藤岡信勝氏が「国民の油断 歴史教科書が危ない」(PHP文庫)で、「従軍慰安婦」五つの問題点として書かれていることすべてが、私には、事実に反すると思われたので、①~⑤で、その根拠を私なりに明らかにしました。でも、同書には、さらに”ここでいま述べてきたことについて、幾つかの補強をしておきたいのですが…”ということで、再び見逃すことの出来ない幾つかの指摘をされています。それについても、異論をまとめておきたいと思いました。
まず、「韓国の圧力に屈した官房長官談話」と題して、下記のようにあります。
”以上の点から見て、きわめて重大な事態が進行していると思わざるを得ないのです。
ここでいま述べてきたことについて、幾つかの補強をしておきたいのですが、強制連行があったことを言っている人たちが何を根拠にしているかということです。
平成五年八月四日付で、当時の宮沢内閣の末期、翌日内閣総辞職するというその日、河野洋平官房長官(当時)による「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」が出されました。そのなかに以下の一節があります。
慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲などが直接これに加担したこともあったことが明らかになった。(中略)われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
この談話とともに、防衛庁関係文書などのリストとその概要が同時に公表されましたが、「官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」というのですから、私はそれを示す資料が当然その中にあると思ったのですが、幾らさがしてもみつからないのです。
軍の直営ではなく、あくまで業者がやったということを述べている資料はあるのです。例えばこれは米軍関係ですが、1943年六月十五日、アメリカ国立公文書館に保存されている連合軍翻訳通訳部局で保存している関係文書です。
その尋問調書に、日本人捕虜で軍医の証言があります。その証言の概略は、「軍が慰安所を経営したということは断じてなく、民間人が経営していたのを監視していた程度である。このような監視は戦闘中行われたが、敵対行為が終了すると即座に中止された」つまり、戦闘中に襲われないように監視するということで、敵対行為が終了すると中止されたのです。
このように、軍と独立の民間業者が経営していたという証言はありますが、軍そのものが経営していたという証言はないし、まして官憲が強制連行したり、意思に反して集めることに直接加担したなどということを示す資料はどこにもないのです。
そしてなんと、この「官房長官談話」は事前に案を外交ルートで韓国と付き合わせていて、韓国側からは「金の補償はいい、金の補償は自分たちでやるから、強制連行があったことをなんとか入れてくれ。そうしなければ収まらない」と圧力をかけられ、宮沢内閣はそれに屈服して、全く事実に基づかないことを政治的に入れたという経緯がわかってきました。
「女性のためのアジア平和国民基金」のパンフレットの根拠も、データによるものではなく、実はこの「官房長官談話」によるものなのです。つまり、政治決着なのであって、政治家が全く事実無根のことを、相手がそれでは収まらないからというので声明に入れたのです。それが事実あるかのようにすり替えられて、日本政府は認めたのだということにされてしまったということです。”
まず、”強制連行があったことを言っている人たちが何を根拠にしているかということです。”ということですが、”強制連行があったことを言っている人たち”は、いわゆる「河野談話」を根拠にしているわけではないと思います。元「従軍慰安婦」の様々な証言があることを無視してはならないと思います。藤岡氏は、元「従軍慰安婦」の様々な証言が、すべて嘘であることを前提として議論をされているようですが、なぜでしょうか。
次に、”この談話とともに、防衛庁関係文書などのリストとその概要が同時に公表されましたが、「官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」というのですから、私はそれを示す資料が当然その中にあると思ったのですが、幾らさがしてもみつからないのです。”
という指摘ですが、どういう読み方をされているのか疑問に思います。そして、ここでも関係者の証言や学者・研究者が見つけ出した資料などは、完全に無視されているように思います。
「従軍慰安婦」の問題は、国際法違反の問題であり、当時の政府や軍も、当然官憲を直接加担させるような文書は残さないように配慮したでしょうし、「従軍慰安婦」関係の文書はほとんど「秘」と朱書を入れたリ、「陸密第〇〇号」という「極秘文書」扱いをしていました。そして、そうした極秘文書は敗戦前後にほぼ焼却されました。したがって、たとえ資料がなくても、”官憲等が直接これに加担したこと”を完全に否定することはできないと思います。
でも、実は、官憲が直接加担したことを窺わせる文書は残されていました。それは、『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』〔女性のためのアジア平和国民基金(財)編)や「従軍慰安婦資料集」吉見義明編(大月書店)や『日本軍「慰安婦」関係資料集成』鈴木裕子、山下英愛、外村大編(明石書店)に取り上げられています。
また、多くの慰安婦を戦地に送ることになった朝鮮半島には、慰安婦を集める業者に役人や警官が付き添っていたという証言や、 脅したというような証言もあるのです。
