ゆるっと読書

気ままな読書感想文

【生きるための読書】年を重ねても、頭は柔らかく

2025-02-22 20:33:01 | Weblog

冷え込みが厳しいので、帰宅してすぐエアコンの暖房を入れ、ホットカーペットの電源も入れる。読書でもしようと本を開いたが、数ページめくるうちに瞼が重くなり、睡魔に襲われていた。30代いや40代も前半の頃は夜遅くまで起きていられたが、最近は読書より睡眠を優先。健康維持が第一になっている。

本を読むには、気力も、体力も要ると思う。

年齢を重ねれば重なるほど、気力も体力も減退するとしたら、これから先、どんどん本を読むのが難しくなるのかもしれない。

50代に入り、そんなことを考え始めていたのだが、「心配は要らないよ」と言ってくれる本に出会った。

 

津野海太郎さんの著書「生きるための読書」(新潮社)だ。

この本は、80代半ばの津野さんが、自分よりもずっと若い30~40代の著者が書いた本を読んで学んだことや、感じたことをまとめたエッセイ。

取り上げている本の著者は、伊藤亜紗、斎藤幸平、森田真生、小川さやか、千葉雅也、藤原辰史。人文・社会系で注目を集めている著者たちだ。

津野さんは、彼らの本を読むことになったきっかけや、本の中から学んだことなどを、読者に語りかけるようにまとめている。

自分よりずっと若い世代の著者たちに注目し、彼らの発言や研究を知り、本から得た新しい知識に喜びを感じている姿が、とても素敵だ。

本書から感じたのは、津野さんは「本を読むことが好きで、楽しんでいるんだなぁ」ということだ。

これから先、もっと年齢を重ねて気力や体力が減退しても、それなりに読書を楽しめるものかもしれない。自分よりも若い世代の言動に耳を傾け、そこから学べるように、頭を柔らかくしておきたい。

Amazon.co.jp: 生きるための読書 : 津野 海太郎: 本

 

 

 

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乱歩の未完作品「悪霊」を完結させた作品

2025-02-03 22:46:32 | Weblog

『乱歩殺人事件-「悪霊」ふたたび』(角川書店)は、江戸川乱歩が雑誌「新青年」に、1933年から1934年(昭和8年~9年)にかけて掲載した小説「悪霊」の第1回から3回の原稿と、休載のお詫びがもとになっている。

殺人の犯人、トリック、殺害の動機などが明らかにされないまま、未完となってしまった作品を、作家の芦辺拓が引き継いで完成させたものだ。このため、著者は、芦辺拓と江戸川乱歩、2人の名前が書かれている。

鍵がかかった土蔵の中で起きた密室殺人。
そのトリックは、どのようなものだったのか。
現場に残された紙片に描かれた記号・マークは何を示すのか。
乱歩が書いた第1回~3回に、謎を解くための「種」は仕込まれているはずだ。

この人物が、この時、こういう発言をするのは不自然ではないか。
ここが「種」なのではないか。
この人を犯人だと想定すると、この展開は説明しやすいなどなど。
未完となった作品ゆえに、乱歩作品の研究者や推理小説マニアのような人たちはさまざまな分析をしているようだ。

乱歩が仕込んだであろう「種」を尊重し、齟齬がないように注意しつつ、彼が書かなかった部分を新たに創って物語を展開させ、結末をつける作業は、著者にとって、どのようなものだったのだろうか。
まったく新しい作品をゼロから創作するよりも、ベースとなる物語がある分、書きやすかったのか。
それとも、乱歩が描いた登場人物や環境に縛られ、乱歩が想定していた結末を推測しながら書くことは、面倒くさいものだろうか。

乱歩が書かなかった「続き」や「結末」を、私だったらどう書くだろう?、想像してみたが、まったく思い浮かばなかった。

江戸川乱歩が書いた部分と、芦辺拓が書いた部分の継ぎ目は目立たず、物語の展開が自然に流れていて、

1つの作品にまとまっている点がよかった。

小学生の頃、学校の図書館で、「シャーロック・ホームズの事件簿」やアガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」などのミステリーを借りて読んだことが、読書が好きになるきっかけだったことを思い出す。それらのラインナップの中に、江戸川乱歩や横溝正史の作品があった。小説の舞台や登場人物の様子は、小学生の私が暮らしている世界とはまったく異なる世界へつれていってくれた。本書を読みながらそんな体験を思い出し、懐かい気持ちにもなった。

 

 

Amazon.co.jp: 乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび : 芦辺 拓, 江戸川 乱歩: 本

