まるでドラマみたいだけれど。
私の初恋の人は.....
この世にもういない。
深く積もる雪を見れば思い出す、色が白くて物静かな彼。
父の親友・K君の甥だった彼は、父親を早く亡くしていたこともあって、
叔父であるK君とよく行動を共にし.....
それゆえ私とも幼なじみのようによく顔を合わせていたものだった。
彼には兄と年子の弟がいて、
同じ親から生まれたはずの彼らが色黒で、見るからに丈夫そうなのに反して、
彼だけは大きな黒目がちの静かにうつむいているような。
そんな少年だった。
子供の頃に発症した白血病と闘いながら、
それでも1年遅れで学校に入学した彼は。
本当は私よりひとつ年上ではあったが、同級生となり、
休み休みながらも、学校に通い、その合間にも、K君に連れられ、
我が家にもよく遊びにきたものだった。
そして.....
あれはいくつの頃だったろうか。
私と父。
K君と彼、そしてその兄は一緒に温泉旅行へ出かけることになり。
当時K君が乗っていた自慢の車で、母の故郷近くにある、
山深い温泉へと出かけたのだった。
夜通し車を走らせて、目的地へ向かう。
車内のラジオからは、当時ヒットしていた、
山口百恵の『イミテーションゴールド』が流れ、
私たち子供は、その意味深げな歌詞を理解しないままに、
けれど少しだけ、大人のなまめかしさを感じながら、その歌を口ずさんだりした。
そして、夜が明け、周囲が雪深い田舎の景色になったとき。
父とK君は、自分達の乗っている車が道をそれて、
脇にある田んぼへと落ち込んでしまったことに気づいたのだった。
北国の厚い積雪は、道と田んぼの区別もつかなくなるほどに.....
すべてを覆い隠してしまっていたから。
途方に暮れて、そこからどう車を引き上げようかと悩む父とK君を尻目に、
私たち子供は気楽なもので、それも楽しいイベントか何かのように、
車から降りて遊び続けた。
車内にあったリンゴを雪に埋め、「冷やして食べようね」と。
.....と、思い出はここで飛び、その後、車がどうやって引き上げられたのか。
私はもう覚えていない。
その後の記憶のかけらには、温泉宿で浴衣に着替えた彼の兄が、
何事かをこちらに話しかけながら、
瓶入りのオレンジジュースを飲んでいる光景ぐらいしか残っていなくて。
旅行から帰ってしばらくすると。
父とK君が、あることから疎遠になって行ったのをきっかけに、
私と彼も言葉を交わす機会が少なくなってゆき.....
成長に伴う「照れ」もあって、互いに姿を認めても、
声をかけることさえなくなっていった。
けれど。
私の心の中では、彼は子供の頃のままに『近い存在』で。
あるとき。
ずっと彼が闘ってきた病が重くなり、入院したと聞いて、
私はお見舞いにいくことを決意した。
あれは.....中学生の頃だったか。
友人についてきてもらい、私が足を踏み入れた病室には.....
薬の副作用からか、ひどくむくんでしまった彼の顔と姿があって、
とてもショックだったのを覚えている。
「あっ!erimaちゃん♪」
そういって目を輝かせた彼の口調は、子供の頃。
一緒にリンゴを雪に埋めた時と、ちっとも変わらぬ様子で.....
意外なほどに嬉しそうだった。
そして.....
16歳で父の家を飛び出した私はその後の彼の消息を知らず。
それからずっとずっと後に、彼が20歳を少し過ぎてから、亡くなったことを知った。
あんなに頑張ったのに。
ずっと頑張ったのに。
彼はあちらの世界で、あの雪深い日のことを覚えていてくれるだろうか。
真っ白い雪に埋めたリンゴの赤を。
あのとき.....
一緒に旅行をした父ももうこの世にはなく、
風の噂では、K君も、父が亡くなったのと同時期に脳の病で倒れたと聞いた。
でも.....
私は覚えているからね。
あの日のことを、ずっとずっと。
雪が積もるたびに.....
きっと思い出すからね。
通り過ぎてゆく景色も。
誰かにとっては深い思い出なのだ。
私はそれを忘れたくない。