日 01時27分18秒 | 政治経済論・メモ
「特定秘密保護法」。この反対集会(日比谷公園)に参加したが、その時の落合恵子らの発言をこの頃つとに思い出す。

「特定秘密は何が秘密かが秘密」「権力は秘密を持つことで腐敗する」「検挙されても何が秘密で、何が問題がなかったかが明らかにならないので弁護活動ができない」。こいうい話を聞いた。

 今思えば、リアルな実感としてとらえ得なかったところがある。当初予想されたのは「秘密漏洩」だ。自衛隊や米軍の配備についての軍事機密の漏洩を防ぐということが、盛んに触れまわされていた。だがよく考えると特定秘密に何を指定するかは内閣が決める。内閣に都合の悪いものは「特定秘密」に指定できる。それが国家秘密でなくともだ。それが妥当かどうか検証できる機関、人間はいない。

まさかそういう恣意的な運用はしないだろうというのが前提だった。

 しかし最近そこに疑念を抱くなる様になった。

 森友問題。公文書偽造は明らかなのに、森友学園の籠池夫妻だけが罰せられ、公文書を改竄した官僚は全員不起訴。

 加計問題。認可されるはずのない獣医学部の増設が、岡山理科大学の加計幸太郎理事長と安倍総理、萩生田官房副長官が、以前から懇意であったので、私的な意思が働いたのでは疑惑を追及された。面識がないなどと証言されたが、安倍総理、萩生田氏、加計理事長がバーべキュウーを楽しんでいる写真も公開され、国会での虚偽答弁がうたがわれたが、記録が残っていないなどと官庁から指摘があって疑惑にとどまった。

 桜を見る会。安倍晋三事務所が参加者を広く募集し、支持者を不当に接待した公職選挙法違反は明らかなのに記録は廃棄されたと突っぱねられて、官僚もその線にそった対応をしている。

 どうもおかしいのだ。誰が見ても不自然なことが、まかり通っている。しかしこれらの文書が内閣の恣意的な思惑によって特定秘密に指定されていたとしたらどうだろう。官僚が必死の面持ちで無理筋の答弁をしていることに納得ができる。これを検証する方法はない。だが、マスメディアが異様に官邸側の見解を報道するのは、これで説明がつく。

 これが事実とすれば「特定秘密保護法」という法律に従った、「法治主義」だが、実際は個人の都合によって政治が左右される「人の支配」であり「法の支配」が崩壊していると言わざるを得ない。

 法治主義は「悪法によって、人の支配を実現させ」、法の支配とは全く異なる結果をもたらすのだ。

「法治主義」と「法の支配」はそこが異なる。「特定秘密保護法」は廃止すべきだ。





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