ワニなつノート

『受けとめられ体験について』(9)



コータ(3)

数日後、私はいつものように子どもたちと卓球をしていた。
卓球台の横に座っていると、子どもたちがわたしの膝に座る。

ふだんから、就学前の子どもや1、2年生の子どもは、
当たりまえのように膝にのってくる。
親や家族から離れて暮らしている子どもたちだから、
安心できる大人の膝に座るのは珍しいことではない。

その日、ふつうでなかったのは、
わたしの膝に座ったのが5年生のコータだったことだ。
そういうことに一番縁のない子どもだった。
いま思えば、甘えるのが下手だったのだ。

でも、そのときでさえ、まだコータが好きになれないでいたわたしは、
コータにひざにのられることに嫌悪感を抱いた。
他の子どもなら、なんとも思わずに、ごく自然なことなのに、
コータに対しては、すなおに膝を差し出せない自分、
コータを受けとめる心のない自分を感じていた。

でも、コータはあのケンカの一件以来、私を認めてくれている。
勘違いとはいえ、その気持ちを裏切っちゃいけないよなと思う。
でも、膝にのるには、身体も大きいし、間が持たないこともあって、
私はコータの首をしめた。

コータが抵抗して言った。
「死んだらどうすんだよ」
「死んだら裏の庭に穴掘って埋めちゃうに決まってるだろ」

「先生のくせにそんなことしていいのかよ」
「いいんだよ。埋めちゃえば分かんないんだから」

「ひでーな」
「だって、ばれたらやばいだろ。おれがクビになっちゃうじゃん」

後ろから首を絞めながら、そんなやりとりをしていると、
突然コータが振り向いた。

そして、それまで見たことのない真剣な顔で聞いた。
「本当に埋める?」

一瞬、考えた。
私は何を聞かれてる?

コータがもうふざけていないのは分かった。
でも、「埋めるわけないじゃん、冗談だよ」と答えるのも違うと感じた。

コータの迫り方があまりに真剣なので、
『もしかしたらコータは誰かが埋められたのを目撃したことがあるんじゃないか』、『それで誰にも言っちゃいけないと脅されているんじゃないか』、
そんなことも頭をよぎった。

「んー。本当に死んじゃったらどうするかなぁ。困るよなー」

いくつかのケースを考えてみた。

「事故なら正直に言うかもしれないけど、
自分のせいで子どもが死んじゃったら、ほんとに埋めちゃうかもな。」

「ほんとに?」

「だってまずいじゃん。警察に捕まるのもやだし、
誰も見てなかったら埋めちゃうかもな」

「警察が来たらどうする?」

「んー、知らないっていうしかないじゃん。
みんなよくムガイ(無断外出)するから、知らないって言っちゃうさ。
お前だって、この前、夜中に逃げたじゃん」

そんなことを話しているうちに、コータの表情が変わった。
私に迫ってくる表情は消えて、ほっとした顔になり、
声も子どもらしい口調に変わった。

「そうか、さとうも嘘つくのか…」

「そうだよな」「警察、恐いよな」
「つかまりたくないよな」「うそ、つくよな…」
そんなつぶやきが耳に残った。

私が子どものころ、布団をかぶって一人で考えていたことを思い出した。
コータの日ごろの思いが伝わってきた。

私が、子どもを埋めてしまう先生であることに、コータはほっとしていた。
コータは悪いことをした自分、嘘をつく自分にずっと苦しんできたのだろう。

私はようやく、コータがたった10歳の子どもだということを思い出した。

この数ヶ月、
かわいげのない憎らしいクソガキの表面しか見てこなかった私には、
いろんな不安を心に抱えている
小さな子どもの姿は見えなかった。
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