碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

サントリー「ほろよい」CMの古川琴音さん

2023年05月31日 | 「日経MJ」連載中のCMコラム

 

 

すてきな母娘、演じ分けも見事

サントリー ほろよい

<渚のココパイン><森のキウイサワー>

「ほろよいで話そ。」篇

 

サントリー「ほろよい」の新作CM「ほろよいで話そ。」篇は、淡いグリーンの色調が印象的なアニメーションで始まる。

遠くに海が見える、アトリエのような一室。2人の女性が差し向かいで談笑している。やがて「ほろよい」で乾杯すると映像が実写に変わり、彼女たちが古川琴音さんとCharaさんであることが分かるのだ。

何を話しているのだろう。とにかく楽しそうだ。「私たちって、時々親子」と琴音さん。そして「時々、友だち」とCharaさん。

母と娘の関係は一筋縄ではいかない。喧嘩ばかりしていても仲が悪いとは限らない。また平穏な日々の裏で対立が深まっていたりもする。でも、この母娘は大丈夫だ。

バックに流れているのは、Charaさんが1997年に発表した「やさしい気持ち」のアレンジ曲。当時、琴音さんはまだ生後6カ月だ。

そんな2人が今、画面の中で素敵な母と娘になっている。NHK大河ドラマ『どうする家康』で目を引く、怪しい巫女との演じ分けも見事な琴音さん。俳優としての進化に加速度が増している。

(日経MJ「CM裏表」2023.05.29)

 


FRIDAYで、ドラマ「注目度」ランキングについて解説

2023年05月30日 | メディアでのコメント・論評

 

 

 

「本当に視聴者が注目した」

春ドラマランキング

1位になったのは

意外すぎる”あの作品”だった!

 

4月にスタートした春ドラマもそろそろ中盤。各作品がしのぎを削る中、関係者がその上下に一喜一憂している数字が視聴率だ。

しかしこの視聴率、若い世代のテレビ離れが進む中で、必ずしも「世の中に広く支持されている」ことを表す数字ではないというのが一般的な認識だ。近年ではコア視聴率やタイムシフト視聴率というものもあるが、一般には知ることができないため、記事などで書く場合はこれまでの視聴率に加えて見逃し配信の再生回数を人気のバロメーターとして使うケースが多い。

そんな中でREVISIO㈱では実際にテレビ画面が「視られている量」を測定、視聴データを作成している。人体認識技術を搭載した調査機器を設置し、調査参加者の視聴態勢を毎秒で自動的に取得。「誰がテレビの前にいて、ちゃんと見ているか」という独自の注視データを作成しているというのだ。

つまり、従来の視聴率がどれだけたくさんの人が見ていたかをカウントするのに対して、「その人がどれだけちゃんと画面を見ていたか」という数値を計測するというのだ。同社の計測データをもとに作成した4月ドラマの初回放送における「注目度」ランキングを見てみよう。

 

23年4月クールドラマ初回放送注目度ランキング(個人全体注目度、10位まで)

 1位『らんまん』 69.0%

2位『王様に捧ぐ薬指』 67.7%

3位『ペンディングトレイン』 67.4%

4位『ラストマン』 65.7%

5位『Dr.チョコレート』 64.4%

6位『unknown』 63.6%

7位『合理的にあり得ない』 62.1%

8位『風間公親-教場0-』 61.0%

9位『特捜9 season6』 60.4%

10位『だが、情熱はある』 60.4% ち

 

なみに初回視聴率のランキングは以下のようになっている(ビデオリサーチ調べ)。

4月スタートドラマ初回視聴率ランキング(10位まで)

 1位『らんまん』 16.2%

2位『ラストマン』 14.7%

3位『風間公親-教場0-』 12.1%

4位『特捜9 season6』 9.4%

5位『合理的にあり得ない』 9.3%

6位『Dr.チョコレート』 8.6%

7位『ケイジとケンジ、時々ハンジ。』 8.4%

8位『unknown』 7.6%

8位『ペンディングトレイン』 7.6%

10位『王様に捧ぐ薬指』 7.5%

 

4月スタートのドラマということなので朝ドラ『らんまん』が1位に入っているが、朝ドラということで、ここでは別格扱いとしたい。

それにしても、この「注目度」でも視聴率でもダントツの1位ということで、あらためて朝ドラの偉大さを確認した形だ。 『らんまん』以外でベスト3となる3作品は1位『王様に捧ぐ薬指』、2位『ペンディングトレイン』、3位『ラストマン』となる。

視聴率でのベスト3は、1位『ラストマン』、2位『教場0』、3位『特捜9』なので、かなり顔ぶれが違う点が興味深い。ちなみにあくまでこれは初回に限ったもの。

この「注目度」ランキングと視聴率でのランキングの違いから何が見えてくるのかをメディア文化評論家の碓井広義氏に分析してもらった。

「視聴率は見た人の数を、この注目度は見てみた人がどう見たのかということですよね。ベースが違うので単純に比較することはできないんだけど、見方としては面白いと思います。それにしても『王様に捧ぐ薬指』が、いきなりトップというのには驚きました」

なぜ碓井氏が驚いたかというと、『王様に…』に続く4作品に関しては「注目度」が高い理由が推測できるからだという。

「『ペンディングトレイン』、『ラストマン』、『Dr.チョコレート』、『unknown』の4つは、電車が乗客ごと異世界に飛ばされてしまったり、捜査官が全盲だったりと、今までに見たことがない、もしくは今までの作品とは少し違うぞ、という新規性が非常に強い作品なんです。そしてポイントはこのランキングが初回放送回のものだということ。これらの新規性の強い作品がどんなドラマなのか視聴者は分かっておらず、次回も観るべきかどうか判断できない状態なのです。まずはどんなドラマなのか理解したいという気持ちが、この注目度に表れているのだと思います」

従ってそういった新規性が少ないと思われる『王様に…』がトップに来ているのが意外なのだと言う。

確かに同作品は橋本環奈演じる貧乏女子と山田涼介の御曹司が繰り広げるラブストーリーで、定番のラブコメといったテイストの作品。新規性は薄い。

「この作品は視聴率では10位でかつ注目度が高いということは、決して幅広くない層、つまり〝お好きな方たちがしっかり観ている〟ということなんですね。出演者の山田涼介さん、橋本環奈さんのビジュアルも素晴らしいですし、そのキラキラした世界に浸りたい人たちがじっくりと観ているのではないでしょうか」

また、『教場0』『特捜9』『ケイジとケンジ』などの刑事物ドラマは視聴率は良いものの、注目度でいうと軒並み低い結果となっている。

「『特捜9』と『ケイジとケンジ』はシリーズものです。これらの作品の視聴率の高さを支えているのは、以前から観ている人たち。ある程度パターンが分かっているから、途中でトイレに行くぐらいは大丈夫なんです。これらの作品の視聴者は自分の予測を大きく外れることのない、いつもの世界、いつものパターンを楽しみたいんです。いわば視聴者は身内でその世界を楽しむうえではじっと画面に集中していなくてもいいんですよ。『教場0』の場合は最初に犯人がわかる倒叙ミステリーということで、視聴者も少しひいて観ることができるということなのかもしれません」

碓井氏によると、視聴率と注目度を見ることで作品ごとの制作側の姿勢も見えてくるのだという。

「テレビ全体の視聴率が下がっていて、昔のように数字が取れなくなっている状況で、お客さんのニーズを大事にしているのが『特捜9』であって、お客がついてこれないような展開にはしないわけです。逆に『ペンディングトレイン』などの新規性の強い作品は新たなニーズを作り出そうというチャレンジをしているんです。そういう作り手の姿勢もちょっと見えますよね」

注目度ランキングが示すものは、必ずしも注目されているから面白い、という単純な話でもないようだ。だが、この「注目度」は視聴率とはまた違った視点での指標になりうるのかもしれない。

