碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

<碓井広義の放送時評>12年間のテレビ業界を振り返って

2023年03月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

<碓井広義の放送時評>

12年間のテレビ業界を振り返って

 

2011年秋に始まったこの連載も今回が千秋楽となる。読者の皆さんに感謝しながら12年間のテレビを振り返ってみたい。

UHB「のりゆきのトークDE北海道」が終了したのは12年。自社制作を定着させ、視聴者と並走した功績は大きい。

13年は「あまちゃん」(NHK)と「半沢直樹」(TBS-HBC)の年だ。練られた脚本、熱い演技、メリハリのある演出で共通していた。

14年、NHKの籾井(もみい)勝人会長が特定秘密保護法などについて問題発言。「政府が右と言っているものを、左と言うわけにはいかない」という言葉は、権力を監視して必要な批判を行うジャーナリズムの使命の放棄だ。

15年の真打ちドラマが「下町ロケット」(TBS-HBC)。原作・池井戸潤、脚本・八津弘幸、演出・福沢克雄の「チーム半沢(直樹)」が本格ドラマに仕上げていた。

16年、国谷裕子キャスターの「クローズアップ現代」(NHK)が最終回を迎えた。「NEWS23」(TBS-HBC)の岸井成格、「報道ステーション」(テレビ朝日-HTB)の古舘伊知郎も退任。“もの言うキャスター”の不在はテレビの変容を感じさせた。

17年の倉本聰脚本「やすらぎの郷」(テレビ朝日-HTB)。テレビが冷遇してきた高齢者層に向けたドラマは一種の革命だった。

18年のドキュメンタリー「聞こえない声~アイヌ遺骨問題 もう一つの150年~」(HTB)は、現在も続く差別をアイヌの人たちの目線で描いて出色だった。

19年には「俺のスカート、どこ行った?」(日本テレビ-STV)や「きのう何食べた?」(テレビ東京-TVH)など男性同性愛者のドラマが多発。多様性社会を反映していた。

20年、新型コロナウイルスの影響で多くのドラマが放送延期や制作中断に。メインキャスター不在のニュース番組まで現れた。

21年は宮藤官九郎脚本「俺の家の話」(TBS-HBC)などのホームドラマが目立った。コロナ禍の中、大切な存在として家族が再認識されたのだ。この年、ネット広告費がマスコミ4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)の広告費総額を上回った。

22年、「ガッテン!」(NHK)や「バラエティー生活笑百科」(同)などの長寿番組が終了し、高齢視聴者の切り捨てが話題となった。

今年、テレビは放送開始70年を迎えた。メディア環境は激変したが、信頼できる報道と質の高いエンターテインメントはテレビの底力だ。楽しみながら見守っていきたい。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2023.03.04)


大河が挑む新たな家康像

2023年02月06日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

<碓井広義の放送時評>

大河が挑む新たな家康像

NHK大河ドラマ「どうする家康」がスタートして、ほぼ1カ月。松本潤が演じる徳川家康がかなり斬新だ。妻である瀬名(有村架純)の言葉を借りれば、「弱虫、泣き虫、力も心もおなかも弱い」。しかも桶狭間の戦いで、今川義元が討たれたことを知ると「もう嫌じゃあ!」と戦場から逃げ出す始末だ。こんな家康は見たことがない。

大河には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が度々登場する。「戦国三英傑」などと呼ばれるが、人気には差があるようだ。天才的な英雄としての信長。農民から天下人への出世物語が愛される秀吉。だが最終的な勝者である家康には、どこか近寄り難い印象がある。

家康は死後、神格化された。それが変わるのは明治以降で、特に影響を与えたのが大正時代の立川文庫「真田十勇士」だ。猿飛佐助や霧隠才蔵が活躍する物語での家康は最大の敵であり、陰謀の限りを尽くして豊臣家を滅ぼす「ずる賢いタヌキ親父(おやじ)」だ。日本人が持つ「判官びいき」の傾向からも外れていた。

この立川文庫以来、すっかり定着した「タヌキ親父」を覆したのが、山岡荘八の長編小説「徳川家康」(1950年に新聞連載開始、完結は67年)だ。家康の信奉者だった山岡は、戦乱の世の先の平和を望み、そのための困難を乗り越えた苦労人として家康を描き、大ベストセラーとなる。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」という有名な遺訓と共に人格者のイメージが広まった。

山岡の小説を原作にした大河が1983年の「徳川家康」だ。主演は滝田栄。後に「葵(あおい) 徳川三代」(2000年)も作られるが、家康一人を主人公としたのはこれが初めてだった。しかも原作にかなり忠実であり、優秀で真面目な戦国大名がそこにいた。

そして今回の「どうする家康」である。何より、脚本の古沢良太が描く家康がユニークだ。天下を取ろうという野心も、重荷を背負う覚悟もない。何か事あれば「どうしよう?」と焦りまくり、自らの運命に悩んだり、もがいたり、泣き出したりする心優しき青年。古沢と制作陣が目指しているのは、神でもタヌキ親父でも偉人でもない新たな家康像だ。

