ワニなつノート

絵のない絵本


絵のない絵本



「ねえ、おかあさん、
おかあさんのいちばんたいせつな
たからものはなあに?」

「あなたよ」


「そうじゃなくって。もお。
おとうさんもそういうけど、
わたしがきいてるのはそういうんじゃないの。
いちばんたいせつなたからもの!」

「そうねえ、何かしら。
あなたじゃなくて、いちばん大切なもの…」


「ねえ、おかあさん、もしもね、
もしもわたしが男の子だったらどうだった…?」

「そうね、あなたが男の子だったら、どんな男の子だったかしら」


「わたしが男の子でも、うれしかった?」

「そうね、あなたが男の子でもきっとうれしかったでしょうね。
だって初めて出会うわたしの赤ちゃんなんだから」


「じゃあ、じゃあ、もしもね、
もしもわたしがひよこだったら どうかな? 
うれしかったかな?」

「ひよこ? ひよこねえー。
それなら、生まれたとき、あなたはたまごの中かしら。
それでもいいわね。お母さんが大事に温めてあげるわ。
そしたら、たまごのカラを割って
ぴよって出てくるあなたに会えるわね」


「うーん。たまごからでてくるのは、なんだかたいへんそう。
じゃあ、もしもね、
もしもわたしがうちゅうじんだったらどうかな?」

「宇宙人は会ったことないけど…、どんな感じかしら。
ETみたいかしら、それともあなたのことだから、
スーパーサイヤ人かもしれないわね。それもステキかもしれないわ。
あなたがあなただったら、宇宙人でもかまわないわ」


「ねえ、わたしがダウンしょうじゃなかったら、どうかな?」

「えっ?」


「あのね、もしもね、
もしもわたしがシャボンだまみたいにきえちゃって、
それでね、かみさまにおねがいして、
もしも、もういちどわたしにあえるとしたら…、
ダウンしょうじゃないわたしがいい?」

「わたしはあなたに会いたいわ。
もう一度、ううん、何度でも、
何度でもあなたに会いたいわ。
初めて出会う、わたしの子どもはあなたがいいの。

ダウン症じゃないあなたじゃなくて、

男の子のあなたじゃなくて、

ひよこのあなたじゃなくて、

宇宙人のあなたじゃなくて、

いまここにいるあなたに、わたしは会いたいわ。

だって、わたしはあなたが生まれた時からいっしょにいて、

ずっとずっと幸せだったから、

だから、いまここにいるあなたに、

もう一度会いたいわ。」


「ダウンしょうって、ないほうがいいんじゃないの?」

「そんなこと、わたしは思ったことないわ」


「じゃあ、ダウンしょうってたいせつなもの?」

「そうね、ダウン症の子どもの中には、
心臓の病気で苦しむ子どもや、
生まれる前に死んでしまう子どももいるわ。

その子どもや、子どもを亡くしたお母さんにとっては、
ダウン症じゃなかったらって、
思うことがあるかもしれないわね」

「…」


「でもね、『ダウン症』ってことばだけ取り出しても、
そこには誰もいないのよ。
そう、「男の子」とか
「女の子」っていうのと一緒ね。

「男の子」っていうだけじゃ、そこには誰もいないの。
「女の子」っていうだけじゃ、そこには誰もいないの。
それだけじゃ、誰のことでもないでしょ。

わたしが初めて出会った子どもは、
髪がちょっと茶色で、
笑顔も泣き顔もかわいくて、
ダウン症で、女の子で、
それがあなただったの。

だから、わたしはあなたが女の子であることも、
あなたがダウン症の子どもであることも、
チョコレートが大好きな子どもであることも、
水遊びが大好きなことも、
虫が苦手なことも、
みんなみんな大切よ」

「…うん」


「あなたが生まれてからずっと、
わたしはあなたを見て、
触って、
抱きしめて、
髪をなでて、
手をつないで、
いっしょにご飯を食べて、
いっしょにお風呂に入って、
一緒に笑って、泣いて、怒って、
喧嘩して、仲直りして、
いっしょに手をつないで眠ったの」

「うん」


「二人いっしょの時間、

二人だけの時間、

二人で見た夕日や雪景色や、
二人で見た夜の公園とお月様を
わたしはずっと覚えているわ。

二人だけのたくさんの時間を積み重ねてきたの。
そのすべてがわたしにとって
かけがえのない大切な宝物。

他の誰とも、
他の何とも、
取り替えようのない大切なものなの」

「うん」


「だから、あなたがシャボン玉みたいに消えてしまったら、
わたしはきっとドラゴンボールを7こ集めてあなたに会うわ。

もしも、もう一度あなたに会えるとしたら、
やっぱり、いまのあなたに会いたいの」

「うん」


「あなたが男の子に生まれていたら、
それは今のあなたとは別の大切な誰か。

あなたがひよこになっていたら、
それは今のあなたとは別の大切な誰か。

あなたが宇宙人になっていたら、
それは今のあなたとは別の大切な誰か。

あなたがダウン症じゃなかったら、
それは今のあなたとは別の
大切な誰かになっていたわ。

でもね、わたしはあの日あなたに会ったのよ。
ここにいるあなたに、
あの日に出会ったの。

だから、わたしが会いたいのは、
いまここにいるあなた。

何度、神龍(シェンロン)に聞かれても、
わたしはあなたに会いたいって言うわ。

『願いを一つだけかなえてあげる』って言われたら、
私はいつだって、
あなたに会いたいって答えるわ」

「うん」
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