(FRIDAYデジタル 2023.05.29)

 


【気まぐれ写真館】 雨の駒沢公園

2023年05月29日 | 気まぐれ写真館

2023.05.29


【旧書回想】  2021年12月後期の書評から 

2023年05月28日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202112月後期の書評から

 

 

馬場啓一『池波正太郎が通った[店] 増補改訂版』

いそっぷ社 1760円

没後30年を超える作家、池波正太郎。だが小説はもちろん、食にまつわる文章も長く読み継がれている。銀座「煉瓦亭」のカツレツ。天ぷらは山の上ホテル「てんぷら近藤」。とんかつは目黒「とんき」。そして蕎麦なら神田「まつや」や上田の「刀屋」。本書は池波が愛した店と味をめぐるエッセイ集だ。帯に「散歩のおりの必携書」とあるが、食を軸とした「池波ワールド」入門書と言っていい。(2021.11.30発行)

 

中部 博『プカプカ 西岡恭蔵伝』

小学館 1980円

歌い出しは「俺のあん娘はタバコが好きで~」。西岡恭蔵の『プカプカ』が誕生して半世紀となる。本書は初の本格評伝だ。『プカプカ』のモデルとなった伝説のジャズシンガー、安田南のエピソードはもちろん、西岡を介して知る70~80年代の音楽シーンが興味深い。さらに作詞家の妻と旅をして、歌をつくり、子どもを育てた西岡。その妻を病気で亡くした2年後、自身も50歳で世を去っている。(2021.11.09発行)

 

内田 樹『戦後民主主義に僕から一票』

SB新書 990円

緊急事態宣言の延長と解除。東京五輪の開催。そして政権交代も行われた2021年。だが、気分はどこか前年と地続きのままだった。不安定さが日常化した、奇妙な安定社会。その実相を知りたい人に最適な一冊である。論じられるのは日本社会全体の「株式会社化」であり、「日本はアメリカの属国であり、主権国家ではない」という事実だ。まずは現実を正しく認識することが、新たな年のスタートとなる。(2021.11.15発行)

 

中山信如:編著『古本屋的! 東京古本屋大全』

本の雑誌社 2970円

編著者は東京荒川区で映画専門の古書店を営む。古書業界の妖しくも魅力的な実態と、そこに生息する人たちの素顔と本音を活写したのが本書だ。名物店主列伝「記憶に残る古本屋」。即売会からネット販売までが分かる「古本屋考現学」。古書好きが知りたい、仕入れと値付けの話も登場する。全編に漂うのは「だから古本屋はやめられない」という静かな熱狂だ。ところで、古書と古本の違いは何?(2021.11.30発行)

 


【旧書回想】  2021年12月前期の書評から 

2023年05月27日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202112月前期の書評から

 

堀文子、中島良成『人生の達人・堀文子の生き方』

中央公論新社 1650円

2019年に100歳で没した画家、堀文子。作品は勿論、生き方自体が多くの人を引きつけた。本書は画商であり記念館理事である中島が、堀の軌跡と語録をまとめたものだ。自らの信念に生きた人ならではの言葉に触れることが出来る。「無慾脱俗を忘れず、何物にも執着せず」を信条に、「群れない、慣れない、頼らない」を実践し、「プロが震えるアマチュアでいたい」という姿勢を見事に貫いた。(2021.11.25発行)

 

田中淳夫『虚構の森』

新泉社 2200円

森林ジャーナリストが「森を巡る常識」の危うさを明かす。たとえば、森林は二酸化炭素を吸収して酸素を放出する。山崩れを防ぐ力を持つ。人工林は自然林より生物多様性が低い。いずれも自明と思われているが、科学的事実とはズレがあるのだ。環境問題におけるステロタイプな常識は、本当の問題点を覆い隠すと著者。SDGs(持続可能な開発目標)の「推進」だけでは地球を救えないことも知る。(2021.11.30発行)

 