また主演の松本もこの難役に果敢に挑んでいる。「徳川家康」の滝田や「葵 徳川三代」の津川雅彦、さらに「功名が辻」(06年)の西田敏行や「真田丸」(16年)の内野聖陽らとも異なる、“等身大”の家康を現出させているのだ。ここからいかにして信長(岡田准一)や秀吉(ムロツヨシ)といった怪物たちを超えていくのか。見どころはそこにある。

(北海道新聞 2023.02.04)


放送開始70年  テレビの現在とこれから

2023年01月07日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

 

碓井広義の放送時評>

放送開始70年 

テレビの現在とこれから

 


日本におけるテレビの「放送元年」は1953年だ。2月1日にNHK東京テレビジョン、続いて8月28日に日本テレビ放送網が放送を開始したのだ。2023年は「放送開始70年」という記念の年に当たる。

とはいえ放送が始まったとき、NHKの受信契約数は866件に過ぎない。これは当時のテレビ受像機とほぼ同数だった。日本のテレビは、千台に満たない受像機に向けて電波を送ることからスタートしたことになる。放送時間も朝、昼、夜の短い時間に限られており、またVTRという映像記録装置も登場していないため、ドラマも含むほとんどの番組が生放送だった。

放送開始時点で最も注目すべき点は、NHKが視聴者から受信料を受け取る「有料放送」であり、日本テレビがスポンサーのCMを入れての「広告放送=無料放送」だったことだ。つまり「産業としてのテレビ」という側面においては、今日に至るまで「ビジネスモデル」が基本的に変わっていないのだ。民放に限って見た場合、テレビの出現とは、新たな「広告媒体」の登場に他ならなかったことは再認識すべきだろう。

開始から70年が過ぎた現在、テレビの状況は激変した。1995年~2000年代にかけて普及し、やがて完全にインフラ化したインターネットの影響が非常に大きい。それまでは番組を作って流すシステムの全体像はこうだった。コンテンツ=テレビ番組、受信装置=テレビ受像機、そして流通経路=電波である。

しかし、テレビ番組というコンテンツは同じでも、約30年の間に受信装置と流通経路にITが進出した。コンテンツ=テレビ番組、受信装置=テレビ・携帯電話・パソコン、流通経路=電波・ケーブルテレビ・インターネットという具合に変化してきたのだ。また受信装置の多様化によって、テレビの広告媒体としての価値を支えてきた「視聴率」も、以前と同じ尺度ではなくなっている。

2022年4月11日、在京在阪民放テレビ局10社は民放キー局などで運営する配信サイト「TVer(ティーバー)」でゴールデン帯を中心に同時配信をスタートさせた。やや遅すぎる取り組みではあるが、その意義は小さくない。現在は「ネットでも見られるテレビ」だが、やがて「電波でも見られるテレビ」といわれるようになりそうだからだ。

しかし、受信装置や流通経路がどのように変わっても、「番組」の重要性は変わらない。それどころか、むしろ高まっていく。70年を経たテレビの生命線は、現在もこれからもそこにある。

(北海道新聞 2023.01.07)


今年のドラマ界を振り返る  作り手の挑戦に拍手

2022年12月03日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

今年のドラマ界を振り返る 

作り手の挑戦に拍手

 

12月に入った。今年のドラマ界を振り返り、強く印象に残った作品を挙げてみたい。

1本目は「妻、小学生になる。」(TBS-HBC、1~3月放送)。10年前、新島圭介(堤真一)は妻の貴恵(石田ゆり子)を事故で失った。以来、圭介も娘の麻衣(蒔田彩珠)も無気力なままだ。ある日、父娘の前に見知らぬ小学生・万理華(毎田暖乃)が現れ、自分は「新島貴恵」だと主張する。実は貴恵が万理華の体を借りて一時的に現世に戻ったのだった。

この奇抜な設定は、「生きるとは何か」というテーマのためだ。人は結末の見えない有限の時間を生きている。その時間の使い方の中に生きることの意味を見いだせるのだと、このドラマは伝えていた。

次が「17才の帝国」(NHK、5~6月)である。舞台は近未来の日本。ある地域の政治を、人工知能(AI)が選んだ若者たちに託す実験が行われる。「総理」は17才の高校生、真木亜蘭(神尾楓珠)だ。彼が実現しようとする純粋な政治と、それを苦々しく思う旧来の政治家たちの対比にリアリティーがあった。物語として納得のいく決着に至らなかった感はあるが、独自の世界観を提示する意欲作だった。

3本目は以前この欄でも取り上げた「あなたのブツが、ここに」(NHK、8~9月)。主人公は小学生の娘(毎田暖乃)を育てるシングルマザーの亜子(仁村紗和)だ。キャバクラ店で働いていたが、宅配ドライバーに転身するという物語。生きることに投げやりだったヒロインが、仕事や私生活の困難を乗り越える中で、徐々に自分の人生を肯定できるようになっていく。

