1841年6月27日。
アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号が、太平洋上の小さな島に近づいた。
その小さな島には、5人の人間がいた。
漂流した土佐の5人の漁師。
そのうちの一人が、最年少の万次郎(14歳)だった。
無人島に流れ着いて143日たったある日、5人ははじめて、かれら以外の人間に出会う。
それは、5人が初めて出会う外国人だった。
ここで著者の鶴見俊輔さんは、あるエピソードを挟みます。
≪ある人類学者が、たった一人で離れ小島にあがって住み、そこの人たちの習慣を研究しようとしたが、数カ月たっても、どうしてもそこの人たちに、自分の言葉を分からせることができなかったという。
それは、その島の住民が、流れ着いた学者を、自分たちと同じ人間だと考えなかったことが原因だった。
人間でないものが、どんなふうな音を出そうと、その音の意味を解き明かそうと、まじめに考える人は少ない。
その反対に、相手を同じ人間だと考えるところからは、なんとかして、自分の身にひきくらべて、相手の身振りの意味を考えてゆくから、お互いの言葉など全然知らないなりに、言葉は通じてゆくものなのだ。≫
そして鶴見さんはこう言います。
ハウランド号の船員の側にも、土佐の漁師の側にも、相手を同じ人間と見る心があったのがしあわせだった。
それは、人間にとってあたりまえのことではない。
人類が地上にあらわれて以来、人類はほかの動物とちがって、ちがう土地に育った人間を、自分たちと同じ人間と考えないで、殺したり、追い払ったりする習慣をつくりだしてきた。
このことは、今でも人類にとってもっとも深刻な思想上の問題と言ってよい。
万次郎たちは、遠くに船がとおるのを見つけた。
「大きな異国船だ。でも、異国の船でもかまうものか」と、若い3人はお互いに相談して、枝や棒に、ぼろぼろになった着物をくくりつけて、旗のようにしてふりまわし、「おーい、おーい」と、声をあわせてよびかけた。
そのうち、異国人のほうも万次郎たちに気がつき、帽子をふってあいさつをした(ように、万次郎たちには思えた。)
ボートが岸の近くまで来た時、「ここは荒磯だから、とても舟をつけることはできない。着物を頭にまきつけて、水の中を泳いで来い」
と、かれらが呼びかけているように思えた。ことばが通じるわけはないが、岩をさしたり、水をさしたり、自分の服をさしたり、およぐ身振りをしたりで、そんなことを言っていることがわかった。
ことばはわからないが、アメリカ人も日本人も、同じく水夫として暮らしをたててきたのだから経験の内容は同じで、自分のからだですでに知っていることを身振りで呼びかけられれば、ことばなど通さなくても、はっきりわかるものなのだ。
(『ひとが生まれる』鶴見俊輔著 筑摩書房 )
1841年から、2011年。
160年が過ぎても、身近にいる人間を、同じ人間とみることができないで、相手が何を言っているのか、分かろうとすることができない人間が、この国にはたくさんいます。
どうして同じ人間とみることができないのか。
どうしてその人のことばが分からないのか。
答えは、「経験の内容」が違うから。
同じ地域、同じ保育園、同じ小学校、同じクラス、という同じ子ども時代の経験の内容が違うから。
だから、個別に必要な援助や支援というものは、この土台の上に考えなければいけないのだと思います。
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上原口
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