 

 

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解決の道筋は1つじゃない【「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき】

2025-01-24 01:18:59 | Weblog

最寄りの図書館に設置されている新刊コーナーの棚で、1冊の本に目が止まった。
 
『「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき 声なき声に耳を傾ける30の物語』(チェ・ウンスク・著、金みんじょん・訳)。

タイトルが、なんだか重い。
 
人権を奪うこと、人権を侵害することは、差別や偏見により不当な扱いをすることだ。
そんな大変なことを、「ふつう」の人がやらかしてしまう。
おそらく故意ではなく、悪気はなく、無意識に、誰かを深く傷つけている。そんな場面や事例を挙げている本だろうか。
 
この本を手に取ったら、自分自身の過去の言動に、「あの時の私の一言は、あの人を傷つけていたのかもしれない」などと思い当たることが出てくるのかもしれない。
自分の落ち度に気が付いて後悔したり、反省することになるなら、この本を読むのはちょっと辛い。

そんなことをあれこれ考えた末、
気になったのだから、とりあえず目を通してみようと借りることにした。
 
著者は、韓国の国家人権委員会の調査官。
人権侵害の加害者、被害者、その家族などに会って話を聞く中で、感じたことや気が付いたことをまとめたのが、この本だ。

人権委員会の調査官は、 加害者を絶対的な悪人とみなすわけではない。
被害者に全面的に同情するわけでもない。加害者、被害者どちらに対しても偏りなく、フラットな姿勢で接することを心がけている印象を受けた。

特に興味深かったのは、加害者も、被害者も「嘘」をつくことがあり、調査官である著者が仕事を進めていく中で、騙されていたことに気がつくことがあるという点だ。

職業や過去の経歴を偽っていたり、人権侵害だと訴えている行為そのものが実際に起こったことだと考えにくいものだったり、さまざまな「嘘」がある。調べればすぐにばれてしまう「嘘」もあれば、「嘘」だと自覚されていないものもある。
 
著者は、「嘘」=悪事ととらえるのではなく、「嘘」をつかなければいけなかった理由や背景に思いをはせている。
「嘘」の内容は、「そうあってほしい」という夢や願望の現れだったのかもしれない。やり場のない怒りや悲しみが心の中から噴出した結果、「嘘」になってしまったのかもしれない。
事実であることを整理して相手に示し、相手から出てきた言葉にまた耳を傾けている。
  
加害者も人であり、被害者も人だ。
どちらも、人としての尊厳がある。
その前提を踏まえて、人の弱さを見つめる著者の視線は温かく、優しい。
 
人権問題を解決することについて、著者は次のように書いている
 
「たとえるなら、数学問題を解くのではなく、小説や詩を読むことにずっと近いと言えるだろう」
 
多様なとらえ方や解釈があることを前提に、問題解決の答えを探していくということだろうか。
 
人と人の関係から発生した問題に直面した時には、私も、このことを思い出したい。
 

 

Amazon.co.jp: 「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき: 声なき声に耳を傾ける30の物語 : チェ・ウンスク, 金 みんじょん: 本

 

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【ようこそ、ヒュナム洞書店へ】本屋さんを舞台に人生について考える。自己啓発書のような小説。

2025-01-13 13:44:20 | Weblog

 

 

小説「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」(ファン・ボルム著、牧野美加・訳、集英社)は、ソウル市内の本屋さんに出入りする人々の物語。

 

「自分の家族に、どう向き合っていけばよいのか?」

「大企業への就職を目指すのか、アルバイトのままでいいのか?」

「好きなこと、やりたいことが見つからない」

 

夢や目標、仕事やお金、家族との人間関係、この書店に集う人々はそれぞれ悩みを抱えている。

 

誰もが人生の中で大なり小なりぶつかりそうな悩みなので、読者は、登場人物の誰かに自分を重ねるかもしれない。

 

私はこの本を読みながら、ヒュナム洞書店の店内に自分も居て、登場人物たちの会話に耳を傾けているような気持ちになった。

 

 

「夢を持つことを、どう考えるか」は、本書の中で、たびたび登場する問いの一つだ。

 

ヒュナム洞書店の女性店主ヨンジュは、本屋さんを開くことが夢だった。

アルバイトのミンジュンに「夢を叶えたわけですね」と言われて、次のように答えている。

 

「満足はしてるのよ。でも、なんか夢がすべてじゃないような気がして。夢が大事じゃないってことでも、夢より大事なことがあるってわけでもないんだけれど、でも夢を叶えたからって無条件に幸せになれるほど人生は単純じゃない、って感じ?そんな感じがするの」