これまでもコロナ禍を背景として取り込んだドラマはあった。しかし、この作品はコロナ禍に揺れる社会の現実を踏まえながら、登場人物たちの「日常」を粘り強く描き、嘆かず諦めないという「思い」を丁寧にすくい上げて秀逸だった。

最後は現在放送中の「エルピス-希望、あるいは災い-」(カンテレ・フジテレビ系-UHB)だ。制作陣は1990年に起きた「足利事件」など現実の冤罪(えんざい)事件に関する文献を参考にしたと表明している。冤罪事件は警察や裁判所など公権力の大失態だが、マスコミが発表報道に終始したのであれば、結果として冤罪に加担したことになる。

自分たちにも批判の矛先が向きかねないリスクを抱えながら、テレビ局を舞台にこうしたドラマを作るのは実に挑戦的だ。このドラマは「17才の帝国」と同じ、佐野亜裕美プロデューサーが手掛けている。来年も、作り手の強い意志が感じられる作品が登場することを期待したい。

(北海道新聞 2022.12.03)


「医療ドラマ」に変化  現実を踏まえた説得力

2022年11月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

「医療ドラマ」に変化 

現実を踏まえた説得力

 

この秋の連続ドラマには複数の医療ドラマが登場している。興味深いのは、「私、失敗しないので」などと豪語するスーパードクターがいないことだ。現実が抱えるさまざまな課題も提示しながら、医療の世界を舞台にした人間ドラマになっている。

1本目は「ザ・トラベルナース」(テレビ朝日-HTB)である。トラベルナースは有期契約で仕事をするフリーランスの看護師。米国では範囲は限られているが、高度の資格を持つ看護師が医師の指示で医療行為を行うことができる。

この医療ドラマの注目点は三つある。まず世間ではあまり知られていないトラベルナースをテーマとしたことだ。次にナースとして男性看護師を設定したことである。看護師と聞けば女性を思い浮かべる人は今も多い。しかし現場では多くの男性看護師が活動しているのだ。そして三つ目のポイントが、主人公の那須田歩(岡田将生)と対比する形でベテランのトラベルナース、九鬼静(中井貴一)を置いたことだろう。

米国帰りの那須田は、医者が絶対優位の日本の現場にイラだつが、九鬼は看護師の立場を踏まえながら、巧みな言動で医者たちを自在に操っていく。そんな九鬼の信条は「医者は病気しか治せないが、ナースは人に寄り添い、人を治すことができる」。この“第二の主人公”が物語に奥行きを与えている。

もう1本、意欲作と呼べる医療ドラマが「PICU-小児集中治療室」(フジテレビ-UHB)だ。PICUは全国に約40施設ほどしかなく、今後の普及が待たれている。

ドラマの舞台は北海道。「丘珠病院」の植野元(安田顕)が率いるPICUに参加したのが、主人公の新米小児科医・志子田武四郎(吉沢亮)だ。真面目で一生懸命だが、経験と技術の不足は否めない。しかし、それだからこそ見えることも言えることもある。

少年がトラックにはねられ、救急搬送されてきた。胸の肋骨(ろっこつ)が折れて肺を損傷している。植野たちは安全策として右肺の全摘出を決めるが、武四郎は納得できない。これから長い年月を生きる子どもにとって、人生の幅が狭まると考えたからだ。結局、肺を生かす形での治療が行われることになった。

これまでの医療ドラマには、物語を盛り上げようと過度な演出を施した作品が少なくない。だが、医者も看護師も万能のヒーローではない。悩みながら迷いながら、最善の治療を目指して奮闘しているのだ。患者に寄り添う医療ドラマの出現を大いに歓迎したい。

(北海道新聞 2022.11.05)


NHK夜ドラの成果「あなたのブツが、ここに」

2022年10月02日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

 

<碓井広義の放送時評>

NHK夜ドラの成果

「あなたのブツが、ここに」

 

NHKが月~木曜午後10時45分から15分間の「夜ドラ」を開始したのは今年の4月。いわば朝の連続テレビ小説の夜版だ。この「夜の帯ドラマ」には歴史がある。昭和から平成にかけて、「銀河テレビ小説」といった名称で親しまれ、ビートたけしの少年期をドラマ化した「たけしくんハイ!」(1985年度)などのヒット作を生んだ。

今回の令和版では、インターネット配信で一気に視聴できることが大きな特徴となっている。第1弾は青春ミステリー「卒業タイムリミット」。卒業式を3日後に控えた高校で教師が誘拐され、4人の3年生が真相を探っていった。その後、「星新一の不思議な不思議な短編ドラマ」や「事件は、その周りで起きている」などが流されてきた。

そしてこの夏、8月22日から9月29日まで放送されたのが、「あなたのブツが、ここに」(全24話)である。「ブツ」とは宅配の荷物を指し、描かれたのは宅配ドライバーとして働くシングルマザーの奮闘だ。コロナ禍で追い込まれた市井の人たちの苦境と心情をリアルに描いて秀逸だった。

