鉢植えの自信(その11)
前回の手紙をずっと持ち続けながら、私が考えたかったこと。
ようやくそれを形にできそうな気がするのですが。
でも、それには、「あなたこそ、差別しているのですよ」
という言葉を、(手紙の文脈とは別に)
自分でちゃんと向き合わなければなりませんでした。
そのことを考えるために、子どものころのことを少し書きます。
その中で、「私が差別してきた」ことを書くために、
「化け物」とか「怪人」という言葉を使います。
そのような言葉に傷つく人もいることを分かった上で、
でもやはり私がどれほど差別してきたかを話すために、
子どものころにそれと信じていた「言葉」をあえて使います。
ご容赦下さい。
ある少年の物語 (其の1)
一人の少年が母親に頼まれて買物に出かける。
50円玉をにぎりしめて、
ちょっと緊張しながら豆腐一丁を買いに行く。
家から500メートルくらい先の、親戚のお店。
おじさんが、「お、一人できたのか、えらいな」と
誉めてくれるのが気持ちいい。
運がよければ、お菓子をもらえるかもしれない。
少年は元気に家を出るが、
大きな杉並木の小川を渡るとちょっと落ち着かなくなる。
吠える犬のいる家はもう通り過ぎた。
そうではなく、近所の子どもたちにとっての「化け物屋敷」を
通らないと、その店にはいけないのだ。
その家の前で注意して、道の反対側を
そーっと走り抜ければ問題はない。
道に面したその「窓」が開いていなければ大丈夫。
問題はその「窓」が開いているときだ。
そのことを忘れて一人で通りかかったときには、
突然、すぐ横から唸り声と、刀が風を切る音が耳元をかすめる。
少年は声を出すことも忘れ走り出す。
少年の目の前には、テレビの中の怪獣や妖怪の世界と
同じものが映っている。
よだれを垂らしながら、首をかしげ、
おもちゃの刀を振り回しながら、わアー、うウーと叫び、
手招きするような追い払うような、
焦点の合わない目で暴れ回る「化け物」の姿が、
少年には見える。
走り出し逃げようとする耳には、意味の分からない
不思議な叫び声が追いかけてくる。
振り向いたら、すぐ後ろにその手が伸びてくるような恐さ。
少し離れたところから、恐々振り向くと、
母親らしき人が窓を閉めて、家のなかに連れていく影がみえる。
窓の外を見たい、外に行きたいと
手足をつっぱり抵抗する影が、
窓の奥、薄暗い室内に消えていく。
よく晴れた穏やかな日には、大人のような赤ちゃんが
母親におんぶされているのを、少年は見る。
そこにいるのは「怪人」や「化け物」ではなく、
小さな母親におんぶされた青年だった。
機嫌良くにこやかに「あーあー」と
赤ん坊のように声をあげている姿。
でも、赤ん坊と違うのは、
おんぶされたその足が母親の足よりも長く、
膝から下は地面をひきずっている様子。
少年は、何か見てはいけないものを見たように感じる。
ある日、悪ガキ仲間と近所で遊んだついでに、
恐いものみたさに、その「化け物屋敷」に近づく。
少年たちのはずんだ声とにぎわいにつられて、
青年が顔を出し、わアー、うウーと叫びながら
いつものプラスチックの白い刀を振り回す。
一人では恐くて声も出せない少年も、
仲間と一緒にいる時は「わー、出たー」と言いながら逃げ去る。
少し離れたところで、木の陰にかくれながら、
少年はふとその家に同級生の女の子がいることを思い出し、
後ろめたい気持ちになる。
でもみんなといるところでは、そんな感情はすぐに消え、
また田んぼと林の中で走り回り、
日が暮れるまで泥だらけになって遊びまわる。
少年は、そうした光景を、
現実の生活の一部としてはっきりと目にしながら、
でも、それを口にすることのない子ども時代を通り過ぎていく。
(つづく)
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