真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

HPは hide20.web.fc2.com
ツイッターは HAYASHISYUNREI

リットン調査団 目的は日本の脱退回避

2009年01月13日 | 国際・政治
 満州事変の現地調査に入ったリットン調査団のリットン卿は、連盟、英国、日本の三者の立場を相互譲歩の形で何とか取り纏めよとしたようです。また、当時の松岡外相は、楠山義太郎元毎日新聞特派員に『どうせ日本も悪いことをしているのだから頬ぺた位は、なぐられても頬被りで通すべきだ』と語ったといいます。国際連盟が発表した「リットン報告書」は、必ずしも日本に不利な内容ではなかったにもかかわらず、さらには、英国外相サイモンが、リットン報告書発表後向こう5カ年間日支直接交渉で問題解決を図る案を出したこともあったにもかかわらず、日本は国際連盟を脱退したというのです。関係国の思惑や提案を考慮することなく、傲慢な姿勢を貫き連盟を脱退したとすれば、大戦の責任は重大だと思います。「目撃者が語る昭和史 第3巻 満州事変」平塚征緒編集(新人物往来社)から、関連する部分を抜粋します。
----------------------------------
                 第3章 満州建国の舞台裏

 連盟脱退とリットン卿の役割
                            元毎日新聞特派員 楠山義太郎

   調査団の国際的背景

 これでは日本は連盟にいたたまれなくなる。日本が連盟から除名されるか、或いは脱退するか、いずれかの道を選ばなければならなくなる。その結果は日本の困ることは論外としても、連盟の方も大困りだ。東洋の代表格である日本を失っては世界平和機構としての連盟が半身不髄になる。理屈を弄ぶ新聞記者や比較的無責任な小国の理論派外交家は別として、世界平和の実質的保障を念願とした英仏代表団では、非常に気をもんだ。その時のフランスの代表は首相兼外相のボンクールであり、英国からは外相サージョンサイモンが来ていた。今の首相イーデンは、政務次官として外相サイモンの鞄持ちであった。サイモンやイーデンには、私も屡々面接したが、英国側の対策は一言にして言えば日本流の『自衛権発動説』をそのまま認めると、剥ぎ取り強盗勝手次第ということになって、世界の秩序が保てない。さりとて小国の理論外交では日本を連盟から失うことになる。その場合には厖大なる英国の在支権益もどうなるか判らない。何とかして、一方では連盟の顔を立て、同時にその反面また日本も連盟内にとどまれるような巧妙なる妥協案をと考えあぐんでいた。この点では
英国と日本では一脈通ずる共通点がないではなかった。
 こうした雰囲気の中で出来上がったのがリットン調査団である。現地調査を行って、日本の言い分にも無理からぬ点のあることを、日本全権の口からではなく、連盟派遣の調査団の手を通して発表されれば、反日感情の鎮静剤にもなるだろうというのがその狙いであった。それには、実質的には英国が中心であっても、あくまで表面は連盟代表とすることにし、フランスやイタリアなどの代表を加えることにした。その上に米国は連盟に加入していなかったが東洋に関係が深いというので、その代表をも一団に加えて世界的陣容を整え、満州事変の現地調査に乗り出すことになった。団長はリットン卿であって主導権は英国に握られていたから、裏からこれを見れば無言の裡に日英なれ合いの一幕であったと言えないこともない。それなのに軍閥全盛の当時の日本では、この調査団を連盟派遣のスパイ団か或いは懲罰機関か何かのように敵視したことは、外交事情を咀嚼し切れなかったからでもあろうが、今から見ると残念なことである。

 http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、必要に応じて空行を挿入していることもあります。旧字体は新字体に変えています。青字が書名や抜粋部分です。赤字は特に記憶したい部分です。「・・・」や「……」は、文の省略を示します。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 満州事変に至る周辺事情と問... | トップ | リットン調査団を欺く関東軍 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

国際・政治」カテゴリの最新記事