天童大人プロデュース 「詩人の聲」
1、12月4日 柴田友理 於)Star Poets Gllery(三宿)
すでに記事にしたので割愛。
2、12月8日 平井弘之 於)Hispanika(溜池山王)
平井弘之は、このプロジェクト初参加だった。第一詩集「忘れ女たち」を全て読み上げたので、朗唱は長時間に渡った。作風は「エレジー」に近かった。なにかこう深い悲しみを感じさせる作品が多かったように思う。
仕事は営業をされているそうなので、そこはさすがプロ。初めてとは思えないほど声が通っていた。作者本人は、旧作をアンソロジーのように構成したかったとのことだが、このプロジェクトの通例に従って、旧作から読み始めた。僕の感じでは、やはり旧作は読み難そうにしている様に見えた。
会が終わったときに合同詩集を頂いた。
また後日聞いた話だが、作者は喉に疾患を抱えていらっしゃるとのこと。声が万全になったとき、新作を朗唱するときが楽しみだ。
3、、12月22日 白石かずこ 於)数寄和(西荻窪)
平井弘之とは反対に、白石かずこは、このプロジェクトの開拓者だ。「詩人の聲」も彼女から始まったと聞いた。しかも作品が英語に翻訳されたのは、谷川俊太郎より早かったとも聞いた。またこのプロジェクトの最多出場回数。朗読(ノーマイクの朗唱)の草分けといってもいい。
だが80歳を超えて、「最期の朗唱になるだろう」と思って、これは是非とも聞かなくてはならない、と思って聞きに行った。
当日読まれた作品は、1960年代のものが多かった。ところが驚いたことに、声が通る。しかも聞いていて心地よい。佐藤佐太郎は「短歌は読者に不快感を与えないように留意せねばならない。」と書き残しているが、白石かずこの作品は、澄み切った音楽のように耳にはいってきた。(あまりの心地よさに僕は眠ってしまった。)
会が終わったときに、作者に「心地よくて眠ってしまいました。」と正直に言った。怒られるかと思ったが、「それはよいことでした。」と喜ばれた。
二次会では、作者と同じ席で、様々な話をした。若い時苦労をしたこと、海外での経験、朗読の重要性、歩くテンポと声の通りの関係。話は尽きなかった。一人の詩人の持つ年輪にようなものを感じた。
「私はもうぼけてしまって」と本人は話していたが、詩作についての話になると、熱がはいる。「表現に関しては、私はまだ現役です。」という言葉が印象的だった。
この詩人の大御所と直接話が出来たのは、僕の大きな財産となるだろう。
(おことわり。「詩人の聲」については、その作者ごとに記事にして来ました。しかし、なるべくたくさんの「詩人の聲」を私は聞きたいと思います。そしてそれを紹介したいとおもいます。そこで今回から、ひと月まとめて記事にすることとしました。)
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