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世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫) |
クリエーター情報なし | |
筑摩書房 |
「世に棲む患者」(中井久夫・著、ちくま学芸文庫)は、医師の中井久夫氏がこれまでに書いた文書や講演の記録が詰め込まれています。
精神疾患患者の治療や、医師・患者関係などをテーマにしていますが、医師向けに書かれたものだったり、一般向けの講演の記録だったり、想定した読者はさまざまです。
私は、医療の専門知識を持ち合わせていないので、正直ちょっと難しいところもあるのですが、「なるほど」と思った箇所もいくつかありました。
■社会復帰って何でしょう? 社会の中に安定して入れたらOK
一つは「社会復帰」についての指摘。
これは書籍のタイトル「世に棲む患者」に結びつくテーマです。
『私は、いわゆる“社会復帰”には、二つの面があると思う。一つは、職業の座を獲得することであるが、もう一つは“世に棲む”棲み方、根の生やし方の獲得である。
そして後者の方がより重要であり、基礎的であると私は考える。すなわち、安定して世に棲みうるライフ・スタイルの獲得が第一義的に重要である。
「働かざるもの食うべからず」と人はいうだろうか。しかし、安定して世に棲みえない―そのような座をもたない―人に働くことを求めるのは、控え目にいっても過酷であり、そして短期間しか可能でないことだろう』
病気でも、安定して「世に棲めて」さえいれば、十分に社会に復帰しているということです。働くことが難しく、実現できなくても、社会のなかにいれば、それだけで十分に社会復帰しているということです。
■「せっかく」は効きそうです
もう一つ興味を持ったのは「疾病利得」についての指摘。
精神医学では、疾病利得という考え方があり、『病気をすると、病気は不幸だけれどそれによって労働を免除されたりすることもあるわけだから、そのために病気に逃げ込んでいるところもある』
ただし、病気に逃げ込むというのは余り感心したことではないという社会通念があるので、患者は逃げ込んでいると指摘されると「逃げ込んでいない」と言ったり、「逃げ込むくせがあって、私が悪い」と責めたりして、いずれにしても実りがなく、疾病利得は正面から戦って勝ち目がないものだとのこと。
では、どうするか?というと、
中井氏は、「せっかく」という言葉をよく使うそうです。
人間は、生きやすいならば、わざわざ精神の病気などにはならない。
治ったら孤独が待っているとか、治り難くて無理のないような場合もあるわけで、それで病気になっている。
そういう認識を踏まえて、
たとえば、うつ病でとても狭い生き方をしている人には、「せっかく病気になったんだから、少し生き方を変えてみてもいいんじゃないか…」と言ってみる。
「せっかく病気になったんだから、少しはいいことをしないとね」と言ってみる。すると、患者から「治ったらこういうつらいことが待っている」と話しだすきっかけになるという。
そうして、患者さんが、生きやすいようにアドバイスしていくそうです。
病気という負、マイナスのものを、どのように受けとめてもらうかという点がポイントになっていますが、「せっかく」という言葉は、あまり良くない出来事を、その後に活かす、良い経験としてとらえる方向に視点を変更させる効果があると思いました。
「せっかく」は、病気以外でも、うまくいかないことが起こったとき、失敗したとき、などなど、いろいろ使えそうです。
「せっかく、上手くいかない経験をしたんだから…」
「せっかく、失敗したんだから…」
なんとなく、気持ちが上向きになりそうな気がしませんか?