ゆるっと読書

気ままな読書感想文

【空中ブランコ】病(やまい)から始まるドラマ

2006-07-28 00:38:09 | Weblog
「空中ブランコ」
奥田英朗・著

うつ病は「心の風邪」と聞いたことがある。
誰でもかかる可能性のある病気で、また、風邪のように治すことができるという意味だろう。

実際のうつ病を風邪のように考えてよいかどうかは分からないが、人生の折々で出会った出来事につまずき、悩んだり、苦しんだり、それが原因で体の調子を崩したりする経験は、誰でも一度や二度はあることだと思う。

この本に盛り込まれた5つの短編小説の主人公たちは、みんな病気を患っている。物語は、それぞれの「病気」を起点に進行していく。

「空中ブランコ」は、空中ブランコで飛べなくなったサーカスの団員。
「ハリネズミ」は、尖ったもの(刃物など)が怖いヤクザ。
「義父のズラ」は、義父のカツラを取ったり、人前で突拍子もないことをしたくなってしまう医師。
「ホットコーナー」は、ボールやバットのコントロールが効かなくなってしまうプロ野球選手。
「女流作家」は、作品が書けなくなり、嘔吐症を患う女流作家。

それぞれの物語は独立しているが、主人公たちが、伊良部総合病院・神経科の医師・伊良部のもとを訪れるという点だけ共通している。

伊良部は、いわば「奇人」。
治療といえば、ビタミン注射を打つこと。それ以外は、病院を飛び出して、空中ブランコに挑戦したり、ヤクザ同士の抗争の現場に立ち会ったり、プロの野球選手とキャッチボールをしたり、主人公たちに絡んでくる。

しかし、伊良部の「はちゃめちゃな行動」は、主人公たちが自身の「まともさ」に目を向けるきっかけになっている。
伊良部に関わるうち、主人公たちは、自分自身の心にある「嫉妬」や「弱さ」に気づく。そして、その気づきの後、彼らの症状は回復の兆しをみせ始める。
病が起点となる物語は、医師・伊良部の登場によって転がり、主人公自身の気づきによって「結」(ラスト)に向かうのである。

誰でも抱える心の病。
しかし、現実には、医師・伊良部は存在せず、心の病は、そう簡単に治せるものばかりではない。それが分かっているからこそ、この小説に登場する主人公たちが自分自身の姿に気づき、回復の兆しが見えてくる瞬間は、実に爽快だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ガーダ」~パレスチナの女たちの息づかい

2006-07-17 20:08:10 | Weblog
映画「ガーダ パレスチナの詩」
監督・古居みずえ

マシンガンの音が鳴り響く。
天井の上をミサイルが飛んでいる。
そんな状況の中で、女たちは、家族のための食事をつくっている。
「平和がほしい?」
「こしょうがほしいのよ」
「平和じゃなくて、こしょうがほしいんだって!」などと冗談を言って、笑ったりもしている。パレスチナの女たちの姿である。

ガーダは、23歳。学校の教員として勤めていた。
友人の結婚。
ガーダ自身の結婚。
夫の家族30人との同居生活。やがて別居し、核家族生活へ。
出産。

伝統的な結婚式を嫌い、エジプトへのハネムーンを優先させるなど、ガーダは「今時の若い人」と言われるようなパレスチナ女性である。
彼女の結婚、家族や親戚とのやりとりなどを見ていると、文化は異なるが、日本も、パレスチナも女性が直面する生活の課題に大きな違いはないのかもしれないとさえ思う。

決定的に違うのは、パレスチナはイスラエルとの対立があり、戦時下であるということだ。
13歳の従兄弟は、イスラエル軍に後ろから頭を撃たれて命を落とす。
ガーダの祖母は、イスラエル軍に故郷を追われ、家も畑も家畜もすべて失った難民である。
小麦やオレンジや家畜で農業をしていた叔父夫婦は、イスラエル軍に追われて逃げてきて、「戻れないんだ」と言う。
攻撃にあった街は、天井も壁も崩れて、瓦礫の山になっている。

映像から見て取れるのは、「これが戦争なんだ」ということ。
そして、ガーダや彼女を取り巻く人々が、その中で「生きている」ということである。

家族の世話をし、歌を歌うことで、女たちも戦っている。
パレスチナの女性たちの息づかいが伝わる映画だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする