3:《社会的苦痛から身を守るために》
父親と一緒に教育委員会に呼ばれたあの日、私が感じていた恐れは、「社会や家族などとのつながりを断たれたときに感じる痛み=社会的苦痛」だったのだと、半世紀近くたって癌についての本で知る。
8才の私が包まれたあの理不尽さの正体を知りたくて、ここまでずっと生きてきたのだと、改めて思います。
石川先生や律子さん、小夜さんのことばを初めて読んだとき、私が感じたのは、「この人なら、自分が知りたかったあの理不尽さの理由を分かってくれる」ということだったと思います。
小沢牧子さんの講演で、1960年代に心理相談員として働いていたころの話を聞いているうち、私は不思議な感覚を覚えました。
私が教育委員会に呼ばれて、いろいろ検査され、質問され、私の存在を疑われたあの日、私の目の前にいたのが、この人であったかもしれないと。
そんなはずがないのは分かっていながら、私が8才のとき、私の目の前にいた人と同じ仕事を、同じ年代にしていた人が目の前にいる。
講演のあと、私は手をあげて聞きました。
あの日、私が呼ばれたのはどうしてだったのか。
その後、私にはなんの説明もなく、普通学級にいることができたのはどうしてだったのか。
あの日から、「私はみんなとは違う、本当はここにいてはいけないのかもしれない、これからは誰にも気づかれないように、正体がばれないように、生きていかなきゃいけない」と、そんなふうに思い続けてきたのはどうしてだったのか。
あの時、私の目の前にいたのが小沢さんでないのは分かっているけれど、どうしてもそのことを聞いてみたいと質問しました。
30代のころだったと思います。
よく覚えていないのですが、あのとき、私はその質問をしながら号泣したような気がします。
その場の空気にそぐわないことを感じながら、それでも「どうして私は…」と繰り返していたのだったと思います。
小沢さんは、たぶん障害のことというより、素行、問題行動、としての扱いだったかもしれない…と、その時代の心理相談・教育相談について丁寧に答えてくれました。
その説明をいまはほとんど思い出せないけれど、私のなかで、子どものときに誰にも聞けなかったことを聞けたこと、そして私の支離滅裂な訴えをちゃんと受けとめてもらえたことで、あの日から縛られていた生き苦しさが少し楽になったように思えました。
そんなふうに、「この人なら分かってくれる」「この人は、そのことを知っている」と思える人と出会いながら、私はここまできました。
「自分の正体がばれないように…」
「自分が何者かは分からないけれど、とにかくばれちゃいけないものがあるらしい…」
そうした私の構えは、社会的苦痛(社会や家族などとのつながりを断たれたときに感じる痛み)から身を守るためのものだったと分かります。
余命を告げられた訳でもないステージⅢbという中途半端な癌になって、でもやはり娘を一人にしてしまうかもしれない怖さが頭から離れることはなく、つい癌に関する本を手にとってしまいます。
そして癌や死について今までになく真面目に読んでいるうち、8才のあの日以来、私から離れなかった「怖れと隠し事」は、癌の不安以上のものだったと思えてきました。
いまは、二人に一人が癌にかかると言われます。
癌の治療技術は進み、治癒する可能性も増えています。
同じ病気の仲間と話せる機会もあります。
でも、子どもには、分けられた子ども同士でつながろうという考えは思いつきません。
ただ、この世にひとりぼっちの感覚を胸にいだいて、隠さなければいけないものが何かも分からないまま、自分の何かを隠して生きるしかありません。
そして、言葉のない子どもは、言葉にしないことで、そうした怖れや悲しみもないように扱われています。
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