物語は2020年秋から始まる。主人公は小学生の一人娘(毎田暖乃)を育てる、29歳の亜子(仁村紗和)だ。大阪のキャバクラ店で働いていたがコロナ禍で収入が減り、貯金が底をついただけでなく、店自体も休業状態に。さらに給付金詐欺の被害に遭ったことで、母親(キムラ緑子)がお好み焼き店を営む兵庫県尼崎市の実家に身を寄せ、宅配ドライバーの仕事に就いた。

コロナ禍で需要が高まった宅配業界だが、決して楽な仕事ではない。膨大な量に増えた荷物。客からの容赦のないクレーム。またウイルスの媒介者のように扱われ、娘まで学校でいじめられたりした。それでも時には人の優しさを感じて泣きそうになる。

物語には感染状況の推移が織り込まれ、理不尽なものに振り回される辛(つら)さと滑稽さが浮き彫りにされていく。ある時、疲れて落ち込む亜子が、売り上げが激減してもお好み焼き店を続ける理由を母に問いかけた。「いったん休んだらな、もう立ち上がられへん気いするんよ。逆にこのまま乗り切れたら、何があっても大丈夫な気いするし」

ドラマは仁村の好演が光る。印象に残るせりふが多い脚本は、「マルモのおきて」などを手掛けてきた桜井剛のオリジナルだ。制作はNHK大阪放送局。ドラマが時代を映す鏡であることをあらためて思わせてくれた、今年の夏の大きな収穫である。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022.10.01)


広島と長崎、事実の発掘と記憶の継承

2022年09月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

<碓井広義の放送時評>

事実の発掘と記憶の継承

 

8月は平和と命について考える大切な機会だ。今年はNHKで放送された2本の原爆特集が強く印象に残った。

1本目は8月6日放送のNHKスペシャル「原爆が奪った“未来”~中学生8千人・生と死の記録~」だ。

あの日、広島の中心部で屋外作業をしていた、多くの中学生が犠牲となった。空襲による延焼を防ぐために家屋を取り壊す「建物疎開」に動員されていたのだ。その数、約8千人。

番組では学校や遺族が保存していた「死没者名簿」や「被災記録」を収集して分析を行った。生徒たちがどこで被爆し、どのように亡くなったのかを、人工知能(AI)を駆使して「可視化」したのだ。

画面の地図上で点滅する一つの光が1人の生徒だ。何が起きるのかも知らぬまま、自宅から作業現場へと向かう8千個の光。思わず「行くな!」と叫びたくなる。

当日亡くなったのは3千人以上。1カ月後には5千人を超えた。一方、九死に一生を得た生徒たちも「生き残った者の葛藤」を抱えて長い年月を生きてきた。

さらに見つかった会議の資料から、空襲の危険を理由に反対する学校側を、軍がねじ伏せるようにして動員を決めた経緯も明らかになる。戦争をする大人が子どもたちの未来を奪うことを、あらためて訴えていた。

8月13日に放送されたのが、ETV特集「“ナガサキ”の痕跡と生きて~188枚の“令和 原爆の絵”~」だ。

昨年、長崎で「原爆の絵」が募集された。たとえば86歳の女性は、防空壕(ごう)で見た光景を絵にしている。焼けただれた背中を無数のウジ虫が這いまわる男性と、それを七輪の煙で追い払おうとする女性の姿だ。

少女だった自分を見つめ返した、この女性の「悲しそうな目が忘れられない」と語る心情が痛ましい。

この「原爆の絵」の取り組みは初めてではない。だが、今回集まった絵には新たな特徴が二つあると番組は指摘する。

一つは描かれている場所が爆心地だけでなく、広範囲になったこと。生活の場や日常の中の原爆の実態を描いているのだ。

二つ目は、かつての惨状や亡くなった人たちの姿だけでなく、生き残った者たちが助け合う様子の絵が増えていることだ。時間の経過と共に、被爆者たちの思いもまた変化してきたのだ。

そして番組はこう結ばれていた。「長崎の被爆者たちが最後に伝えるのは、戦争を前にした日々の営みのもろさと尊さ。今、再び戦争の危機にある世界で、私たちに残された平和への道しるべです」

(北海道新聞 2022.09.03)


夏ドラマが描く、働く女性たちの「現在」

2022年08月09日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

夏ドラマが描く、

働く女性たちの「現在」

 

猛暑の中、夏ドラマが出そろった。傾向としては“働く女性”の活躍が目立っている。

まず、「競争の番人」(フジテレビ-UHB)では、元刑事の白熊楓(杏)が異動先の公正取引委員会で、審査官の小勝負勉(坂口健太郎)とコンビを組んでいる。地味な組織だが、企業の「ズル」を許さない役割を果たしているのが公取委だ。

自分のペースで仕事を進める小勝負に、やや振り回され気味の楓。しかし、その正義感と行動力は小勝負との組み合わせに生かされており、新機軸のサスペンスドラマを盛り上げている。複数のホテル間で行われていた、ウエディング費用のカルテルを突き崩した最初のエピソードも見応えがあった。

次は「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」(TBS-HBC)だ。石田硝子(有村架純)は弁護士の業務を助ける、東大卒のパラリーガル。高卒で弁護士資格を持つ羽根岡佳男(中村倫也)をサポートしている。

