今年も8月15日がやってきた。この日は「終戦記念日」とも「敗戦記念日」、或いは「終戦の日」、「敗戦の日」とも言われる。しかし僕は「終戦記念日」と呼ぶべきだと思っている。
細かいことを言うようだが、「終戦」と「敗戦」では全く意味が異なる。また、「記念日」と「祈念日」とでも意味が違う。
僕が「終戦記念日」と呼ぶべきだと思うのは、冷静に歴史を見るなら、そう呼ばなければならないと考えるからだ。
アジア太平洋戦争での日本人の死者数は、約310万人(うち民間人約80万人)。逆にアジア諸国での死者数は、2000万人から3000万人。この膨大な数の死者を出した戦争が終結したのが1945年(昭和20年)8月15日だった。
「敗戦記念日」「敗戦の日」では自国を中心にしか、世界を見られないように思う。なぜなら「敗戦」という言葉は自国が戦争に負けたのを意味するからである。
だが敵味方を合わせて考えれないくらい多くの死者が出たのだから、自国中心では間違いだと僕は思う。自国中心は国家のエゴイズムではないでろうか。
また「記念日」は心に或る事を刻むこと。「祈念日」は何かを祈る日のことになる。かの戦争の理不尽さを心に刻み忘れないようにするには、「記念日」がよりふさわしいと僕は思う。
歴史学者の江口圭一は、その著書の中で次のように言う。
「・・・救いがたいまでの国家エゴイズムが、対外的にも対内的にも、日本の支配者をとらえており、日本国民をも毒していたという事実である。」
「国民は、現人神天皇の君臨する国家のもとに、対外的には狼のように狂暴な群れとなり、対内的には羊のように従順な群れとなって、尽忠報国と滅私奉公の道を歩み、ついには八紘一宇をめざす聖戦=天皇の戦争に挺身し、海原に、南海の孤島とジャングルに、大陸の山野に、あるいははるか北辺の凍土に、粉骨砕身をとげ、玉砕し特攻し餓死し自決し果て、本土にあったものも業火に身を焼かれたのである。」
「(日本人の死亡者数と比べて、アジア諸民族の死亡者数がほぼ10倍であるのを受けて)15年戦争の加害と被害の実態からみると、日本国民の戦争体験はいちじるしく歪み、ずれており、ここでも自己本位、自己中心なのである。」
これは江口圭一著『二つの大戦』の「あとがき」の一部だが、8月15日が韓国や中国では「解放記念日」あることを忘れてはならないだろう。
だから8月15日は「終戦記念日」と呼ぶべきだと思うのだ。残忍で酷く壮絶な結末をもたらした「戦争が終結した日」だったことを心に刻み付ける日だからこその「終戦記念日」だと考えるのだが、果たしてどうだろうか。