(※ 原著の『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと』には、「よくない実践」「よい実践」として10の場面があげられています。)
前回、つい「原文」通りに「対応の例をあげてみます」と書いてしまいましたが、とても難しいことに、後から気づきました。
というのも、子どもの障害や性格、意欲、周りとの関係などを抜きに、これが良い対応です、などということはで言えないからです。むしろ、よい対応、悪い対応、というマニュアル的な発想こそが、「遅れを招く環境」を作りやすいのです。
ただ、そうは言っても、日本中どこの学校でも、私たちが首を傾げる対応があります。
ここでは、私たちが求めてきた対応の例をあげてみます。
◆
①【入学式の時、ケンちゃんは体育館からいなくなりました。授業中も教室の中を歩いたり、外に出ていってしまいます。】
《遅れを招く環境的対応》
担任はケンちゃんが席を立っても何も声をかけません。
教室の後ろに、介助員がいるので任せておいて大丈夫だと考えます。そして、他の子の授業を進めています。
介助員は、ケンちゃんの後ろをだまってついていき、ケンちゃんが他の教室に入ろうとしたり、職員室に入ろうとするときにだけ、「だめだよ」と止めます。
休み時間になり、ケンちゃんはブランコにのります。次の授業がはじまっても、介助員はブランコとのそばでケンちゃんをみています。教室に連れ戻しても、また出ていくだろうと思って好きにさせています。
《子ども自身の適応行動を促す対応》
担任は教室を歩き回るケンちゃんに、「どうしたの? 何かさがしもの?」と声をかけます。
教室を出ていこうとしたら、「ケンちゃん、いま授業中だよ。どこに行くの?」と声をかけます。
ケンちゃんは返事をしませんが、先生の言葉はちゃんと届いています。
担任も介助員も、交代で何度かケンちゃんの行き先についていったことがあるので、だいたいの行き先はわかっています。
だから、今日は少し放っておきます。
休み時間が終わるころ、担任はケンちゃんに「ケンちゃん、次の授業がはじまるよ」と声をかけます。周りにいる子どもたちと一緒に教室に戻ります。
次の授業が始まってしばらくすると、ケンちゃんはまた教室を出ていきました。
でも、先生は次の時間が給食なので、ケンちゃんが一人で戻ってくるのを知っています。
◆
②【まなちゃんは車椅子を利用しています。2年生になって、自分の名前をひらがなでかけるようになりました。お話するのは得意ですが、読んだり書いたりするのは少し苦手です。】
《遅れを招く環境的対応》
車椅子での移動を考えて、まなちゃんの席はいつも廊下側の一番後ろに決められています。一年生の時から、一回も席替えをしたことがありません。
まなちゃんの机の隣には介助の先生の椅子があり、みんなが教科書の音読や漢字の勉強をしているときに、まなちゃんがまだ苦手なひらがなのプリントをしています。
《子ども自身の適応行動を促す対応》
1年生の時には席替えがなかったと聞いて、2年生の担任は、子どもたちに聞きました。
「一人だけ席替えがないのってどうかな?」
子どもたちの意見で、一番前か一番後ろの席なら移動も自由にできるので、まなちゃんもその並びの中で席替えをすることになりました。
また隣に介助の先生がつくのをやめて、クラスみんなの様子をみるようにしました。
まなちゃんもみんなと同じ教科書を開いています。漢字の書き取りが難しくて、まなちゃんが困っていると、隣のゆきちゃんがノートに「ゆ・き」と書いてくれました。まなちゃんは、「ゆ」と「き」をノートに書きました。
◆
③【1年生のとき、まりちゃんは給食当番をしたことがありませんでした。
まりちゃんはことばがうまく話せないし、マイペースなところがあるので、まだお当番は無理だと先生は考えていました。
2年生になって、いつもまりちゃんと一緒にいるえみちゃんが、先生に言いました。
「どうしてまりちゃんだけ給食当番をやらないの?」】
《遅れを招く環境的対応》
一年生の時にもまりちゃんは先生に聞いてみたことがあります。
そのとき、先生はこう言いました。
「まりちゃんは、自分のこともちゃんとできないから、みんなの給食を配るのはまだ無理よ。だから、お当番のじゃまにならないようにみててあげてね」
《子ども自身の適応行動を促す対応》
2年生の先生は、えみちゃんの言葉を聞いて、クラスのみんなに相談しました。
「みんなはどう思う?」
いろんな意見がありました。
「まりちゃんには、ちょっとむずかしいよ」
「こぼしちゃったら大変だよ」
「でも、まりちゃんだけ当番をしないのはズルだよ」
「ジャムとか、落としても大丈夫なものを配ってもらうといいよ」
「でも、まりちゃんが、順番に配るなんて、できるかな」
先生は、どの意見ももっともだと思いました。
えみちゃんが言いました。
「まりちゃんが箱をもってみんなのところを回ればいいんだよ。それで、まりちゃんの箱から、みんながジャムをとればいいんだよ」
次の月曜日。
まりちゃんは白い給食衣をきて、ニコニコ笑っています。何個か配ると、まりちゃんはすぐに窓の外を見に行ってしまいますが、「まりちゃん、こっちまだ」と名前を呼ばれると、急いで箱を持っていきます。
金曜日。初めて給食衣を持って帰ったまりちゃんは、うれしそうにお母さんに渡しました。
お母さんは、クシャクシャの給食衣を何度も何度も眺めていました。
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