普通の人が日常生活の中でトラブルに遭遇したとき、頼りになるのが近所の町医者のような弁護士、マチベンである。2人が扱うのも、自動車販売会社での社内いじめや、小学生がゲームに多額のお金を使った騒動などだ。

しかも、出来事の奥にある社会問題に触れているのがこのドラマの特徴だ。それが企業のパワハラ問題だったり、教育格差の問題だったりする。これまでのところ硝子の活動が限定的で存在感が薄いことが残念だ。有村と中村の役柄が逆でもよかったかもしれない。

さらに、女性の“仕事ドラマ”として健闘しているのが、「魔法のリノベ」(カンテレ制作・フジテレビ系―UHB)だ。今年の春クールに放送されていた「正直不動産」(NHK)が、家という大きな買い物にまつわる具体的なエピソードを、ユーモアを交えて描いていた。同じような傾向のドラマかと思っていたが、ひと味違うものになっている。

現在の建物に新たな機能や価値を加えて、より暮らしやすくするのが「リノベーション」だ。新築に比べたら桁が違うとはいえ、住人にとっては小さくない負担となる。だからこそ会社の利益や自分の業績よりも、依頼人の思いを優先して最適の提案をする、主人公の真行寺小梅(波瑠)に好感が持てるのだ。

3本のドラマに共通する要望がある。現実社会で働く女性たちが抱えている困難を、もう少し物語に取り込んでくれないだろうか。単なる個人の問題でも、女性だけの問題でもないことを伝える必要があるからだ。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022.08.06) 


『オールドルーキー』 が描く、「第二の人生」のつくり方 

2022年07月04日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

「第二の人生」のつくり方

 

6月26日に始まった、日曜劇場「オールドルーキー」(TBS―HBC)。主人公の新町亮太郎(綾野剛)は37歳の元サッカー日本代表選手だ。J3の「ジェンマ八王子」に所属し、代表への返り咲きを目指していた。

しかし突然、チームは解散となり、思いもしなかった現役引退に追い込まれる。このドラマは、かつて“ヒーロー”だった男が“普通の人”へと転身していく物語だ。

引退したスポーツ選手と聞けば、6月まで放送されていた「未来への10カウント」(テレビ朝日―HTB)を思い出す。木村拓哉が演じたのは、世捨て人のように生きていた元ボクサーだ。高校ボクシング部のコーチとして生徒たちを鍛えるうちに、自身も生きがいを見つけ、心の再生へと向かっていった。

新町の自分探しも容易ではない。初回ではハローワークに通い、いくつかの一般的な仕事にトライしていたが、いずれも無理があった。初めて知る、世間の厳しい現実。新町の場合、その転職を阻むものの一つが、忘れられない“過去の栄光”だ。

結局、受け入れてくれたのが「スポーツマネジメント」の専門会社である。対象は現役のスポーツ選手。競技面ではトレーニング環境を整え、ビジネス面ではイベントや宣伝活動、CM契約などをフォローする。長年身を置くスポーツの世界とはいえ、新町にしてみれば表舞台から裏方への大転換だ。

現代社会は、かつてのように終身雇用が一般的だった時代とは大きく異なる。2度目、3度目の転職も珍しいことではない。その意味で、主人公が「第二の人生」を模索していくというテーマには普遍性がある。さらに新しい仕事や人間関係は、当人だけでなく家族にも影響を与えていく。本作は異色のスポーツドラマであると同時に、主人公を支える家族のドラマでもありそうだ。

主演の綾野だが、近年はハードボイルドな作品が多かった。さまざまな社会問題を背景とした事件を追う、警視庁機動捜査隊員を演じた「MIU404」(TBS―HBC)。司法の手が届かない場所にいて悪事を働く者たちを、謎の集団が罰した「アバランチ」(カンテレ・フジテレビ系―UHB)などだ。

今回、綾野は元トップアスリートならではの特性と、普通の人としての愛すべき情けなさの両方を、絶妙のバランスで演じている。それを支えているのが、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」や朝の連続テレビ小説「まんぷく」などを手掛けてきた、福田靖のオリジナル脚本だ。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022年07月02日) 


現代の神話「ちむどんどん」 ダメ兄の役割にも注目

2022年06月08日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

現代の神話「ちむどんどん」

ダメ兄の役割にも注目

 

NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」が東京・鶴見編に入った。だが、大好評とは言えない状況のようだ。特にネットではブーイングに近い意見や感想が目立つ。しかも、その矛先の多くはヒロイン・比嘉暢子(ひがのぶこ、黒島結菜)の兄、「にーにー」こと賢秀(竜星涼)の存在に向けられている。

確かに賢秀はかなりの「ダメ男」だ。真面目に働かない。暴力事件を起こす。一攫千金を狙って詐欺に引っかかる。かと思うと、自身も詐欺まがいの行為をする。さらに周囲から借金をしたまま消えるのが常で、その度に尻ぬぐいをするのは家族だ。時々、「甘やかし過ぎだろう」と文句を言いたくなる。

