5:《福祉界の異端児》
山本譲司さんが、刑務所に入っていなかったら、「累犯障害者」という言葉はいまもなかっただろうと思います。
言葉がないということは、そういう人たちは「いない」ということです。
「いない人」のことを考える人は、いません。
◇
【2003年秋。社会福祉法人南高愛隣会理事長の田島良昭の電話が鳴った。
相手は厚生労働省幹部だった。
「山本譲司という人物は知っているか?」
…「あー、思い出した。その彼がどうかしたの?」
「『刑務所の中にうじゃうじゃ障害者がいる』とあちこちで講演しているらしい。話を聴きに行ってみないか?」
「眉唾物の話だろう」と高をくくっていた。】
◇
浅野史郎さんが宮城県知事のとき、「宮城の福祉向上のために一肌脱いでもらいたい」と声をかけたのが田島さんでした。
2002年、障害者施設の「解体」を宣言。
「普通の場所で、普通の生活を」という理念をかかげ、施設に入所している知的障害者たちはすべて施設を出て、家族や友人がいる地域の中で生活することに取り組んだ人です。
その人が、山本さんの話を聞き、「それまでの自信やプライドは粉々に砕け散った」と言います。
◇
【田島はしばらくショックを引きずっていた。
…「コロニー雲仙」をつくったころのことをぼんやりと思い出していた。
…「コロニー雲仙」をつくるまでには4年の歳月を要した。地元の人たちの反発が大きかったからだ。…「障害者は何をするか分からない。危ない」「汚い」「気持ち悪い」
一方的な偏見や差別の言葉を浴びせられた。
田島は必死に説いて回った。
「知的障害者が罪を犯すことはない。天使のようにかわいらしく、仏様のように穏やかな人たちなのですから!」
以来、がむしゃらに障害者のために働いた。
障害者たちが「普通に暮らしたい」と望めば、グループホームを作った。
「働きたい」と言えば、就労のための施設をこしらえた。
「結婚したい」と願えば、結婚相談の部署を立ち上げそのための環境を整えた。
田島の後を追い掛けるように、障害者の法律や制度ができていった。
田島はしかし、ひそかに「問題行動」のある障害者を愛隣会で多く引き受けた。
小さな盗みを働いたり、無銭飲食をしたり、異性の体を無理矢理触ってしまったような人たちだった。
「事情聴取をしてもらちがあかんから、そっちで対応してもらえんか」
そんな風に警察から連絡が来て引き受ける場合もあれば、「手に負えない」と親や地域の住民から依頼が寄せられる時もあった。
……罪を犯す障害者がいることに世間が気付けば、自分がうそをついてコロニー雲仙をつくったことになる。それは自分自身が歩んできた道を否定することになるのではないか-。
田島は恐れた。
「罪を犯す障害者たちが表に出て、問題を起こされては困る」と思った。
だから、施設でこっそり受け入れた。今思えば、姑息だった。
山本の講演は、田島がずっと胸にふたをして、閉じ込めてきた思いや記憶を呼び起こさせた。
「刑務所が障害者の『居場所』になっていたなんて…。何が障害福祉のプロか! 彼らに申し訳ない」。
後悔や後ろめたさのような感情が去らなかった。】
◇
私は、誰かを批判したりするためにブログを書いているのではありません。
この短い文章を読むだけで、この人がどんなに誠実な人であるか分かります。
障害者の「普通に暮らしたい」、「働きたい」「結婚したい」という言葉に耳を傾ける施設の人は多くはありません。
だから本の中では、「田島は《福祉界の異端児》と呼ばれる」とも書かれていました。
その田島さんでさえ、はじめに決定的な間違いから福祉の世界に入っています。
「知的障害者が罪を犯すことはない。天使のようにかわいらしく、仏様のように穏やかな人たちなのですから!」
その間違いは、田島さんも「障害のある子どもたち」と地域のなかで普通に育ちあう機会、出会う機会がなかったからでしょう。
一緒につきあっている子どもたちは、どの子にも「天使のようにかわいい」ときもあれば、かわいくないときだってあり、「仏様のように穏やかな」時もあれば、苛立って荒れるときもあると、ふつうに理解することができます。
「愛される障害者」という姿が、特殊教育でも福祉の世界でも執拗に求められてきました。
それは、「逆らうな」「不平不満を言うな」「従順でいろ」という強制でもありました。
そのことに長い間、疑問を持たない人たちの意識が、山本さんの本や厚労省の調査への抗議の基になっています。
山本さんの話に、抵抗や抗議をするのではなく、後悔や後ろめたさを感じる田島さんは、2007年厚労省の研究班の代表として、刑務所の実態調査結果を公表します。
◇
【全国15カ所の刑務所の受刑者約2万7千人のうち、410人に知的障害(疑い含む)があった。「福祉のパスポート」と呼ばれる療育手帳を持っていたのは、そのうち、わずか26人(6%)。
刑務所に収容されるに至った罪は窃盗、動機は「生活苦」がそれぞれ最多。
7割が再犯者で、その半数は出所後、「帰住先」、つまり帰る場所がなかった。
発表の翌日。田島の元に、当事者の家族会などから抗議が寄せられた。
「障害者福祉に携わる者でありながら、あなたは障害者を冒瀆するのか」
「障害者は危険な存在だと思われたらどうする!」
抗議に訪れた人たちは怒りに身を震わせていた。
田島は一人一人と会って、丁寧に調査の意図や内容を説明した。
そして自戒を込めてこんな話をした。
「私たち障害者福祉に関わる人間は、これまで障害者がすべて善人であるかのようなイメージを振りまいてきたし、それに異を唱えるような言説とは断固戦ってきた。
それが障害者を守ることであるし、彼らの幸せにつながることだと信じていた。
でも、考えてみてください。そうした私たちの思い込みが、刑務所の中にいる障害者の存在を覆い隠し、悲惨な状態に長く置いてきたことの原因にもなっていたのではないでしょうか。
取り繕いながらやる福祉は、もうやめにしませんか」
納得してくれた人も、そうでない人もいた。
しかし、真っ向から反論する者は一人もいなかった。
2009年、累犯障害者を社会的に支える仕組みや制度が初めてできた。】
◇
「私たち特別支援教育に関わる人間は、これまで専門家が教育すれば能力が伸びるかのようなイメージを振りまいてきたし、それに異を唱えるような言説とは断固戦ってきた。
それが障害者を守ることであるし、彼らの幸せにつながることだと信じていた。
でも、考えてみてください。
そうした私たちの思い込みが、ふつうに育ちあうなかでの理解しあう関係や共感しあう関係を奪い、誰もが地域の中で安心して暮らせる関係を損ねてきたのではないでしょうか。
分けられることを望まない子どもたちを、様々な理屈で分けて取り繕いながらやる特別支援教育は、もうやめにしませんか」
いつか、こんなセリフを言う人が出てくるだろうか。
そして、障害のある子どもたちを、普通学級や普通の社会の中で支える仕組みや制度が整う日がくるだろうか。
※引用はすべて(『居場所を探して 累犯障害者たち』 長崎新聞社)より。
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