《はじめてのおつかいと「調整のアドバンテージ」》(前編)
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「はじめてのおつかい」をみていると、ときどき「親の見積もり」と「子どもの調整」のズレがみえる。1月の放送に、それがよく見えるエピソードがあった。
主人公は4歳のしんじろう。
撮影が明日!という日に、赤ちゃんが生まれ、父親が作戦を引き継ぐことになる。
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母親が応募するのは、ふだんの子どもをみていて「大丈夫」だと思うからだ。子どもの「力」は分かっている。おつかいの日までに、母親はいろいろなシミュレーションをし、「覚悟と調整」の時間を持つことができる。しかも母親とテレビスタッフは綿密な打ち合わせをして、お互いの了解と安心を作り上げている。
つまり「仲間」と「調整のアドバンテージ」がたっぷりあるのだ。
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しかし父親は違う。ディレクターとのやりとりからもそれは明らかだ。
「昨日、お母さんと綿密な綿密なお話をさせていただいて、おつかいの内容ももうバッチリ。で、どうしましょう?」
「どうしましょうね。本人もやる気は出来上がってるので、おつかいはさせてあげたいと思います…」
「出せますか?」
「出せます…」と言いつつ、父は首を傾げる。「これから気持ちをつくっておきます」
「・・・・」
――3人の幼い子どもたちとの、母親のいない夜。父親に「調整のアドバンテージ」はない。
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翌日。作戦開始。
「お母さんいないと大変だね。寂しくないの?」
「さみしい」
「お母さんの病院、行く?」
「いく」
「お母さんが好きなものを持って行ってあげるってどう?」
「いいね」
「お買い物いける?」
「いけない~」
そこで、父は母の作っていた「お守り」と新しい長靴をみせる。
でも。
「パパといっしょにいきたい~~~~」
「大丈夫、大丈夫」
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これが母親だったなら、お守りと長靴をみせることで、日々の「調整」とつながったのかもしれない。ところが「代役」の父親とは調整がない。それをしんじろうは、こう表現した。
「いつものおとうさんじゃない」
なんて、的確な表現だろう!
4歳の子どもが、「協働調整」の不足を見事に表現しているのだ。
子どもを侮ってはいけないな。
それに、「調整のアドバンテージ」がないのは、父親だけじゃない。しんじろうも、なんの見通しも調整も持たずに、「はじめて」に向かおうとしているのだ。
(つづく)
【写真:仲村伊織】