これまでも、朝ドラには何人ものダメ男が登場した。最近では「おちょやん」のヒロイン・千代(杉咲花)の父親、テルヲ(トータス松本)が娘を売り飛ばした。「カムカムエヴリバディ」の安子(上白石萌音)の兄、算太(濱田岳)も妹の大事な貯金を持ち逃げしている。朝ドラのダメ男たちは、ヒロインの人生を揺さぶる大きな要素なのだ。

とはいえ、賢秀のダメさ加減は度を超している。なぜか。賢秀がこの物語における「トリックスター」だからだ。トリックスターとは神話や民間伝承に登場し、トリック(詐術)を駆使する、いたずら者のことだ。愚かな失敗をして破滅することもある一方で、人間界に貢献する英雄の役割を果したりもする。

この「賢秀=トリックスター」という仮説が成り立つのは、「ちむどんどん」自体がリアルな物語というより現代の神話、一種のファンタジーに見えるためだ。

開始直後の父の死。困窮に次ぐ困窮。それでも平気な一家。元気と明るさは結構だが、高校を卒業した年齢とも思えない、子どもっぽい自信と自己主張のヒロインがそこにいる。ほぼ手ぶらで上京しても、偶然出会った沖縄県人会の会長(片岡鶴太郎)が家に泊めてくれた上に、住む場所とバイト先を紹介。さらに銀座の一流料理店への就職まで世話してくれる。これはもう十分ファンタジーだ。

このドラマ、自分勝手に見えてしまうヒロインではなく、重い歴史を背負ってきた沖縄の人たちが、そのバイタリティーと助け合い精神で、困難な時代を生き抜く姿を本当は描きたいのではないか。しかし賢秀は、これからも家族を困らせるに違いない。沖縄の日本復帰50年。トリックスターたる賢秀が全てをひっくり返し、伝説の英雄となる日を待ちたい。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2022.06.04)


学園スポーツと科学犯罪 春ドラマの注目作2本

2022年05月08日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

学園スポーツと科学犯罪

春ドラマの注目作2本

 

先月からスタートした春ドラマ。その中から注目作を挙げてみたい。選択のポイントは“新しい試み”が行われていることだ。物語でもいい、登場人物でもいい。これまでに見たことのないものとは言わないが、新機軸に挑む意欲を大事にしたい。

1本目は「未来への10カウント」(テレビ朝日-HTB)だ。最近はあまり見かけない「学園スポーツドラマ」に挑戦している。木村拓哉が演じるのは桐沢祥吾。かつては有力なボクシング選手だったが、突然辞めた後は世捨て人のように生きてきた。そんな桐沢が高校時代の恩師に頼まれ、母校のボクシング部コーチになったのだ。

以前、木村は「プライド」(フジテレビ-UHB)でアイスホッケーの選手を演じたことがある。今回リングを目指すのは生徒たちで、桐沢ではない。しかし初心者の彼らにボクシングを教えていく中で、桐沢自身も変わっていきそうだ。「いつ死んでもい」とまで口にする男が、どんな形で人生を取り戻すのか。木村が見せる、抑制の効いた渋めの演技とともに注視したい。

次は「パンドラの果実~科学犯罪捜査ファイル~」(日本テレビ-STV)である。科学犯罪とは最新科学技術を応用した犯罪のこと。しかも、このドラマでの科学は現実より一歩先を行っており、従来の捜査システムでは対応できない。そこで警視庁に新設されたのが「科学犯罪対策室」だ。警視正の小比類巻(ディーン・フジオカ)や天才科学者の最上(岸井ゆきの)などが所属している。

初回に登場したのは高性能の介護ロボットで、密室殺人の“被疑者”として取り調べを受ける。しかも「私が殺しました」と自白したのだ。一見SFの世界のようだが、そこには科学の最前線のリアルもしっかり盛り込まれている。演出を担当するのは映画「海猿-ウミザル-」などの羽住英一郎監督。堂々とした正攻法の語り口とキレのいい映像で見る側を飽きさせない。

さらに興味を引くのが、小比類巻と最上の「科学観」の相違だ。亡き妻に関してある秘密を抱えている小比類巻にとって、科学は自身を支える光だ。一方、歯止めの効かない科学の発展が人類を滅ぼしかねないことを知る最上にとって、科学は危うい闇でもある。真逆の2人が組む物語展開に注目だ。

学園スポーツと科学犯罪。題材は異なっていても、それぞれジャンルの定石を踏まえた上での「人間ドラマ」を探っている。

(北海道新聞 2022.05.07)


自分への問いかけ 生きてるうちに何がしたいか?

2022年04月02日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

自分への問いかけ 

生きてるうちに何がしたいか?

