こだわりの溶ける時間 2018 (その6)
《タイトレーション=ちょっとずつ》
二つのガラスビーカーがある。
それぞれ、塩酸(HCL)と苛性ソーダ(NaOH)が入っている。
どちらも腐食性が高く、指を入れるとひどいやけどを負う。
一度に混ぜ合わせると、激しい爆発が起きる。
しかし上手にガラス弁を用いれば、一度に一滴ずつ加えること(タイトレーション)ができる。
一滴ごとに発砲が起きるが、すぐに収まる。
一滴ごとにほぼ同じ最小限の反応が繰り返される。
最終的に、ある一定数滴下すると、水と塩の結晶がともに形成され始める。
HCL+NaOH=H₂O+Nacl(水と塩)と表せる。
◇
これは、「こだわりの溶ける時間」に起きていることに似ている。
大切なのはタイトレーション(ちょっとずつ)だ。
切羽詰まって逃げ出したいエネルギーに、「禁止」と「制止」を混ぜ合わせると激しい爆発が起きる。
パニックや逃走のエネルギーに対処して、子どもの不安や怖れを中和するには、ちょっとずつが必要だ。
そのためにはまず、こちらの身体をリセットすること。
最初に、「何が起きた?」と驚いたり、「うるさい!」と苛立ったとしたら、リセットが必要だ。
なぜなら驚きや怒りの表情が身体に残っていたら、子どもにはまずそれが見える。
言葉で「落ち着いて」「大丈夫」と言っても、何の説得力も効果もない。
最終的に、子どもが安心して「今・ここ」にいることを援助したいなら、相手には「何か切羽詰まった事情がある」のだと、自分の気持をリセットすることだ。
子ども自身も動揺のさなか、どうしていいか分からないのだと察し、その落ち着き方を一緒に作りあげていくのだ。
パニックは、障害につきものの「永遠」の症状という訳ではない。
入学してしばらくは、何度もつまづいたり、泣いたりすることもあるだろう。
それでも、先生や同級生に、クラスの一員として認められてさえいれば、教室が安心できる場所だということが、一滴、一滴、その子の心に溜まっていく。
本人も、周りの人たちも、お互いに、ちょっとずつ慣れていくだけのこと。
最終的に、ある一定数滴下すると、ただの子どもと汗の結晶がともに形成され始める。
《Syogai+Panic=Child+Sweat》
《障害のある子ども+パニック》=《子ども+汗》と表せる。
自分を認めてくれる人がいることで、「こだわり」といわれる「その子の守り方」も変化する。
自分の感情を感じ、穏やかに折り合いをつけることができるようになる。
※ 「塩酸とタイトレーション」の説明は、ピーター・A・ラヴィーンの『身体に閉じ込められたトラウマ』から要約。
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