 

ミンジュンは大学卒業後、企業への就職活動がうまくいかず、ヒュナム洞書店でアルバイトをしている。

当面はアルバイトを続けるが、それから先、どうするのか。

自分の将来を心配している親との付き合い方も、悩んでいる最中だ。

 

ヨンジュ自身、離婚をめぐって母親との関係が悪くなった経験がある。

 

「親との関係は…こう思ったら、私は楽だった。

誰かを失望させないために生きる人生より、自分の生きたい人生を生きるほうが正しいんじゃないか、って。残念よね。愛する人に失望されるのは。でもだからって一生、親の望むとおりに生きるわけにはいかないんじゃない。(中略)」

 

「自分がこうやって生きているのはどうしようもないこと。

だから受け入れること。自分を責めないこと。悲しまないこと。堂々とすること。わたしはもう何年も、自分にそう言い聞かせながら自己正当化しているところなの」

店主のヨンジュの悩みに、登場人物が寄り添ったり、提案してくれる場面もある。

ヒュナム洞書店に集う人それぞれが自分の悩みに向き合い、前向きな一歩を踏み出す。

小説の形式だが、地域における書店のあり方、本を読むことや文書を書くことの意義、働き方、時間の使い方(ワーク&ライフバランス)などがテーマになっており、自己啓発書のようにも読める一冊。

 

Amazon

https://amzn.asia/d/dciQNzI

 

 

 

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【宮藤官九郎が愚痴をコントにさせていただきました】聞いてよかった!「盲導犬ユーザーの愚痴」

2024-10-15 00:24:15 | Weblog

東京23区内に在住・在勤していても、盲導犬と歩いている人に出会うことはほとんどない。

だから、盲導犬ユーザーが日ごろ生活の中で、どのようなことを愚痴りたくなるのか想像がつかず、タイトルから興味を持った。

脚本家・宮藤官九郎さんのポッドキャスト「愚痴をコントにさせていただきました」(Amazon Audible)の作品「盲導犬ユーザーの愚痴」を聞いてみた。

このポッドキャストは、ラジオ番組「宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど」で、宮藤さんがゲストから聞いた愚痴を題材に新たに書き下ろした10本のコントが収められている。
「盲導犬ユーザーの愚痴」はその1つだ。
前半にコント、その後に、ネタ元になったラジオ番組の内容が収録されている。
「盲導犬ユーザーの愚痴」のコントは、盲導犬とユーザーのやりとりに笑って、最後は少しほっこりする。
後半、ネタ元となった宮藤さんと盲導犬ユーザーとのやりとりからは、盲導犬との生活や、盲導犬ユーザーに対する一般の人の言動を知り、学ぶことが多かった。

犬好きの人なら、盲導犬を見て触りたくなるかもしれない。
犬の名前を尋ねるかもしれない。

でも、盲導犬は、ペットで飼われている犬とは異なる。
盲導犬がどのようにユーザーさんと一緒に歩いているかを詳しく知ると、
盲導犬を触ること、名前を尋ねることがいかに迷惑なことなのかが分かる。

私自身、この話を聞いて「知らないことって、怖いな」と改めて、思った。

愚痴は、たいてい「言っても仕方がないこと」だ。
ただ、愚痴をコントにしてもらえると、ネタとして価値があるものになる。
さらに、コントを見聞きした人が、ネタに含まれている社会的な問題や課題に気が付いたとしたら、どうだろう。
「言っても仕方がないこと」では無くなってくるのではないか。

「盲導犬ユーザーの愚痴」は、多くの人にぜひ、聞いてもらいたい。

 

『宮藤官九郎が愚痴をコントにさせていただきました』宮藤官九郎 脚本・演出・出演

『宮藤官九郎が愚痴をコントにさせていただきました』宮藤官九郎 脚本・演出・出演

宮藤官九郎がパーソナリティを務めるTBSラジオ[AM954kHz/FM90.5MHz]『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』(毎週金曜21:00-21:30 OA)は、宮藤さんが様々な職業・立...