3月27日、特番「生きてるうちにしたい100のこと。-2022晩冬-」(HTB)が放送された。

出演は「水曜どうでしょう」(同)の鈴井貴之と、「イチオシ!!」(同)の司会を長年務めたヒロ福地。初共演だという彼らが、肩を並べて会いに行ったのは脚本家・倉本聰だ。現在87歳の倉本が「生きてるうちにしたいこと」とは何なのか。

倉本が挙げたのは7つだ。1つ目は、何と「プーチン暗殺をゴルゴ13に依頼すること」。しかし、漫画家のさいとう・たかをが亡くなり、果たせなかったと本気で悔しがる。

次が「北海道を1960年代の貧しいが倖(しあわ)せな哲学を持った共和国として独立させる」。原発その他、化石エネルギーの使用を禁じ、人間が本来体の中に持っているエネルギーだけで生きていける「島」に戻したいと言うのだ。

3つ目は「20~30代の愛人を2~3人持つ」。これには鈴井も福地も驚いていた。だが、「脚本は女優へのラブレター」が信条の倉本だ。まだまだ脚本を書き続けたいという意欲の表明なのである。

続いて「安楽死法案を成立させ、イヤになったらいつでも楽に死ねる国家にする」。安楽死や尊厳死について、長年考えてきた倉本。それはドラマにも反映されている。あらためて、医学の役目は患者を苦しみから救うことだと主張した。

5番目は「おふざけタレントをテレビ界から放逐する」。ある大物芸人が、長くテレビに君臨し続けることに対する異議だ。倉本は彼の俳優としての演技もあまり評価していない。その名前はピー音で消されていたが、87歳の愛すべき過激さに驚かされる。

さらに「自由に煙草(たばこ)の喫える社会に戻す」も飛び出した。何しろ倉本によれば、ドラマ「北の国から」は「46万本のマイルド・ラークと1400本のジャック・ダニエルが書かせた」のだから。

そして最後、7番目のしたいことが「時速40キロ以上のスピードを全て禁止する」だ。人は急ぐことで、たくさんのものを見失ってきた。今こそ文明とスピードの関係を検証する必要がありそうだ。

この番組、50代の鈴井と福地が、80代の倉本に敬意を込めて迫ったことで化学反応が生まれた。人生の「残り時間」とその「使い方」に関して、より切実であるはずの倉本が自由に跳ねたのだ。しかも、そこには衰えを知らぬ反骨とユーモアの精神があった。

今回の3人にならって、「これから何がしたいか?」と自分に問いかけてみる。それは悪くない時間の使い方かもしれない。

(北海道新聞 2022.04.02)


相次ぐ長寿番組の終了 視聴者切り捨ての時代

2022年03月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

相次ぐ長寿番組の終了 

視聴者切り捨ての時代

今年2月、立川志の輔が司会を務めてきた「ガッテン!」(NHK)が終了した。1995年に「ためしてガッテン」としてスタートして以来、四半世紀以上も続いた長寿番組だった。そして今月末、「バラエティー生活笑百科」(同)も37年の歴史に幕を閉じる。

民放でも昨年秋、46年続いた「パネルクイズ アタック25」(テレビ朝日-HTB)が終わり、「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」(同)も4月1日の放送が最後となる予定。こちらも27年にわたる名物番組だ。

もちろん、どんな番組も永遠に続くわけではない。様々(さまざま)な事情で終了が決まり、また新たな番組がその枠を埋めていくのはテレビの日常だと言える。ただ、今回の長寿番組終了ラッシュには共通の背景があるようなのだ。あえて厳しい表現をすれば、「中高齢視聴者の切り捨て」である。

まず、テレビ界全体で視聴者の減少が続いており、2019年にはテレビの広告費がインターネットに抜かれてしまったという現実がある。

しかも今年2月に広告会社の電通が発表した「2021年 日本の広告費」によれば、昨年のネット広告費は約2兆7000億円。ついにマスコミ4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)の広告費総額を上回った。

危機感を強めたテレビ各局は、重視すべき視聴者を年齢で絞り込んできた。日本テレビ、TBS、フジテレビは現在、49歳までを重点的なターゲットとしている。テレビ朝日は50歳以上も重視するとしているが、全体として中高齢に冷たいのが事実だ。この層は「テレビをよく見てくれるが、商品購買力は弱い」と判断したからだろう。

商業放送である民放が、生き残りの経営戦略として視聴者を限定することは止められないのかもしれない。

しかし、公共放送であるNHKがそれに追随する必要はない。きちんと受信料を支払っている中高齢向けの番組も放送する義務がある。ましてやコロナ禍で外出の機会が減った分、テレビを楽しみに暮らしている中高齢は少なくないのだ。

最近のNHKは若い世代の視聴者を増やそうとしているのか、視聴率狙いなのか、タレントに頼ったバラエティーなど民放的な作りの番組が目立つ。画面だけを見ていると区別がつかないほどだ。

しかし、長年テレビと共に歩んできた視聴者を簡単に切り捨てるのではなく、0歳から100歳までを受け入れる多様性を大事にしてほしい。それこそ本来の「NHKらしさ」ではないだろうか。

(北海道新聞 2022.03.05)


「鎌倉殿の13人」で楽しむ三谷流 歴史の見方

2022年02月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

「鎌倉殿の13人」で楽しむ

三谷流 歴史の見方

鎌倉幕府の二代目執権、北条義時を主人公とするNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。脚本を担当する三谷幸喜にとっては3回目の登板となる大河だ。