さらに、”軍の直営ではなく、あくまで業者がやったということを述べている資料はあるのです。”ということで、”アメリカ国立公文書館に保存されている連合軍翻訳通訳部局で保存している関係文書”を取り上げるのも、問題があると思います。
「従軍慰安婦」であった人たちや関係者の証言はことごとく無視し、”日本人捕虜で軍医の証言”は、そのまま事実を語っているものとして受け止めるのはいかがなものかと思います。軍医が米軍の尋問に、正直に慰安所の実態を語れば、当然、本人やその関係者は責任を問われるからです。
また、戦地の慰安所は、民間人が経営していても、日本兵だけを相手にする慰安所であり、常に軍の管理下にあったことは、諸資料や証言で明らかです。旧日本軍が慰安所の施設を作ったり、整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めたりしていた資料はあるのです。だから”戦闘中に襲われないように監視するということで、敵対行為が終了すると中止されたのです。”というのは、事実に反すると思います。
”このように、軍と独立の民間業者が経営していたという証言はありますが、軍そのものが経営していたという証言はないし、まして官憲が強制連行したり、意思に反して集めることに直接加担したなどということを示す資料はどこにもないのです。”
などと、なぜ言えるのでしょうか。例えば、資料1には、慰安婦の”募集ニ当タリテハ、派遣軍ニ於テ統制シ”とあり、募集に当たる”人物ノ選定ヲ周到適切ニシ”なおかつ、”関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ”とあり、そうしたことが実際に行われたことを示す証言があるのです。
また、一部地域においてですが、旧日本軍が直接慰安所を経営したことを示す資料も見つかっているのです(資料2)。”陸海軍ニ専属スル酒保及慰安所ハ、陸海軍ノ直接経営監督スルモノナルニ付、領事館ハ干与セザルベキモ、一般ニ利用セラルル所謂酒保及慰安所ニ就テハ此限リニアラズ”とあるのです。”資料はどこにもないのです。”などとどうしていえるのでしょうか。
資料1ーーーーーーーー
陸軍省兵務局兵務課起案
1938年3月4日 起元庁(課名)兵務課
軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件
副官ヨリ北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案
支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為、内地ニ於テ之ガ従業婦等ヲ募集スルニ当リ、故ラ(コトサラ)ニ軍部諒解等ノ名義ヲ利用シ、為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ、且(カ)ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞(オソレ)アルモノ、或ハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ、或ハ募集ニ任ズル者ノ人選適切ヲ欠キ、為ニ募集方法誘拐ニ類シ、警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等、注意ヲ要スルモノ少ナカラザルニ就テハ、将来是等(コレラ)ノ募集ニ当タリテハ、派遣軍ニ於テ統制シ、之ニ任ズル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ、其ノ実施ニ当リテハ、関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋(レンケイ)ヲ密ニシ、以テ軍ノ威信保持上、並ニ社会問題上、遺漏ナキ様配慮相成度(アイナリタク)、依命(メイニヨリ)通牒ス。
資料2ーーーーーーーーー
各種営業許可及び取締りに関する三省合同協議会議決事項
昭和13年4月16日、南京総領事館ニ於テ陸海外三省関係者会同在留邦人ノ各種営業許可及取締ニ関シ、協議会ヲ開催シ、各項ニ付キ左ノ通リ決定セリ(南京警察署沿革誌ニ依ル)
記
1 期日 昭和13年4月16日午前10時開始 午後5時終了
2 出席者 陸軍側 兵站司令官 千田大佐、第3師団参謀 栗栖中佐、
第3師団軍医部 高原軍医中佐、
南京特務機関 大西少佐、
南京憲兵隊 小山中佐、同 堀川大尉、同 北原中尉
海軍側 海軍武官 中原大佐、 嵯峨艦長 上野中佐
領事館側 花輪総領事、田中領事、清水警察署長、佐々木警部補
3 議決事項
(6)軍以外ニモ利用セラルル酒保慰安所ノ問題
陸海軍ニ専属スル酒保及慰安所ハ、陸海軍ノ直接経営監督スルモノナルニ付、領事館ハ干与セザルベキモ、一般ニ利用セラルル所謂酒保及慰安所ニ就テハ此限リニアラズ、此ノ場合業者ニ対スル一般ノ取締リハ領事館其ノ衝ニ当リ、之ニ出入スル軍人軍属ニ対スル取締リハ憲兵隊ニ於テ処理スルモノトス 尚憲兵隊ハ必要ノ場合随時臨検其ノ他ノ取締ヲ為スコトアルベシ
要スルニ軍憲領事館ハ協力シテ軍及居留民ノ保健衛生ト、業者ノ健全ナル発展ヲ期セントスルモノナリ
将来兵站部ノ指導ニ依リ所設セラルベキ軍専属ノ特殊慰安所ハ憲兵隊ノ取締ル処ニシテ、既設ノ慰安所ニ対シテハ兵站部ニ於テ一般居留民利便ヲモ考慮ニ入レ、其ノ一部ヲ特種慰安所ニ編入整理スルコトアルベシ
右ハ追テ各機関協議ノ上決定スルモノトス
軍専属ノ酒保及特種慰安所ヲ 陸海共(ママ)ニ於テ許可シタル場合ハ、領事館ノ事務処理ニ便タル為、当該軍憲ヨリ随時其ノ業態、営業者ノ本籍、住所氏名、年齢、出生、死亡其ノ他身分上ノ異動ヲ領事館ニ通報スルモノトス