尾形敏朗『小津安二郎 晩秋の味』

河出書房新社 2475円

かつて著者は『巨人と少年―黒澤明の女性たち』で、描かれた女性を梃子に独自の解読を行った。本書では戦後から晩年にかけての小津安二郎に迫っている。『晩春』『麦秋』『東京物語』で原節子が演じた、3人の「紀子」の意味。『東京暮色』で起きた、脚本家・野田高梧との対立。そして遺作となった『秋刀魚の味』に込めたもの。戦場での体験と山中貞雄監督の喪失が小津に何を刻んだのか。(2021.11.30発行)

 

小野正嗣『歓待する文学』

NHK出版 2000円

「自分のために書かれた」と感じる本がある。それは本が受け入れてくれた、つまり「歓待」しているのだと芥川賞作家の著者。ここでは自身が歓待された本を語っていく。「取り繕えない人たち」の物語として読む、小川洋子『ことり』。「信頼できない語り手」に幻惑される、カズオ・イシグロ『浮世の画家』など内外の10数作品だ。旅人として本に出会い、友としてもてなされる幸せがある。(2021.11.25発行)

 

伊藤比呂美『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』

朝日新聞出版 1980円

詩人である著者は長年、両親の遠距離介護を続けてきた。2人を送った後の感慨が「いつか死ぬ、それまで生きる」。本書は、信心はないが影響を受けたという、約20の「お経」の現代語訳だ。『般若心経』は「知れ、さあ知れ、いま知れ」と智慧の完成を讃えている。『阿弥陀経』は「おまえはどうおもうかね?」と問いつつ浄土を語っていく。いずれも著者の現代詩を読むような新鮮な味わいだ。(2021.11.30発行)


言葉の備忘録335 この世の中は・・・

2023年05月26日 | 言葉の備忘録

 

 

 

 

この世の中は

繊細さの欠片(かけら)もない所だよ。

でも、

ごくたまに

君をわかってくれる人はいる。

わかってくれるような

気がするものを

見ることもある。

 

 

映画『ハケンアニメ!』

 

 

 


【気まぐれ写真館】 「五月晴れ」の一日

2023年05月25日 | 気まぐれ写真館

2023.05.24


日曜劇場 「ラストマン―全盲の捜査官―」 全体として楽しんで見られるが、 多少の難点はある

2023年05月24日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

日曜劇場

「ラストマン―全盲の捜査官―」

全体として楽しんで見られるが、

多少の難点はある

 

福山雅治の福山雅治による福山雅治のためのドラマ。それが日曜劇場「ラストマン―全盲の捜査官―」(TBS系)だ。

主人公の皆美広見(福山)はFBI特別捜査官。全盲であるにも関わらず、必ず事件を終わらせるという意味で「ラストマン」と呼ばれている。

いや、それだけではない。知的でハンサム。能力を誇ったり、威張ったりしない。誰に対しても優しく接するジェントルマンだ。そんな人物、福山にしか演じられない。

このドラマが巧みだったのは、警部補の護道心太朗(大泉洋)をバディとして置いたことだろう。

今や国民的「可愛がられキャラ」となった大泉。自然なおかしみを漂わせる彼の存在が、「ザ・福山」的演技に漂う圧迫感を緩和しているのだ。

また、同じ福山が主演する「ガリレオ」シリーズ(フジテレビ系)の物理学者、湯川学との差別化も上手に行われている。

いい意味で唯我独尊の湯川と比べ、皆美は他者の力を積極的に借りるし、感謝もする男だ。全体として楽しんで見られる作品になっている。

ただし、多少の難点はある。嗅覚や聴覚が非常に優れ、またハイテク装置で視力を補う皆美に、全盲であることのハンディが感じられなさ過ぎる。

実際の全盲の方たちが、「安易に利用しているだけではないか」と感じてもおかしくないのだ。今後の修正点の一つとして挙げておきたい。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2023.05.23)


言葉の備忘録334 世間を・・・

2023年05月22日 | 言葉の備忘録

 

 

 

「世間を裁判官としない」

伊藤野枝の夫だった

辻潤をめぐる記述に出てくるが、

瀬戸内さんをも見事に表現していると思う。

 

 

齋藤愼爾『寂聴伝~良夜玲瓏』

 

 


【気まぐれ写真館】 日曜日の駒沢公園

2023年05月21日 | 気まぐれ写真館

2023.05.21

 

 


『グレースの履歴』は秀逸な「大人のドラマ」、総合テレビでの一挙再放送を!

