9月11日。
世間が、アメリカの同時多発テロと、東北大震災から半年、という話題であふれている日。私は少し季節遅れの向日葵の花束を持って、康司に会いに行ってきました。
康司がいなくなって12年。康司に届けるのは、毎年、向日葵と決まっています。
今年は、ふと、指折り数えて、もしかしたら「十三回忌」っていう巡り時なんだと気づきました。十三回忌にどんな意味があるのか、この年まで考えたことがありません。でも、自分の残り時間を考えるようになってからの、友人の十三回忌という「響き」は、なんだか不思議な気がしました。
この12年の間に、普通学級に入学することも、普通高校に入学することも、別世界のように変わった気がします。
入学通知をもらうために、市教委や県教委に座り込むなんてことも久しくなくなりました。
医療的ケアを必要とする子どもたちが、次々と普通学級の扉を開いていきます。
2年前に相談を受けた、養護学校から普通学級の転校の話。
康司と同じ、小学校入学後の転校の話。
康司があんなにがんばりつづけて、5年間、とうとう入れなかった小学校に、H君は2年生から暖かく迎えられました。
H君のお母さんが、いつも会報に、暖かいエピソードを紹介してくれます。
どれも、7歳、8歳、9歳の子どもだった康司が、命がけで求めたものでした。
命がけで求めたもの。
でも、それはありふれた日常のことでした。
初めて、康司のことを新聞記事で読んだとき、なぜか他人事と思えない気持ちがしました。
18か19歳のときだったと思います。
私が子どものころに失いかけた、自分にとって命より大切なもの。
私が運良くつなぎとめた、世界で一番大切なもの。
それを、奪われてかけている子がいる。
私が声もあげられなかったのと違い、この子は、こんなにも大きな声で、「みんなと一緒にがっこうに行きたい」と叫んでいる。
それから康司に出会うまで、数年の時間が過ぎました。
でも、出会うのは必然でした。康司がいなくなって、12年が過ぎて、そのことを改めて確信しています。私が人生で出会ったたくさんの人たちのなかで、わたしという存在を、もっともよくわかってくれた一人が康司だったとわかります。
一緒にいた時には気づかなかった、いくつかの場面、いくつかのしぐさ、いくつかのまなざしを、私は生きる支えとして、感じ続けています。
地域の普通学級に転校したHくんの、この夏休みのエピソードを、康司のために、ここに置きます。
康司の人生と、私の人生で、一番大切にしてきたものが、Hくんの周りでも同じように大切にされています。
康司と一緒に、Hくんに会いたかったな。
《みんなが一緒に暮らす街》
夏休みのある日、校区外にあるショッピングセンターへhと行きました。お金をおろさなければならなかったので、建物内にあるATMのコーナーへ向かいました。そこは、幅20mくらいの細長い1つの部屋のようになっていて、10件以上の金融機関のATMの機械が横一列に並んでいます。一面ガラス張りになっているので、たくさんの人が並んでいるのが外から見えました。
自動ドアが開いて、hの車椅子を押しながら中に入りました。冷房が効いていてひんやりしました。それから、中の雰囲気が静かになった気がしました。
さっきまでお母さんに何か要求していた3歳くらいの女の子は、急に黙って視線をhに向けました。不思議なものを見るような、気になるけど近づきたくはないような、そんな様子でした。
中に入ったとたん急にしんとしたり、この女の子のような視線を向けられることは、街に出て行けばよく経験することです。そんな時、私はどうするかというと、たいていは何もせず淡々と
hや自分の用事を済ませます。距離が近くて、私に心の余裕がある時は「こんにちは」とあいさつします。時々、なんとも表現のしようがないくらい冷たい視線を送るおばさんと遭遇しますが、
いけないと思いつつも、その視線が離れるまでジーっとおばさんの目を鋭く見てしまうこともあります。
さて、私はこの日、この幼い女の子に対してどうしたかというと、何もしませんでした。「こんにちは」と言うには距離があったし、あいさつの代わりにニコッと笑顔を向ける気持ちも、残念ながらその時はありませんでした。なので、何もせず列に並んでいたのですが、その子は一時もhから目を離さないで、先ほどと同じ視線を向けていました。小さい子に悪意や悪気はなかったでしょうし、本当は「お話してみたいな」なんて思っていたかもしれません。