香取慎吾が近藤勇を演じた「新選組!」(2004年)の時代背景は幕末。堺雅人が真田幸村となった「真田丸」(16年)は戦国時代末期だった。

しかし、今回描かれるのは平安末期から鎌倉前期だ。戦国や幕末のように、なじみのある時代とは言えない。また源頼朝や義経はともかく、「北条義時って何者だっけ?」と思う人も少なくないはずだ。その点もこれまでの三谷作品とは異なる。

なじみの薄い時代の、よく知らない人物たち。三谷脚本はそれを逆手にとる形で想像力を発揮している。狙いは大河らしい重厚さと三谷らしいユーモアの共存だ。義時(小栗旬)をはじめとする登場人物たちが、それぞれ独特の“おかしみ”を持っている。

たとえば父の時政(坂東彌十郎)は突然再婚を宣言し、家族から真意を問われると「さみしかったんだよ~」とすねたりするのだ。

平家を憎むあまり暴走気味の兄・宗時(片岡愛之助)も、流罪人である頼朝(大泉洋)に猛アタックした姉・政子(小池栄子)も、義時にすれば危なっかしくて仕方ない。

北条家の平安を守るため、家族をなだめたり、すかしたりしながら、無理難題に対応していく義時。この優れた“調整能力”が、後の執権という地位につながるのではないか。

いわば「頼朝騒動」ともいうべき事態に巻き込まれていく主人公を、小栗が過去に出演した大河では見せなかった軽妙さで演じる。

頼朝役の大泉からも目が離せない。三谷が造形する頼朝は一筋縄ではいかない人物だ。何より本音がどこにあるのか、よく見えない。

その挙兵も自らの意思なのか、坂東武士たちから“お御輿(みこし)”として担がれた結果なのか、判然としない。穏健で優柔不断かと思うと、非道な選択も残酷さも見せる。そして何気に女好き。硬軟入り交じるキャラクターが大泉によく似合う。

歴史学者の磯田道史が井上章一との対談本『歴史のミカタ』で語ったところによれば、歴史は史実の集合体ではない。歴史の正体とは「物のミカタ」である。

過去のどの部分を、どのように見るかであり、人それぞれなのだ。しかも義時について、頼朝挙兵以前の史料は伝わっていないという。オリジナル脚本である「鎌倉殿の13人」は、三谷が面白いと思う時代と人物の見方を、笑いながら楽しむのが一番かもしれない。

(北海道新聞 2022.02.05)


無知や無関心を揺さぶる 調査報道への期待

2022年01月08日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

無知や無関心を揺さぶる

調査報道への期待

謹賀新年の「新年」という言葉の響きが心地いい。日付が変わっただけなのに、世の中も自分も新しくなったような気にさせてくれるからだ。とはいえ、実際には前年の出来事がすべて消えてしまったわけではない。中には忘れてはならないこともある。

その意味で、昨年12月29日に放送された、NHKスペシャル「検証 コロナ予算77兆円」は刺激的な1本だった。

この番組、初めから終わりまで驚きの連続だったのだ。その最たるものが、2020年度に新型コロナウイルス感染拡大を受けて組まれた国の予算、いわゆる「コロナ予算」が77兆円だったこと。

恥ずかしながら、そこまで巨額とは知らなかった。国民1人あたり約60万円だが、そんな実感もなかった。果たして、この予算はコロナ禍に苦しむ人たちに届いていたのか。番組は検証していく。

77兆円の内訳は中小企業支援に約26兆円、特別定額給付金などの生活・雇用支援に約15兆円、医療機関支援やワクチンなど感染防止に約5兆円など。そして、その内実を分析する手がかりが、各省庁が事業目的・効果・資金の経路などを公開した「行政事業レビューシート」だ。このデータをAIが解析した。

注目は、全国の自治体に配られた「地方創生臨時交付金」の4兆5千億円だ。たとえば三重県御浜町では、投じられた約5億円でグラウンド整備専用のトラクター購入や農産物直売所のシャッター設置などが行われていた。

コロナ予算はコロナ対策だけでなく、ポストコロナ対策に使うことも可能だったからだ。国の見解、自治体の意見、住民の感想を聞く限り、互いのズレや違和感は否めない。

他にも実質的な効果が疑問視される事業が並んでいたが、最も驚いたのは、全省庁に公開が義務づけられているレビューシートが、「特別定額給付金事業」に関しては存在しないという事実だ。

これでは国民1人あたり10万円、予算13兆円という巨大事業について、正当な検証や評価は不可能になる。国がそれを嫌っているとしか思えないのだ。番組のおかげで、そんな実態を知ることができた。

また、米国で行われている「EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)」、すなわち「合理的根拠に基づく政策立案」の取り組みも興味深かった。

年末年始のテレビにあふれた、大量のお笑い番組とドラマの一挙放映。一方で、自分たちが生きる社会に対する無知や無関心を揺さぶってくれる番組もありがたい。そんな調査報道に期待したくなる年の始めだ。

(北海道新聞 2022.01.08)