ゆるっと読書

気ままな読書感想文

【ポトスライムの舟】不器用に生きている女性の心情

2009-09-26 00:20:04 | Weblog
ポトスライムの舟
津村 記久子
講談社

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【ポトスライムの舟】不器用に生きている女性の心情

「あの人は、きっとこうなんだろう」「あの人なら、こんなことで悩まないのだろう」などと、周囲にいる他人について勝手に想像を巡らすことは、誰にでもあることだろう。

津村記久子さんの「ポトスライムの舟」には、表題作と「十二月の窓辺」の2作品が収められている。2つの作品には繋がりはないが、主人公の思考はよく似ている。いずれも不器用に生きている20代後半の女性だ。

やりがいのある仕事をしているわけではない。これといった趣味はない。恋愛もしていない。家族や友人はいるが、どこか心を許せていない・・・。年齢的には大人だが、世の中を上手く渡って生きていけるという自信はなく、漠然とした不安を抱えている。
そんな主人公の、日々の生活のなかでの心の動きがとても細やかに描かれている。

いずれの作品の主人公も、作者自身なのだろうと思う。

「ポトスライムの舟」の主人公ナガセは、通販の化粧品製造工場で働く女性。
ある時、唐突にボートで世界一周に必要な費用163万円を貯めようと思い立つ。
強い思いがあったわけではなく、なんとなくそれにこだわり、目標として掲げたのだ。

一方で、ナガセの日常はさりげなく過ぎていく。
同世代の友人たち、一緒に暮らす母親、同僚のパートさんたちとの関わりの中で、ナガセは、いろいろなことを考えている。誰が、何を、どのように考えているかを想像し、その時々で感じ取っている。

貯金が目標金額に達する頃、ナガセの心に変化が起こる。

それは、単なる目標への達成感とは異なるものだ。
自己肯定ともいえるだろう。

女性の読者なら、「こういうことを考える瞬間ってあるよなぁ」と感じるにちがいない。

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【音のない記憶】生き方そのものが写真的

2009-09-13 00:09:38 | Weblog
音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治 (角川ソフィア文庫)
黒岩 比佐子
角川学芸出版

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【音のない記憶】生き方そのものが写真的

「生き方そのものが写真的だった」。
黒岩比佐子・著の文庫版「音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治」には、こんな帯がつけられていた。
読み終わって、この帯の言葉の意味深さを感じている。

この本は、ろうあ者で、写真家の井上孝治さんを追ったルポルタージュだ。
井上さんは、幼い頃に聴覚を失い、言葉も話せない、ろうあ者。
つまり、音のない世界を生きた。

井上さんが育った時代は、障害者に対する差別が今よりも強い時代で、学校では手話が禁止されていた。

しかし、井上家が裕福だったこともあり、孝治さんはのびのびと育ったようだ。孝治さんは、父親から、一般的には高級品だったカメラを与えられ、写真に興味を持っていく。

井上孝治さんが、写真家として注目されるようになったのは、晩年のこと。
福岡のデパートが「思い出の街」というテーマで広告を作ることになり、その広告に井上さんが撮影した写真が採用されたためだった。広告の制作担当者は、「思い出の街」というテーマに適した写真を一般募集し、さまざまな手を尽くして探していたが、思い通りの写真はなかなか見つからなかった。縁あって、井上さんの写真が見つかり、それは誰もが驚くできばえだった。

井上孝治さんの写真を見た人は、どこか懐かしい風景にであった気もちになる。

広告は、大きな反響があり、そして、「思い出の街」の写真展が開催され、写真集も出版された。

著者の黒岩さんは、井上孝治さんが亡くなった後、あらためて、井上さんの生涯を追う取材を開始したそうだ。

生前、井上さんにインタビューをした経験があったが、その時には、聴覚障害者とのコミュニケーションの難しさを感じていた。井上さんが亡くなり、生前にもう少し取材できていたらという悔しい思いがあったにちがいない。

黒岩さんは、井上さんの家族、同級生、ろう者の知人・友人、写真を通じて関わった人々などを丹念に探し、話を聞いている。写真に関する膨大な資料も探し出し、井上さんとのつながりを見つけている。

黒岩さんの労力、努力、情熱が相当なものだったことが強く感じられる本だ。

大変な作業があったからこそ、すでに故人となっている井上孝治さんの人柄や、彼がカメラを通して見ていたものを描き出すことができたのだろう。
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