Audible.co.jp

 

 

 

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【不便なコンビニ】便利じゃないお店だからこそ心温まる

2024-06-17 21:57:08 | Weblog

 

小説のタイトルの付け方を見て、これは上手だと思った。
コンビニは、convenience (便利) +store(店)の略。
便利な店であるはずのコンビニに、真逆の「不便な」を付けている。

このタイトルを見たら、「これは、何だろう?」「どういう話なんだろう?」と思ってしまう。気になって、手に取る。
最初の数ページを読み始めたら、続きが気になり止まらなくなる。
この小説は、そんな読者が多いのではないだろうか。

コンビニの店主である女性の携帯電話に、見知らぬ番号から電話が掛かってくる。

電話の主は、女性が落としてしまったポーチを拾ったことを伝える。

ポーチの中には、貴重品が入っており、失くしたり盗まれたりしたら一大事。

電車で移動中だった女性は、ポーチを受け取りに戻る。

ポーチを拾った男性は、ホームレス。
認知症で記憶が飛んで、本名も忘れて、「独孤(トッコ)」と名乗っているという。コンビニの女店主は、この独孤を店員として雇うことにする。

コンビニは、立地や周囲の競合店の影響を受けて、売り上げは思わしくない。「不便な」と思われている店だ。
アルバイト店員、クレーマーの顧客、女店主の息子など、コンビニに関わる登場人物たちそれぞれ問題や悩みを抱えている。
しかし、独孤の振る舞いや言葉が、コンビニに関わる人々の気持ちを変えたり、行動を起こすきっかけとなっていく。

独弧は、一体、何者なのか?
この謎が、読者にページをめくらせる原動力となっている。

私が日ごろ立ち寄るコンビニでは、店員が顧客が世間話をしたり、商品を選ぶ時の相談を受けるような時間の余裕はなさそうだ。
便利だけれど、人と人が接することで生まれる「温かさ」を感じることは少ない。

心温まる物語は、便利ではなく、不便なコンビニを舞台にすることで成り立つものだったのかもしれない。

 

 

Amazon.co.jp: 不便なコンビニ : キム・ホヨン, 米津 篤八: 本

 

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【新しい分かり方】「かわいそう」が要るとき、要らないとき

2024-05-06 15:39:01 | Weblog

 

 

誰かに対して、「かわいそう」と思う時、

その「かわいそう」は、どういうものだろうか。

 

学生の頃のアルバイトで、5歳ほど年上の女性の下で仕事をすることになった。

「バイト潰し」と陰で呼ばれていた人で、彼女の下で仕事をすることになったバイトは皆、短期で辞めてしまっていた。

仕事をし始めてすぐに、「バイト潰し」と言われる理由は分かった。

彼女は指示をしていないことを「指示したのに、なぜ、やっていないの?」と言う。「聞いていません」と言い返せば、その倍の小言がかえってくる。指示された通りに仕事をすると、こんどは「そんな指示は出していない」と言う。さらに「あなたは、仕事ができない」と言うようになった。

自分の間違いや不十分な点を指摘されるなら納得がいくが、そうではない。

彼女の言動に問題を感じるものの、彼女と話しても解決しないと思った。その職場で、その状況を相談できる人は見つからなかった。

 

彼女の言動に一体、どう対応したらよいのか?

答えは、なかなか見つからなかった。

彼女の言動をそのまま受け取らず、受け流して過ごすのが良さそうだが、

そこまで気を遣って仕事をしなければならないのか。

自分の中でモヤモヤした。

嫌なら辞めてしまえばいいとも思うが、それでは何かに負けるような気がした。

 

彼女と勝負しているわけではないのだが、と考えた時、

彼女の言動の源にあるものが、思い当った。

 

彼女は恐れているのかもしれない。

自分よりも年下のアルバイトが、仕事ができたり、優秀であったりすることを恐れているのではないだろうか。後輩のバイトに「仕事ができない」と言うことで、自分の恐れを取り除き、安心するのはないか。

おそらく、自分に自信がないのだろう。

「かわいそう」な人だ。

そう思うと、自分の中に渦巻き、ふつふつと煮えることがあったものが、すう―っと引いていった。

彼女の言動は変わらなかったが、私の気持ちは変わった。指示の内容を翻されても、「すみません」「気をつけます」で返してやり過ごすことにそれほどストレスを感じなくなった。

彼女を「かわいそう」な人だと思うと、理不尽だと思える言動も適当に受け流せるようになった。

相手を「かわいそう」だと思うことが、ストレスのある人間関係を乗り切る術になることを、私は知った。

 

佐藤雅彦さんの著書「新しい分かり方」の中に、「知らせてはいけない思いやり」というエッセイが収められている。

 

佐藤さんは、築地から銀座へ向かう道を歩いている時、道路の中央分離帯で信号待ちをすることになった。そして、足元の黄色いパネルの上に書かれている文章に気が付く。

「目の不自由な方のものです。モノを置かないで!」

 

佐藤さんは次のように書いている。

 

文章で書かれているということは、当然、読める人に対してのメッセージである。逆に、目の不自由な人は、この文章は読まない。それを思うと、すこし安堵するのであった。

 

生まれつき目や耳の不自由な人は、事故や病気で能力を失った人とは違い、実は健常者が思っているほど、不自由さは感じていない(と思う)。先天的に視覚や聴覚の能力がない場合は、持っているモダリティだけで世界を構築しており、それで充分、成立しているので、まわりが気を遣うことに却って気を遣わせることになってしまう。

 

 もちろん、道路や駅など、考えられる方策を尽くすことは大切だが、それと「かわいそう」と気遣うことはまったく異なることなのである。彼らにとってみれば、ちっともかわいそうではないのである。私たちと同じに、充分、生きているのである。そんな自分たちがなぜ、かわいそうなのか。むしろ、そう思われることに傷ついてしまう。

 

でも、である。

社会として、点字ブロックや駅のプラットホームのホームドアの設置やそれらの上手な運用は必要である。そこで、健常者だけが読めるメッセージに意味が出てくる。これなら声高に気を遣っていることを示すこともない。各個人の胸に届ける静かなコミュニケーションである。(本書p223~224)

 

誰に対して、どのような状況について「かわいそう」と思うのか。

それは、人それぞれだ。湧き出てくる感情は制御できるものではないに違いない。

ただ、その「かわいそう」には、自分がその対象をどのように見ているのかが反映されている。「かわいそう」は、ストレスから自分を守る盾になることもあれば、誰かを傷つける刃にもなるのだろう。

 

 

新しい分かり方 | 佐藤 雅彦 |本 | 通販 | Amazon

 

 

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「また、会いましょう」と言いながら「もう、会わないだろう」と思う

2024-04-24 23:45:39 | Weblog

知人と会って、別れる際に、「また、会いましょう」「また、会おうね」などと互いに口にすることがある。

「また」と言っても、たいていは次に会う日程を具体的に決めたりしない。

「また」がいつになるかは分からないけれど、「また」と言っておくことで、人間関係を継続することに互いに合意しているのだと思う。

 

ペク・スリン著、カン・バンファ訳「夏のヴィラ」(書肆侃侃房)に収められている短編小説「時間の軌跡」は、主人公の私の視点から、年上の女性の友人「オンニ」との人間関係の変化を描いた作品だ。

 

主人公の私は30歳の手前で会社を辞め、学生時代から夢だった美術史を学ぼうと考えて、フランスのパリに来ていた。

一方、オンニは企業の駐在員としてパリに来ており、2人はパリの語学学校で同じクラスで学んでいた。

私は、韓国人の生徒は自分とオンニだけであることに気が付きながら、語学を学びにわざわざパリまで来ているのだという思いが強く、韓国人と付き合うことを避けていた。しかし、小さな出来事をきっかけにオンニと一杯飲むことになり、急速に仲良くなる。私には、異国の地で堂々と振舞っているオンニの姿が輝いて見えたし、オンニと共に行動することで私自身もパリでの暮らしに自信を持てるようになっていく。

やがて、私にはフランス人の恋人ができた。後から振り返ってみると、私が彼との結婚を決意したのも、オンニが背中を押してくれたからだった。

人生の一時期、親密に付き合い、人生における選択にも影響したのが、オンニの存在だった。

しかし、オンニの駐在期間終了が迫り、韓国へ帰国する日が近くなった時、私はオンニとの関係を大きく変化させる一言を口にしてしまう。

 

その一言を発した後も何度か、私は、オンニに会っている。

何事もなかったように互いに振る舞い、韓国かフランスで近々、再会しようという挨拶も交わしている。しかし、互いに「どちらからも連絡しないだろう」と分かっていた。

 

表面的には関係に変化がないように装いながら、

心の中では、すでに関係が切れていると知っている。物語の終わりは、少し切ない。

 

読者である私自身の経験を振り返ると

「また、会いましょう」と言いながら、心の中で「きっと、もう会うことはないだろう」と思ったことがある。

ただ、誰に対してだったのか、なぜ、そんなふうに思ったのか。

それは、すっかり忘れてしまって思い出せない。

 

夏のヴィラ (韓国女性文学シリーズ) | ペク・スリン, カン・バンファ |本 | 通販 | Amazon

 

