夢七雑録

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もうすぐ春ですネェ

2010-03-27 18:09:44 | ショートショート

 次の連載まで、少々時間稼ぎをする必要があるため、場つなぎに、ショートショートを3回分、投稿することに致しました。何れも、つまらぬ話ゆえ、パスしていただいても構いません。 夢七。

「もうすぐ春ですネェ」
 雪だるまを作った。何故か疲れてしまったので、そのまま寝てしまった。朝になったら、だるまはカチンカチンになっていて、竹竿でぶったたいても平気な顔をしていた。お湯をかけたら顔は小さくなったが、そのくせ妙にふてぶてしくなった。蹴飛ばしたら白いアザが出来たので、一寸安心してスコップでばっさりやってしまった。それから、だるまの胴体でカマクラを作る事にした。人間が入れるサイズではないので、犬猫用の積もりだったのだが、犬も猫もいなかったので、ドントに火を付けて炬燵にする事にした。しばらくすると、ピンクの雪がチラチラ降ってきた。その雪のおかげで、カマクラもピンクになったのかと思ったが、そうではなく、カマクラの内部が燃えているだけだった。その熱で、こっちの肉体も気化して、気持ちよさそうにカマクラの上を漂っている。あらまぁ、と口に出したら、世界が広がって全てが一体となった。心地よい悟りの世界は、簡単に得られるものなのだと、その時はそう思った。

 ほんの一時の昼寝から目覚めた途端、後楽園の雪景色は素晴らしいという声が聞こえた。誰かが記憶の引き出しから顔を出して、大声をあげたらしい。他にする事もなかったので、ともかく出かけることにした。池袋で地下鉄に乗ると、珍しく席が一つ空いていた。さっさと座って前をみると、若そうな女性が一人。他には誰も居ない。赤いコートと赤いスカートという取り合わせが奇妙でもあり、魅力的にも見えた。髪は長くて、意図的かどうかはともかく、俯いた顔をすっかり隠している。眠いので、そのまま目をつぶった。暫くして目を開けると、彼女の睫だけが見えた。本を読んでいるのかとも思ったが、その割には落ち着きが無かった。白い顔に白い足、靴だけが黒かった。次に目を開けたとき、顔には睫しかなかった。地下鉄の照明が一瞬消えたせいなのだろうと思い、そのまま目を閉じた。再び眼を覚ますと、茗荷谷駅になっていた。向かいの席は空席で、下には水たまりが出来ていた。窓の外を見ると、積もっていた筈の雪は、すっかり消えていた。

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