でも、その時の私は、「もう見るのやめてくれないかなぁ」と少し心がざわざわしていました。
「あ、hくんっ!」
突然、声がしました。振り向くとhと同じクラスの女の子がいました。彼女はhに話しかけたり、肩にかけていたジョーズの財布を見せたり、hのほっぺをプニプニ触って、とても楽しそうにしていました。hもケタケタ笑っていました。彼女のお母さんがATMでの用事を済ませると「バイバイ」と言って去っていきました。「じゃあね、またね」と私も言って、「こんな所で会うとはなぁ」とびっくり嬉しい気持ちにひたり、そう言えば…、と思い出して、さっきの小さな女の子に目を向けました。その女の子は、hから私に目を移しました。私はニコッとしました。女の子もニコッとしました。
ほんの数分の出来事でした。
クラスメートの出現は、小さな女の子にも、そしてそこにいた大人の人にも、安心のような気持ちを抱かせたのではないかと思います。そして何よりも、私の心を柔らかにしてくれました。
「仲間なんだから、そんな顔しないで」と言われたような気がしました。さりげなく、ちょっとずつ、みんなが絡み合って、一緒に生活しているんだ、そんなことを思いました。
よく書かせていただくことですが、hが地域の学校に通っているからこそ、つまり、毎日をみんなと同じように過ごすからこそ生まれた出来事です。たとえ地域に養護学校があったとしても生まれない物語なのです。分けられないで過ごした子ども時代は、分けない大人に繋がって、みんな一緒に暮らす街になるのだと思います。子どもたちを比べて、分けるということはとても悲しいことです。なぜなら、その子どもたちは、「人を分けることは正しいこと」だと錯覚して、その悲しみを感じることができずに、人を分ける仕組みや解決方法しか思いつかない大人になっていくからです。今こうして生きている私たち大人がその証です。「個人のニーズ」からではなく、
「人は人と共に生きること」からスタートして、その中で必要な配慮をしていくことが大切だと思います。
早く悲しい連鎖が止まってほしいと願います。
hの周りでは、「一緒に過ごすこと」が当たり前になっています。夏休みの間にもいろんなことがありました。
「ねえ、hくんも絶対きてよ!」
子どもたちに夏休みのラジオ体操に必ず来るように約束させられました。朝6時半の集合は大変でしたが、がんばりました。到着すると、hはスルスルとみんなの輪の中に取り込まれていきました。いつものコチョコチョ、いつもの笑顔、いつもの「やめてよ~」の顔、いつもの会話がありました。
子ども会でボーリングに行きました。hはガター防止の柵付レーンで、補助台を使って投げました。補助台はすべり台の形をしていて、上においた玉をポンと手で押すと転がっていきます。自然と友達がhの手に自分の手を添えて、一緒に押してくれました。hと一緒にできることを喜んでいるようでした。2ゲーム終了まで全投手伝ってくれました。hは不思議そうな顔をしていましたが、ともかく、初めてのボーリングをみんなと一緒にすることができました。
毎年恒例の花火大会。近所の友達が集まって、港で家庭用花火を出します。地域の学校に通って1年目の昨年は、子どもたちがワイワイとhに花火を見せてくれたり、車椅子を押して連れていってくれていました。養護学校時代の花火大会は、hは一人ぼっちだったので、私はとても感激して、嬉しく思いました。
そして今年はというと、昨年のようにhに対してワイワイすることはなく、自分の出す花火を楽しみながら、でもhのことも忘れず、近くで花火を出して見せてくれていました。今年はなんだか、hが、自然にいる、馴染んでいる、当たり前にいる、そんな感じでした。
この夏休みの子どもたちの様子も、学校での子供同士のやり取りも、本当に嬉しいことがたくさんあります。でも、以前と変わらず、子どもたちの素直さや心の自由さに感動するも、hがみんなと一緒に過ごしていることへの感動は、最近はそれほど感じなくなってきました。
それはつまり、「hがここにいるのはふつうのことになった、当たり前のことになった」ということだと思います。hだけではなく、全ての子が、みんな一緒に過ごせるようになってほしいです。ATMでの出来事のように、いろんな人が関わり合ってできる物語が溢れるN市になってほしいです。
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