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【透明人間】「何もできない人」が、そこにいる意味

2024-04-10 22:07:42 | Weblog

 

「何もできない人」が、自分と同じ場にいる時、どんなことを感じるだろうか。

例えば、学校の教室に、職場に、同じ家の中に。

身体が不自由で歩くことや、車いすを自分で動かすことが難しい。

言葉を話すことができず、他人を会話するのが難しい。

酸素ボンベが必要だったり、褥瘡ができないように体の向きを変えてもらうことが必要だったりする。そんな人がいたら、どうだろう。

 

障害者の就労施設で、重度の障害のため「何もできない」と思われている人も、職場に居てもらうという話を聞いたことがある。職員は、クッキーなどのお菓子をつくったり、絵を描いてアート作品として販売したりしている施設だったと思う。

軽度な障害の職員は、お菓子づくりの作業ができる。絵が得意な職員はその才能を発揮することができる。では、ベッドに横になって過ごしている重度な障害者はどうか。言葉もそれほど話すことができない人は、どうか。

その施設では、そのような人も職員の一人として、働く場に居てもらうとのことだった。ベッドに横になった状態で、その人もそこに居る。同じ空間に、その人が居るということで、その職場の雰囲気を創り出している。そのことが、その人の仕事であり、職場への貢献であるということだった。

 

日本国内の学校で、職場で、あるいはそれぞれの家の中で。

このような施設のように、「何もできない人」がそこに居ることの意味、その価値が見出されているか?と考えると、おそらくそうではないと思う。

 

重い障害を持つ「医療的ケア児」の母親で、写真家の山本美里さんの書籍「透明人間」は、

短い文と写真で、山本さんが子どもに付き添って過ごす学校での風景が映し出されている。

子どもが学校に通うには、付き添いが必要とされる。一方で、学校では、母親の存在を消すことを求められる。

文章は、山本さんの胸の内の吐露されているものだ。

短い文から、どこにぶつけていいのか分からない怒りや悲しみが伝わってくる。

 

学校や教育、行政関係者、子育て中のお父さん、お母さんにぜひ、手にとってほしい1冊。

 

 

透明人間 Invisible Mom | 山本美里 |本 | 通販 | Amazon

 

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【愛という名の支配】その「生きづらさ」は、なぜ?

2024-02-14 08:56:55 | Weblog

 

人間関係、勉強、仕事、日常生活のあれこれ、なんだかうまくいかない。
私の性格が悪いのかな?
一つひとつ真剣に考えすぎず、他人との距離をもう少し広くとればよいのか。一生懸命に頑張るばなりではなく、適当に力を抜いて、時には理想を追うのを諦めて、途中で諦めてもいいのか。でも、そんなふうに考える自分が、嫌になる・・・。

うまくいかない時、思考はたいていマイナスのループにハマる。
外へ出て散歩して見たり、買い物に出かけたりして、いったん思考を止めるけれど、少し時間ができると、ああでもない、こうでもないと考え始めてしまう。

「なんだか、うまくいかない」という程度なら、そのうち「まぁ、いいか」「しかたがないな」「そういう時もあるよな」と思えることがある。
しかし、これが「生きづらい」と感じるほど深刻だったら、どうしたらよいだろう? 思考がマイナスのループにはハマったままでいるのは、苦しい。そこから抜け出す何かがほしくなる。

「愛という名の支配」(田嶋陽子・著、新潮文庫)は、「生きづらさ」を感じている女性たちのための本だ。
著者は、自身の母親との関係から、女性として生きることに「生きづらさ」を感じていた。なぜ、「生きづらさ」を感じているのか。「生きづらさ」から解放されるためには、どうしたらよいのか。
本書は、女性の「生きづらさ」の原因が社会構造の中にあることを示し、
それにどう対応したらよいかを提案している。

「生きづらさ」の原因が、自分自身ではなく、別のところにあることを知ると、気持ちはずいぶん楽になる。
原因がはっきりすると、それに対してどう向きあえばいいのか。まず、第一歩として何をするか?などと考えることができ、思考がマイナスのループから抜け出せそうだ。

本書は1992年に太郎次郎社から刊行、2005年に講談社プラスα文庫から刊行され、令和元年に新潮文庫から出されている。
女性を取り巻く環境は変わっている部分もあるけれど、そうではない部分もあるだろう。現代は、女性だけでなく、男性も「生きづらさ」を感じている時代かもしれない。
「生きづらさ」の原因、「生きづらさ」が生まれる背景について考える視点をくれる1冊。

 

Amazon「愛という名の支配」

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