2023年05月20日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『グレースの履歴』は

秀逸な「大人のドラマ」、

総合テレビでの一挙再放送を!

 

今年3月から5月にかけて、秀逸な〝大人のドラマ〟がありました。

NHK・BSプレミアムとBS4Kで放送された、プレミアムドラマ『グレースの履歴』(全8話)です。

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)。

子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界しました。

家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけです。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かけました。

ところが旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまうのです。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられます。

呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800(エスハチ)だけでした

ある日、希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示されました。

日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになります。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは自分の知らない男性の存在です。

運転免許を持たなかった希久夫は、教習所に通って何とか取得。履歴に記された街に向かってグレースを走らせます。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いでした。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわばロードムービーです。

うっとりするほどセクシーな赤のエスハチ。「グレース」という名をめぐるエピソードも嬉しくなります。

古いクルマでの移動だからこそ味わえる、日本の風景。そして、歴史のある街に暮らす、かけがえのない人たち。

画面の中に流れているのは、とてもゆったりとした時間です。見ているうちに、主人公と同じ空気を吸っている気分になりました。

また、このドラマのテーマは〝再生の旅〟です。

そこには人生の苦みや痛みもありますが、まさに再び生きるための旅であり、出会いなのです。

しかも、主人公だけの再生の物語ではありません。

それを深みのある美しい映像と、絞り込んだセリフで構成することによって成立させています。

滝藤賢一さん、尾野真千子さんの静かな演技が印象に残ります。まさに、大人のドラマでした。

誰かを大切に思うこと。誰かと共に生きること。その意味を深く考えさせてくれる1本でした。

原作・脚本・演出は、源孝志さん。

『スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディ』(NHK・BSプレミアム、2019年)と『令和元年版 怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear』(同)で、第70回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しています。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つの「ジャンル」だと言っていいでしょう。

『グレースの履歴』が、より多くの人の目に触れる「総合テレビ」で、一挙再放送されることを熱望しつつ、次回作を待ちたいと思います。


【旧書回想】  2021年11月後期の書評から 

2023年05月19日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202111月後期の書評から

 

関川夏央『人間晩年図巻2000-03年』

岩波書店 2090円

2000年から11年までに亡くなった人物にスポットを当て、その人物像と仕事を掘り下げていく。本書は全3巻の第1弾。東西の物故者20人が並んでいる。『人間臨終図鑑』で923人の死を見つめた作家、山田風太郎。映画『サンセット大通り』の監督、ビリー・ワイルダー。中野翠が「ある教養の死」と悼んだ落語家、古今亭志ん朝もいる。彼らと同じ時代を生きた僥倖をあらためて実感する。(2021.10.28発行)

 

泉 麻人『泉麻人自選 黄金の1980年代コラム』

三賢社 2420円

著者が「泉麻人」の名でコラムを書きはじめたのは70年代末だ。「スタジオ・ボイス」や「ポパイ」などに続き、80年代半ばには週刊文春で「ナウのしくみ」が始まる。本書は80年代の膨大な原稿から選んだ、157本のコラムで構成されている。テーマはテクノ、松田聖子、ニューメディア、おニャン子クラブ、キャバクラなど多彩。秀逸な目のつけ所とリアルな臨場感が楽しめる、読むタイムカプセルだ。(2021.10.30発行)

 

