雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

55年前の旧い話の全貌が 今頃解る不思議

2020-01-21 07:37:45 | 発想$感想

★ 私は毎日8時間もパソコンの前にいることが多いのだが、
昨今のネットの中の記事をちゃんと読むと、いろんな情報がそこには入っていて、いろんなことが解るものである。

ごく最近、『カワサキが初めて鈴鹿を走った日』というカワサキのロードレースのスタートとなったレースのことを以下のブログにアップした。


その仕掛け人の一人が私であったことは間違いないのだが、まだ会社からはロードレースの出場などの許可は貰っていない『会社には内緒のレース』だったこともあって、いろんな人が関わったのは事実だが、それが誰だったのかはよく解ってはいなかったのである。
鈴鹿のモトクロス』に行くことにして、同じ係の川合寿一さんにその現場を任せたし、入賞するなど期待もしていなかったのである。

5月の連休で家にいたら、突然川合寿一さんから電報が入ったのである。
それが『ヤマ3、シオ8、セイコウ、カワ』の電報で、当時は電話など未だ家にはない、そんな時代だったから、それがこの電文で、この電報のことを知っているのは、川合さんと私だけなのである。

そんな先日のブログの話をFacebookの友達の忠幸松本さんが、こんな写真にしてFacebook にアップされたのである。

 


それに対して、山本隆さんが右にあるような写真を添えて、コメントされたのである。

私は現場には行ってなくて、川合さんの他に誰が行ってたのかも知らなかったのだが、この写真で初めて知ったのである。
水町泰造さん、顔半分しか映っていないが、当時の技術部のレース担当者でスタート時には技術部はずっと水町さんがレース担当で、正規に監督が出来たのはこのレースの1か月後からである。
メカニックが藤原良さんと吉田忠さんが行ってたのだ。 

 


会社が認めるレースには、ライダーも多いし、メカも御大松尾勇さん以下もっと大掛かりになるのだが、この時は山本隆さん一人だったのでこんなこじんまりしたことだったのである。

山本さんがこんな写真をコメントで送ったので、
忠孝松本さんのFacebook の最新版は、写真入りでこんな風に変わったのである。

 


 さらにびっくりしたのは、忠幸松本さんがこのレース結果をこのように正確にFacebook のコメントに表示されたのである。
 
1,2位はホンダで優勝は神谷忠さん、この二人はダントツで速かったようで、
3,4,5の接戦の3台が上の写真の3台だが当時の鈴鹿の最終カーブをスリップストリームから、BSの滋野をかわしてホントの微差で入賞を果たした山本隆のテクニックの勝利かなと思うのである。
スリップストリームという言葉、この時初めて聞いて覚えた。

大久保力さん、このころはモーターサイクリストのロードインプレッション担当もされていてカワサキの明石工場にもしょっちゅう来られていたのである。
大久保力さんも出られてたのは知らなかった。




 
いつもながら忠幸松本さんの旧い写真や記録にはビックリさせられるのである。



★このレースで山本隆は上記のような結果を残し、カワサキにとって初めてのロードレースの入賞トロフィーを獲得し、カワサキが正規にロードレース参入のきっかけを掴むことになるのだが、
 このレースを現場で観ていた技術部の方がおられるのである。





 その後の山本隆さんとの雑談の中で、このレースの話は何度も出るのだが、
大槻幸雄さんにGPマシンに乗らないか?』と言われたというのだが、なぜ大槻さんがそんなことを言われたのか?
ひょっとしたら、大槻さん、『鈴鹿の現場におられたのでは?』と何となく私はそんなことを思っていたのだが、それも昨日ネットの中から確認できたのである。

Facebookの中に山本隆さんがこんなインタビュー動画をアップしているのだが、
その動画の話の中に、この鈴鹿ジュニアロードレースの話も出てきて、
GPマシンに乗らないか?』という話も出てくるのである。
そして、鈴鹿に来ていた『技術部の方に・・・』と大槻幸雄さんのお名前は出さなかったがこの話が出てきたのである。

このレースを大槻さんが鈴鹿まで観に行かれていたということは、この時点で既にカワサキのGPレーサー開発の構想みたいなものが芽生えていたということだったのだろうか?
この点は是非大槻さんに聞いてみたいなと思っている。

 


 
この動画も結構長いので、全部聞かないとその話も聞けないのだが、
私は全部聞いたのでその話も、やっと確認できた次第なのである。

(因みに、山本隆は『GPライダー話』を断っているのだが、その理由が山本らしくてオモシロい。曰く『GPはモトクロスやトライアルと違って、死に直面している。自分は長男だから、家を継がねばならぬし・・・』などと言っているのである。)
と書いてたら山本さんからFacebooknokomenntoコメントで、訂正があったので、もう一度上記の動画を聞き直したのだが、長男・次男の話はやはり出ていて、最後の方の言葉がもう一つはっきりしないのだが、『既に世帯を持っていて子供のいるし・・』などとの発言があって動画は終わっている。
是非、大槻さんと山本さんお二人に直接聞いてみたい話である。

それは兎も角、今まで私も『解らなかった』ことがいろいろ解った。
ネットの世界は、なかなかオモシロくていろんな話が眠っているのだが、みんな『逃してしまう』のである。
カワサキにとってロードレーススタートの契機となった話だから、ここに残しておきたい。
川崎重工業の現役諸君も間違いなく初耳の話だと思うのである。


 

コメント
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