雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

日本一美しいまちをめざして(2006年、自分史)  

2012-02-24 06:55:12 | 自分史

★昨日に続いて2006年73歳の自分史である。

6年前のことだからこのころのことになると日記を頼らずともよく覚えている。

この年三木に新しいし薮本吉秀市長が生まれた。

三木に住んで35年を越えてはいたが、それまでは三木市の行政など一切関心なく、三木市はまさにベッドタウンで夜寝るために戻ってくる町であった。

ずっと市長の名前すら知らなかったし、新しい市長に投票したわけでもない。市長選挙も市会議員選挙も行ったことがなかった。

4月に三木市の広報に新市長の方針が載っていて、

1.健全財政

2.市民参画

3.ビジョン、三木のイメージ向上

の3つが示されていたのである。

 

健全財政や、流行の市民参画などどこの市でも言うことだから何の関心もなかったのだが、

3番目の『三木市のイメージの向上』に大いに興味、関心を持ったのである。

 

★『イメージの向上』は私自身現役で『二輪車のイメージ向上』に何十年も取り組んできたテーマなのである。

『イメージ向上』は数値目標などの『出来た』と言える簡単な課題ではなくて、自分では評価することの出来ない『他人の評価』なのである。

そんな難しい課題を目標に上げる市長はよほど自信があるのか、真面目なのか?

大体日本のトップは『出来た』と言うことのできない理念やイメージなど目標に上げる人は少なくて、『出来た』と言うことが出来る『数値目標』などが好きなのである。

 

特に『イメージ向上』については、自分なりに積み上げてきたノウハウもあるし、

新市長さんがそんな高次元の目標を掲げるのなら、お手伝いをしようかと思って、4月の半ばに市長メールを差し上げたのである。

丁寧なご返事を頂いて、5月に入って、『イメージ向上』と言うには、『あまりにも三木市のホームページはお粗末である』という市長メールを送ったのである。

そのメールにも具体的な反応があって、これは続くなと思ったので、3通目からはNO.3とNOを付してお送りしたのである。

 

その後、いろんな経緯はあったが、市長メールはNO.150を越えたのだが、途中から薮本さんでは『実現不可能』と諦めてしまったのである。

7月の初めまでにNO.40にもなったのだが、だんだんと解ってくると、これではダメだなと思ったので、

その理由を書いて、実現の可能性もないので、『もうやめる』と書いたのである。

 

★それに対して、薮本市長直々のメールが来て、

平成18年7月31日の庁内会議で、

『私の市長メール』に絞っての真剣な討議がなされたのである。

これがその議事録である。 どれだけ熱心であったかお解り頂けると思う

その議事録にはこのように書かれて、会議が進行しているのである。

 明日から8月。薮本市長が就任して、6か月が経ち、この庁内会議も軌道に乗ってきました。
またこの間、市民の皆様からは、タウンミーティングや市長デスク、市長メールで市政の改善に関する数多くのご意見や叱咤激励をいただきました。
そこで、薮本市政の6か月を振り返り、これからの市政の運営に当っての夢・ビジョンづくり、トップマネジメント層の責務について協議をしました。

市長就任に際し、「①財政改革、②市民参画、③夢・ビジョンづくり」の3つの大きな目標を掲げて市政を進めてきました。
・・・・・・・・・・夢・ビジョンを市民の皆様にお示しし、これを共有していくことは、とても難しいことですが、・・・・・・・・・・・・
ホームページをリニューアルしていきます。市政情報をお伝えするもう一つの手段としてホームページがありますが、・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・

市長メールには貴重な提言をいただいています。その中で、ある市民の方から、ここ3か月に44件の市長メールをいただきました。中立公平な視点で、民間の経営感覚をもとに、建設的で斬新な提言をいただいております。・・・・・・・・・・・・

 

★このような会議が開催されたので、『気を取り直して』もう一度提言を続けることにしたのである。

この会議で決まったのが、

『日本一美しいまちをめざす 』という基本コンセプトなのである。

このフレーズも、私の提言の中に入っている。

これは私が発案したのではなくて当時薮本市長が言われていたのは、

『旧いまち、新しいまち、や合併した吉川町との調和、旧い伝統と新しい発想との調和』などを言われていたので、

『美しい』と言う日本語の意味にある『調和』から、心の問題、人の生きる姿勢、『美しい行政』を目指して、

更には、兵庫県のスローガンは『美しい兵庫』を何年も掲げてきているので、県庁から来られた薮本さんの目指す方向としてはいいと思って提言したのである。

 

殆どの方が、よく間違われるのは、『美しい』という言葉と『綺麗』を一緒にしてしまうことである。

『美しい』は『綺麗』=美観などとは全く異なる、人の心、生き方の態度の問題なのだと思っている。

 

★そんな経緯もあって、

この年の9月にブログをスタートした時、一番最初に書いたブログが『美しい』と題した4行のブログからスタートしているのである。

 

あれから6年の月日が流れて、

三木市長の薮本さんとは、今は完全に離れてしまっている。

あの頃の、薮本さんはどこに行ってしまわれたのか?

『美しくない行政』には、私はどうしてもついていけないのである。

 

昨日、いつもこのブログを読んで頂いている、『ぼっけもんの修さん』から、

Facebookでも、こちらのブログのコメントにも、

藤田 修司 おはようございます。バンコクからコメントしています。
行政にたよらずに三木のイメージ向上の取り組みをぶれずに進められてますね。その効果が少しずつ出てきているのではないでしょうか。そう感じます。
三木というエリアというか空間の質の高さが受け止められてきたのではと思います。
 
こんなコメントを頂いた。
 
 
『日本一美しいまちをめざして』
『三木のイメージの向上をめざして』
 
今でも、仲間たちと頑張っているのである。
そんなスタートの年の2006年だったのである。
 
 
コメント
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