電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

高橋義夫『狼奉行』を読む

2011年12月13日 06時02分57秒 | 読書
文藝春秋社刊の単行本で、高橋義夫著『狼奉行』を読みました。平成3年(1991)、第106回の直木賞受賞作品だそうです。

主人公、祝靱負(ゆきえ)は、羽州上山藩の主君、山城守信亨の側近である中村新左衛門に将来を嘱望され、栄達の道を歩むはずでした。ところが、秋の役替えで実際に発令されたのは、上山から十里余も離れた飛び地の山奥の木戸番勤めでした。雪の山道を歩いて着任した祝靱負は、郡奉行支配の山代官出役として、黒森館で生活を始めます。賄賂は許さない、酒の接待なども要求しないという堅物さは、逆に村人には好感を持たれたようです。

ところが、実家に残してきた華奢で幼い妻が自害したこと、主君の側近であった中村新左衛門が幽閉され、関わりの合った者たちが蟄居閉門など迫害されているらしいことなどが伝えられます。そうしているうちにも、かつての朋輩二名が、ともに江戸へ出て直訴しようと誘いにやってきますが、館の地侍である十兵衛やマタギの勘のう等により阻止され、かろうじて藩の内紛に伴う難を逃れます。

自己嫌悪と絶望から、すっかり無気力に陥った靱負の身のまわりを世話するために、みつという娘が館にやって来ます。勘のうの娘として育ったみつは、物怖じせずはっきりとものを言い、生命力あふれるタイプです。しだいに気力を取り戻し、戦国時代から伝わる十兵衛の棒術を、雪の中で習得するうちに、靱負は再起します。今度は、佐藤三郎助という男の罠にも嵌らず、うまく逃れたかに見えました。

そこへ、狼の狂犬病が流行し始め、野生動物だけでなく、家畜や人間にも被害が出始めます。森の動物がみな死に絶えることを恐れる勘のう等のマタギたちと力を合わせ、村人も動員して、大規模な追い落としによる狼狩りが展開され、見事に成功します。

ところが、みつと結ばれた靱負が山中の館でじっと生活を続けるうちに藩の内紛が再燃し、木戸を破ろうとした若者を逃した罪で、佐藤三郎助が与力を連れて靱負を捕えに来ます。しかし、十兵衛とともにこれを倒します。これで、藩命に背くものとなってしまいますが、みつの一言:

「勘のうのところへ行こうよ。勘のうに頼めば、山奥のどこでだって生きて行ける」

が行く道を照らします。



かつて、月山の南東に位置する西川町で生活したことがある著者らしく、豪雪の中の暮らしの描写はかなり的確です。厳しい自然の中で生きる姿と、内紛・政争の中で生きる厳しさとが対比され、野性の生命力が肯定されます。本作品の読後感は、好ましいものでした。

本書は、ほかに「東洋暗殺」と「厦門心中」の二篇を収めていて、文庫版とは一部構成が異なるようです。表題作「狼奉行」とは異なるジャンルの小編ですが、どちらも印象的です。

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