海杉ブログ 木材を中心に書き残したいことを投稿します

日々、気づいた事、エクステリアウッドのテクニックを書き綴ります。やりたい時、書きたい時だけ、疲れるので笑笑

受身の心

2007年12月11日 22時17分33秒 | なんでも
今日は、疲れた。

仕事の疲れではない。

「請負業は、請け負けの業である」とある鐵工の社長から教えられた。

確かに仕事を請けてお金にするには、並大抵のことではできない。全ての責任が、掛かってくる。どんな仕事も同じなのだが、この建設業は、想像もしなかったことが、次々と圧し掛かる。疑心暗鬼になったらもうダメだ。楽観論者でありながら、小心者でないとこの商売は、勤まらないみたいだ。マイナスになろうとも仕事でケツを割るわけには、いかない。しかも、現場でしか対応が出来ない。

一度引き受けた仕事は、最後の最後まで面倒を見る。どんな困難な仕事でもはじめから(請けたら)負けている仕事なのだ。

海杉は、この請負業に身を置いている。

海杉の会社には、相田みつをの詩「受身=負ける練習」を額に入れて一番目立つカウンターに置いてある。

負ける練習は、恥をかく練習。はじめに覚える技は、受身=負ける練習だ。とても好きな言葉だ。

負けなくないと言う気持ちが、人の心が離れていってしまう。負けてもいいと言う気持ちが、自分にないと人とつながらない。

まだまだ、受身の練習が足らない。

大切なこと

2007年12月11日 06時14分36秒 | まちづくり・ボランティア
まちづくりやボランティアに参加して時々思うことは、この活動が本当に意義のあることなのかと言う疑問をもってしまうことがある。

ただ何も考えないで良いことをやれば、人の喜ぶことをやるとボランティアになるのか。

トイレを掃除する社長がいた。全国でトイレを掃除するのだ。精神修行でボランティアではないと言い切る。

人の嫌がること、掃除をした後に人から喜ばれることではあるが、ボランティアに置き換えていない。

こちらの方が継続性があり、多くの人をひきつける何かが存在すると感じた。

人間には、箍がいくつもあって、はずすと自由になれるような気がするが、はずせない箍が、必ずある。精神修行のトイレ掃除もそんな箍のひとつかもしれない。