竹内オサム

『手塚治虫は「ジャングル大帝」にどんな思いを込めたのか

~「ストーリーマンガ」の展開』

ミネルヴァ書房 3850円

「ジャングル大帝」は手塚治虫の代表作の一つ。白いライオン、レオの成長と挫折の物語だ。マンガ研究の第一人者である著者はこの作品を徹底分析し、手塚が試みた実験の本質に迫る。注目すべきは「描き変え」の痕跡だろう。手直しを重ねることで悲劇性や思想性をより深めていったからだ。現在、当たり前のものとしてあるストーリーマンガ。その創造過程の探究であり、先駆者の格闘の記録である。(2021.10.30発行)

 

佐藤 優『ドストエフスキーの預言』

文藝春秋 3080円

今年、生誕200年を迎えたドストエフスキー。書名にある預言は予言とは異なる。予言は将来を予測して述べることだが、預言は神からあずかった言葉だ。ドストエフスキーの預言とは「未曽有の危機」が生む混乱をめぐるものだった。本書では『カラマーゾフの兄弟』の大審問官伝説も、『罪と罰』の主人公の精神的転換も、これまでとは別の相貌を帯びてくる。特に神と人の関係がスリリングだ。(2021.11.10発行)

 

石戸 論『視えない線を歩く』

講談社 1650円

10年前の大震災を、昨年からのコロナ禍という「未来」の先取りと捉え、独自の検証を行ったのが本書だ。原発事故の後に起きた、科学を懐疑的にとらえる人々の台頭。それがどれだけの分断を生んだか。著者は現在の被災地を歩くことで、「正義」とは何か、取り戻すべき「日常」とは何かを考える。それは極めてリアルタイムな問いであり、「危機は、人間をあらわにする」の指摘が重く鋭い。(2021.11.12発行)

 


〝大人のドラマ〟の傑作「グレースの履歴」

2023年05月19日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

〝大人のドラマ〟の傑作

 

3月から5月にかけて、見事な〝大人のドラマ〟を堪能した。NHK・BSプレミアムとBS4Kで放送された「グレースの履歴」(全8話)だ。

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)。子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界した。家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけだ。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かける。ところが旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまう。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられる。呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800だけだった。

希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示される。日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになる。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは男の存在だった。履歴に記された街に向かってグレースを走らせる希久夫。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いだった。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわばロードムービーだ。古いクルマでの移動だからこそ味わえる、美しい日本の風景。歴史のある街に暮らす、かけがいのない人たち。画面の中には、ゆったりとした時間が流れている。

また、このドラマのテーマは〝再生の旅〟である。そこには人生の苦みや痛みもあるが、まさに再び生きるための旅であり、出会いである。

しかも主人公だけの再生の物語ではない。それを深みのある映像と、絞り込んだセリフで構成することで成立させている。

原作・脚本・演出は源孝志。本作同様、脚本・演出を手掛けた新感覚チャンバラドラマ「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所物語」(NHK・BSプレミアム、2019年)などの秀作がある。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つのジャンルだ。「グレースの履歴」の一挙再放送を熱望しつつ、次回作を待ちたい。

(しんぶん赤旗「波動」2023.05.18)

 


NHK土曜ドラマ 「正義の天秤 season2 」今や亀梨和也の代表作

2023年05月18日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

NHK土曜ドラマ

「正義の天秤 season2 」

今や亀梨の代表作と言っていい

 

元外科医の異色弁護士、鷹野和也(亀梨和也)の再登場だ。NHK土曜ドラマ「正義の天秤season2 」である。

鷹野は恩人の佐伯弁護士(中村雅俊)が急死した事務所に助っ人として入った。呼んだのは佐伯の娘で弁護士の芽依(奈緒)だ。

第2話では人気俳優・泉(矢野聖人)の覚せい剤所持事件が扱われた。

泉は「警察にハメられた」と主張するが、薬物常習者であることも分かっている。そんな泉を弁護することに悩む芽依。彼を逮捕した山本警部補(田中要次)に過剰捜査の有無を確認するが、山本は自殺してしまう。

超自信家で傲岸不遜な鷹野。今回も芽依はポンコツ扱いだ。「弁護士なら感じるな、考えろ!」とブルース・リーの逆を説く。

そして法廷では、山本を助けようと違法捜査に手を出した女性警察官に向って、「正義と関わる者は、何が正しくて何が間違っているのか、わからなくなることがある。そんな時、大事なことは徹底的に悩むことだ」と語りかける。

違法捜査による証拠は効力を持たない。幹や根に毒があれば、果実も有毒と見なされる。それが「毒樹の果実」だ。無罪となった泉だが、後に薬物で再び逮捕された。

亀梨は、感情を表に出さない鷹野の内面まで丁寧な演技で表現している。だからこそ、法廷での逆転劇に強いカタルシスが生まれるのだ。今や亀梨の代表作と言っていい。

(日刊ゲンダイ 2023.05.17)


【旧書回想】  2021年11月中期の書評から 

2023年05月17日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202111月中期の書評から

 

 

正津 勉『つげ義春「無能の人」考』

作品社 2420円

昨年の『つげ義春 「ガロ」時代』の続編と言っていい。「ねじ式」「ゲンセンカン主人」などの後、孤高の漫画家はいかに歩んだのか。全作品を徹底的に読み込み、その私生活も含めて自由に解読していく。「夢の散歩」や「石を売る」、そして「無能の人」。まるで著者がこれらを描いたのではないかと思うほどの没入ぶりだ。見えてくるのは、「はっきりと覚悟してたじろがない作家」の姿である。(2021.10.25発行)

 

逢坂 剛『ご機嫌剛爺~人生は、面白く楽しく!』

集英社 1430円

回想記である本書を「自慢話以外の何ものでもない」と著者。この大らかさが元気の秘訣かもしれない。高校時代は西部劇にハマり、大学時代はハメットの手法で習作に挑む。つまり青春時代に好きだったことをずっと続けているのだ。進学も就職も思い通りにいかなかった自分を「第三志望の男」だと笑う。そのうえで常に「現在」を面白がり、人生を肯定する姿勢を貫いている。心強い先達だ。(2021.10.30発行)

 

松竹伸幸『「異論の共存」戦略~分断を対話で乗り越える』

晶文社 1870円

ジャーリストで編集者の著者は「疑いもなく左翼に属している」ことを認める。ただし従来型の「左翼」とは異なる左翼だ。自衛隊と憲法第9条の共存を目指し、左右が一致できる「防衛政策」を探っていく。また「歴史認識」でも、左右が互いの違いを認めつつ対話する仕組みを模索する。その方向性は拉致問題や福島の問題でも変わらない。常識を見直し、新たな発想で生み出す提案が刺激的だ。(2021.10.30発行)

 

森まゆみ『聖子~新宿の文壇BAR「風紋」の女主人』

亜紀書房 1980円

林聖子は有名な文壇バーの名物ママ。しかもアナキスト大杉栄の肖像画などで知られる画家、林倭衛(はやし しずえ)の娘だ。著者は倭衛の足跡を追って欧州まで取材に出向く。この戦前篇がすこぶる興味深い。また太宰治に可愛がられ、戦後の新潮社や筑摩書房で働いていた聖子はなぜバーを開いたのか。本人が明かす秘話はどれも貴重だ。檀一雄が『火宅の人』の女優、入江杏子と別れ話をしたのも彼女の店だった。(2021.11.01発行)

 

田家秀樹『風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年』

角川書店 2860円

60年代末、松本隆は細野晴臣たちと後の「はっぴいえんど」を結成する。初めて日本語でロックを歌った伝説のバンドだ。やがて74年にアグネス・チャン『ポケットいっぱいの秘密』の作詞で周囲を驚かせ、翌年の太田裕美『木綿のハンカチーフ』で注目を集めた。本書は豊富なインタビューなどによって、半世紀におよぶ松本の軌跡に迫ったものだ。彼はなぜ「史上最強の作詞家」となったのか。(2021.10.27発行)